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夕焼けが、川沿いを金色に染めていた。 風が止み、セミの声も途切れ、世界が一瞬、静かになる。
「サヤカさ、最近よく笑うんだよな。たぶんもうこの学校、馴染めたっぽい」
隣を歩くハルトは、何気なくそう言って笑った。
それだけだった。 ただの会話。 誰も責めてない。誰も悪くない。 けれど――ナツギの中で、音を立てて何かが崩れ始めた。
「……よかったね」
そう返した自分の声が、まるで他人のものみたいだった。
心の奥底に、じんわりと熱いものが滲んでくる。 それは怒りか、哀しみか、それとも――恐怖か。
ハルトが前を向いたまま、ぽつりと続ける。
「サヤカってさ、ナツギのこと色々聞いてきてさ。ナツギって本読んでるとき、無敵っぽいよねーとか。変なこと言うんだよ」
「……へえ」
「あと、俺たちのこと、“恋人かと思った”って」
ナツギの足が止まった。
「え?」
ハルトが振り返る。笑っていた。軽い調子で。
「“あの距離感、ふつうじゃない”ってさ。すごい気にしてた。……サヤカ、もしかしてナツギのこと――」
そこまでだった。
頭の奥が、真っ白になった。
鼓動の音だけが、耳の中で膨らんでいく。
――違う。違う、違う。 僕のことを気にするな。 ハルトの隣に、立つな。 その言葉を、君の口から出すな。
視界の端、草むらの中に、何かが見えた。
石。
手のひらにすっぽり収まるくらいの、丸くて重たい石。 気がついたら、ナツギはそれを拾っていた。
意識していたわけじゃない。 ただ、体が――勝手に。
「ナツギ? どうし――」
振り返ったハルトの顔。 その目が、ナツギの手の石に気づいた瞬間――
振りかぶっていた。
力なんていらなかった。 感情が、全部やってくれた。
ゴッ!
肉を叩いたのでもなく、骨を砕いたのでもなく、 ただ、”何かが壊れる音”がした。
ハルトの身体が、ふらりと揺れて、後ろに倒れる。 石が、赤く濡れていた。
「……あ」
ナツギは、ようやく自分の呼吸の音に気づいた。 荒い。震えていた。でも、それだけだった。
罪悪感はなかった。 後悔もなかった。
ただ、目の前のハルトが“止まってくれた”ことに、 ほっとしていた。
「……やっと、僕のものになったね」