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負傷したエルフのリタはロメオ達の懸命の治療により一命を取り留めることが出来た。
しかし、万全を期するために早期の復帰に関してはロメオが難色を示した。
「運良く内臓をやられなかったけど、それでも胸を撃たれたんだ。回復薬だって万能じゃないんだからな、経過観察を含めて数日は絶対安静だ」
「ロメオくんの判断に異存はありません。それが正しいことであると理解していますよ」
黄昏病院で術後の状態を聞いたシャーリィは、一命を取り留めたことに安堵しつつロメオの判断に理解を示した。
そのまま彼女は黄昏病院正面の広場で無事を祈るエルフ達に事の次第を伝えた。エルフ達は手を取り合って喜び、そして『血塗られた戦旗』への激しい敵意を剥き出しにした。
「皆さん、怒るのは理解できますが冷静に」
「ですが、代表。何らかの報復はさせてください。せめてリタがやられた代償を今すぐにでも払わせないと気が済みません」
代表してリナがシャーリィに皆の気持ちを代弁する。二度にわたり斥候を潰した以上次なる斥候が派遣されてくるまで時間が掛かる。
「ご安心を、直ぐに仕返しをするつもりでした。皆さんには頑張って貰わないと」
「流石代表!それで、何をすれば?」
目を輝かせてシャーリィを見るエルフ達。そんな彼女達を見て、シャーリィは満面の笑みを浮かべる。
「彼らにはより疑心暗鬼に囚われて貰いましょうか。ちゃんと真正面から総攻撃をして貰うために、ね」
その日の夜、シェルドハーフェン西部にある野営地。既に九百名近い人員が集まり、毎日のように宴会が繰り返されていた。
自分達は大人数、更に敵対者である『暁』は『黄昏』に引き籠っていることもあって、油断が生じていた。
もちろんシャーリィがこれまで野営地に対する攻撃を、一切許可しなかった為であるが。
だが、その安全神話は突如として崩壊した。無論『血塗られた戦旗』も『ラドン平原』に野営地を構えている以上見張りを立てていたが、『暁』はもちろん魔物すら襲撃してくる様子もなく気を抜いていたのである。
夜陰に紛れて野営地に接近したリナ率いる『猟兵』三十名は、弓を片手に野営地周囲を馬で駆け回り標的を定める。
目標はリューガの方針に異を唱える傭兵達が寝泊まりしている区画であり、エレノア率いる工作員達が予め場所を設定していた。
合図である焚き火を用いた発光信号を確認した彼女達は、攻撃に備えて配置に付く。
それを確認した工作員達は速やかにその場を離れ、宴会に興じる傭兵達が残された。
「こんなチャンスを下さった代表に感謝を!皆!リタの敵討ちよ!燃やしてしまえ!」
リナの合図を受けて彼女達は一斉に火矢を放つ。矢を放つ寸前に矢尻に巻き付けた布に点火するので、事前に察知されることもなかった。この布にはダンジョンで採れる石油を充分に染み込ませているため、可燃性が非常に高かった。
次々と放たれた火矢はそのまま野営地の一角に降り注ぎ。
「ぐぁあっ!?」
「敵襲!敵襲ーっ!」
「見張りの奴等は何をしてやがったんだ!?昼寝でもしてたんじゃねぇだろうな!?」
攻撃目標周辺の見張りは直前に工作員が始末し、酔った彼らは雨のように降り注ぐ火矢に右往左往し、ある者は矢を受けて倒れ、テントなどに命中した火矢はそれらの物品に引火して瞬く間に燃え広がった。
「火を消せ!何をしてやがる!早く火を消すんだ!ぐっ!?」
混乱状態にある傭兵達を纏めようと一部の傭兵が駆け回るが、そんな彼らを工作員達がどさくさに紛れて始末し、更に混乱を誘発した。
燃え上がる野営地の一角を見て、リナは獰猛な笑みを浮かべる。
「作戦通りね。リタの敵討ちは果たせた!戻るわよ!」
「おおーっっっ!!」
エルフ達は喝采を挙げ、長居は無用と速やかにその場を離れる。
「何の騒ぎだ!?何が起きた!?」
「分からねぇ!火事が起きたんだ!?」
騒ぎを聞き付けたリューガは見張り櫓に駆け上がり、燃え盛る野営地の一角を見て唖然とする。
「どっかの酔っぱらいが火をつけたのか!?とにかく消火を急がせろ!何もかも燃えちまうぞ!」
「ああっ!」
懸命の消火活動が行われたが泥酔しているものも多く、混乱を極めた者達を抑えながらの活動は時間を要して、鎮火したのは明け方であった。
この火災は野営地の三割を焼失させ、泥酔したまま避難できなかった者達を焼死させ無視できない規模の物資を失う結果となった。
「幸先の悪いっ!原因を調べろ!直ぐにだ!」
「へいっ!」
その日の正午、生き残り達の証言や焼け跡の状態などから火矢による攻撃を受けたことが判明する。
「攻撃を受けただぁ!?『暁』の奴等か!」
「どういうことだリューガ!奴等が攻撃してくるなんて聞いて無いぞ!?」
「しかも狙われたのは俺たちのエリアだけだ!てめえが仕組んだんじゃねぇだろうな!?」
「何をふざけたことを言ってやがる!?まさか変な噂を鵜呑みにしてるんじゃ無いだろうな!?」
抗議の声を挙げたのは、今回焼かれた区画に駐留していた傭兵達である。普段からリューガの方針に異を唱える一派であり、流された噂により自分達を始末しようとしたのではと疑い、リューガは真っ向から反論した。
「じゃあ何で俺たちのエリアだけが燃やされたんだ!?おかしいだろ!?」
「そうだ!俺たちの場所だけが燃やされるなんてあるか!?」
ちなみに声を挙げた者には工作員も紛れ込んでおり、更に不満を煽っていた。
「そんな馬鹿な話があるか!?俺達は抗争の真っ最中なんだぞ!?」
「とにかく落ち着きな!この程度で浮き足だってどうするんだい!?」
カサンドラも落ち着かせようと声を挙げるが、混乱は納まることなく波及していく。
そして、それに拍車を掛ける出来事が直ぐに起きた。
『傭兵王リューガへ物申したい!出てきなさい!』
それは野営地全体に響き渡る女性の声であった。
「なんだ!?」
「リューガ!南側にエルフが居るぞ!」
「なんだと!?そいつが俺を呼んだのか!?」
「なんて大声だい!?」
一同が野営地の南側へ移動し、見張り櫓に登ると二百メートル離れた場所に馬に股がったエルフが一人居るのが見えた。
「あの距離でこんなに響かせたのか!?」
これは音響魔法を応用した拡声器のによるものである。
伝達方法の改善に邁進するシャーリィがワイトキングのマスターの助言を受けて試作したものであり、要は音を拡大させているだけで難しいものでもない。
そしてこの拡声器を使い、更なる混乱を招くためリナは次の行動を起こそうとしていた。