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夕暮れの校舎裏は、とても静かだった。風に揺れる木々の音と、遠くから聞こえる部活の声。その中で、ひときわ澄んだ歌声が響いていた。
「……♪」
声の主は羽柴千歌。
人気のない場所を選び、誰にも聞かれないように、そっと口ずさんでいた。
歌う時だけは、不思議と心が自由になれたから。
「……すごい」
突然聞こえた声に、千歌の体がびくりと震えた。
振り返ると、そこには見知らぬ少年が立っていた。目を輝かせて、まっすぐに千歌を見ている。
「ご、ごめん!勝手に聞いちゃって……でも、すごく綺麗だった!」
「っ……!」
頬が一気に熱くなる。
千歌は慌てて鞄を掴むと、その場を駆け出した。
後ろで「待って!」と呼ぶ声が聞こえたけれど、振り返る勇気なんてなかった。
——これが、羽柴千歌と1人の男の子の出会いだった。
千歌は走りながら、胸の鼓動を抑えられなかった。
「どうして……聞かれたの……!?」
歌うことは大好きだ。
でも、人に聞かれるのは怖い。笑われるかもしれない。否定されるかもしれない。
だからこそ、誰にも知られない場所でだけ歌ってきたのに。
——あんな真っ直ぐな目で褒められるなんて、想像もしなかった。