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夜の街は、まるで別世界のように姿を変える。
昼間は穏やかに流れていたはずの時間が、太陽が沈むと同時に熱と喧騒を纏い、どこか危うげな空気を醸し出していた。
そんな夜の中で、一際静かな場所があった。
カフェ「ルミエール」。
店の灯りは柔らかく、昼間とは違う落ち着いた雰囲気を作り出している。
カウンターに座る相沢は、いつものように湊の動きを目で追っていた。
(どうしてだろうな……)
彼と過ごす時間は、ただの客と店員のやりとりでしかないはずなのに、気がつけばここに足を運んでいる。
湊の淹れるコーヒーが好きだから? いや、それだけじゃない。
彼の何気ない仕草、ふと見せる静かな笑み、言葉の端々に宿るどこか寂しげな雰囲気——そのすべてが、相沢の心を捉えて離さなかった。
湊「……何か、用ですか?」
相沢「ん?」
不意に声をかけられ、相沢はハッとする。
相沢「いや、お前の手際がいいなと思ってな」
湊「……そうですか」
湊はそっけなく答えながらも、少しだけ視線を逸らした。
(また、見られてる)
相沢の視線はいつも真っ直ぐで、冗談でも誤魔化せないほどに鋭い。
まるで、自分の心の奥底まで見透かされるような気がして、時々落ち着かなくなる。
湊「相沢さん、刑事……でしたよね」
相沢「お、覚えてくれてたのか」
湊「ええ。ここに通ってくるうちに、なんとなく……」
カップを拭きながら、湊は言葉を続けた。
湊「何か、追っているんですか?」
相沢「……さすがに、仕事のことは話せないな」
相沢は苦笑しながらも、その問いかけに少しだけ考え込む。
(俺は今、“怪盗レイヴン”を追っている)
大胆不敵で、決して捕まらない神出鬼没の怪盗。
数年前から活動しており、その鮮やかな手口と完璧な逃亡劇で警察を翻弄し続けている。
相沢「……まぁ、悪い奴を捕まえるのが仕事だ」
湊「……そうですか」
湊は淡々とした表情を浮かべたまま、静かにカウンターを拭き続けた。
——どこか、違和感がある。
普通なら、刑事という職業を聞けば、少しは驚くものだろう。
けれど、湊は必要以上に反応を見せなかった。
湊「相沢さん」
ふいに、湊が目を上げる。
湊「……あまり、無理はしないでください」
相沢「……お前が言うと、なんか妙に説得力があるな」
湊「そうですか?」
そう言って小さく微笑む湊を見て、相沢は胸の奥がチクリと疼くのを感じた。
(やっぱり、俺は——)
——もっと、この男のことを知りたい。
その想いが、相沢の中でゆっくりと確かな形になっていくのを感じた。
しかし、湊には言えないことがある。
彼はただのカフェ店員ではない。
静かな夜の裏で、別の顔を持っていた。
◇◇◇
深夜、ビルの屋上に影が一つ。
黒い装束をまとい、静かに夜の街を見下ろす。
ネオンが反射する仮面が、わずかに揺れた。
——“怪盗レイヴン”。
今夜もまた、一つの美術館が狙われている。
だがその心の奥には、カウンター越しに向けられた刑事の視線が、微かに残っていた。