ベッドのシーツを触ると、まだ温かい。…ということは本当に横になっていたのか。
さっきの音は、玄関を出ていった聖也のものだろう。
とっさに俺は、携帯だけ持って聖也を追った。
マンションを出てどちらに行ったのか…賭けだったが、とりあえず少し先にコンビニがある方の道を進んでみる。
先を急ぎながら、聖也が出ていったのであとを追っていると、モネに連絡をしておいた。
風呂から出てきて俺がいなかったら心配するだろうという配慮。
…俺も多少は成長したと感じる瞬間。
…コンビニが見えてきた。
白いセーターを着ていたので、夜道でも見つけやすいと思ったが…こんなにあっさり見つかるとは思わなかった。
聖也はコンビニで誰かと落ち合ったようだ。
近づいて声をかけるつもりだったが…ちょっと待てよ。
…見るからに年上の女性。
豹柄のタンクトップに赤いミニスカート、ロングの黒い髪をなびかせていて、ちょっと派手な感じだ。
聖也は親しげに女性の腰を抱いて、駐車場に停まっている1台の車に乗り込んだ。
走り去る前に声をかけようと近づくと、恐れ入った…
決して暗がりとは言えない車の中。コンビニの明かりを存分に取り込んだ車内だというのに、ディープキスを始めたのだ。
「…アホか。こんなとこで盛るなよ…」
いくら俺でも、モネにこんなところでキスを迫れない。
恥ずかしがるだろうし、こっちもモネのキス顔を煌々と灯る明かりの下、人にさらすなんて絶対に嫌だ。
そんな思いが男の共通意識だとしたら…この女性は聖也の大切な人ではないのかもしれない…
続くキスに呆れながらも、車が発進してからでは遅いと、運転席に座る女性の方から車の前方に回った。
そして助手席に座る聖也の方へ回ったが…キスに夢中で、車の周囲をぐるりと回った俺に気づかない。
それにしても…この女は誰だ?
彼女にしては年齢差がありそうだが。
その時、ちょっと視線を動かした聖也と目が合った。
俺は片手を上げて合図をしてみせると、慌てて女と離れる。
聖也が開ける前に助手席のドアを開けたのは逃走防止のため。
「出かけるならひとこと言ってくれないと。心配するだろ」
先に答えたのは女の方だった。
「…え。誰?リッキーのお兄さんとか?」
リッキー…って、誰だ?
…嫌な予感が膨らんでくる。
「いえ、私は彼の…ちょっとした知り合いで」
チラッと目を合わせ、その後は顔を伏せた。
「だったら…チェンジしていい?こんなカッコいいお兄さん、初めてなんだけど…」
やっぱりそうか…という思いと、まさか…という思いの真ん中で、一瞬言葉に詰まる。
それは聖也より俺のほうがカッコいいと認められたから嬉しい…とかではない。
「チェンジって、どういう意味ですか?」
本当はよく知っているが、ここは認識の相違を防ぐため、相手に聞いてみることにする。
「今夜の相手をしてくれるお兄さんを変えて欲しいってこと。…え?お兄さんも「SHALALA」の人よね?」
「あー…」
とっさに「SHALALA」を検索してみると…やっぱり怪しい場所だ…
聖也はタバコをふかしはじめた。
ふてくされたように俺を見上げる姿は、子犬みたいにじゃれついてきた聖也とは、まるで別人だ。
まぁ…こっちが本性を現した姿だということなんだろうが。
「すいませんが、俺は店の者じゃないので」
豹柄の女性に断ると、ちょっとむっとしてから聖也の腕を取って揺らした。
「…どうするのよ。ねぇ…リッキー…」
俺がいて車を出せないし、リッキーと呼んだ聖也は機嫌が悪そうだし、女性も困ったのだろう。
「…わりぃけど、今日は無理だ」
「えぇ?さっきコーヒー買ってあげたのに…!?」
女性は機嫌を損ねたようで、聖也を車から乱暴に追い出すと、急発進してその場を去って行った。
俺たち2人は、コンビニの明かりの前に放り出された。
タバコを吸っていた聖也は、短くなったそれを親指と人差し指で持ち、ギリギリまで吸うつもりか…何度もタバコをくわえる。
「…なんでこんなことやってるの?」
「は?…!」
「性感?…高校出たばっかりだろ。さすがにマズくねぇか?」
「…知らねぇし」
やっとタバコを手放したが、それは当然のように道路の上。
俺は、その吸殻を足で踏み潰すと、拾ってゴミ箱に入れる。
「喫煙や飲酒は、20歳からだろ?捕まるぞ」
聖也は俺の隣で腕を組むだけで何も言わないが、その横顔には面白くないと書いてあるのが見えるようだ。
「うちで預かってる以上、酒もタバコも性感も、控えてもらわないと困るな」
モネの従兄弟で…幸せそうな顔をしていたが、実はいろいろあるのかもしれない。
ふと、当時の自分を思い出していた。
「目的は金ね?うちの母親、俺をいつまでも子供だと思っててさぁ…小遣いが少ないんだ。…で、時々東京出てきて、さっきみたいなおばさんの相手してやるわけ」
俺がちらりと目を向けると、聖也は楽しそうに話を続けた。
「性感なんてさ、拘束時間…あってないようなものなんだよね。要するに、満足させりゃいいわけ」
らくしょーよ!と笑う聖也。
…弟のように思って、一生懸命面倒を見ていたモネがこれを知ったらどう思うだろう。
それに…
「…悪いことは言わない。金になるからって、そんなバイトはやめた方がいい」
真剣に言った俺の言葉は、今の聖也には響かないだろうし、わからないだろう。
でも、言わずにはいられなかった。
「…吉良さんこそ、副業にどうっすか?絶対指名取れますよ!?」
下品な笑顔を浮かべて言う聖也。
「モモちゃんには内緒にしときますから…!」
ウィンクしながら人差し指を口元にまっすぐ立てて…秘密のポーズをつくる。
「ふざけんなっ…!」
久しぶりにカッとして、自分でも険しくなっていくのがわかる目を、隣の男に突き刺した。
コメント
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前回の更新すっ飛ばしてました(^o^;) つか、聖也いったい何やってんの? こんなの知ったらモネが泣くよ。