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レジで会計している彼を離れて眺める。
そして体からあふれ出しそうになる「彼が好き」という気持ちを必死に抑え込んだ。
今日、二人で過ごしてみて、よくわかった。
わたし、やっぱり〈妹ポジション〉でいるなんて無理だ。
この気持ちを伝えてしまったほうが楽になれるかもしれないとも思う。
でも、あんなに優しい玲伊さんのことだ。
今、わたしに気持ちを打ち明けられたら困るに決まっている。
それにわたしだって、もう今のように彼と接することはできなくなる。
告白して、玉砕して、それで距離を置けるならいい。
でも、わたしはこれから数カ月間、玲伊さんの施術を受ける身だ。
気まずくなったりしたら、とても耐えられない。
とにかく今は、シンデレラ・プロジェクトを完走して、玲伊さんの期待に応えなければ。
「ごちそうさまでした」
わたしは気持ちを押し隠して、平静なふりで言った。
「どっちもうまかったな」
「はい。大満足です」
パフェの店は玲伊さんのビルの並びにあった。
でも玲伊さんは、今日もきらめいている〈リインカネーション〉を通り過ぎて、うちの店の前まで送ってくれた。
表通りはまだまだにぎわっていたけれど、一本裏に入ると、どの店のシャッターも閉まっていて、通りかかる人もいない。
「じゃあね。来週からよろしく」
「玲伊さん、あの」
わたしは帰ろうとする玲伊さんを引き留めた。
彼は少し首をかしげて、わたしの言葉を待っている。
姿勢を正してから、こう告げた。
「初めてのことだらけで、うまくできるかどうかわからないですけど。でも、ご迷惑をかけないように頑張ります」
玲伊さんは嬉しいような、それでいて、少し困った顔でわたしを見つめた。
「優ちゃん……きみって子は。俺が無理に頼んだことなのに、そんなふうに言ってもらえると嬉しいよ。困ったことがあったら、俺でも岩崎でも、すぐ言ってくれよ」
「はい。そうします」
それから、彼は少し声のトーンを落として呟いた。
「やっぱり可愛いな、優ちゃんは」
「えっ?」
玲伊さんはわたしを見つめた。
わたしが首をかしげて、次の言葉を待っていると、小さく呟いた。
「だいぶフライングだけど、今からレッスンを始めてもいいかな」
「え、レッスンですか? 何の?」
答える前に、玲伊さんはわたしを両腕で包み込んだ。
えっ?
一瞬、頭が真っ白になった。
な、なんで???
ハグがレッスンって?
どうして?
「モデル、引き受けてくれてありがとうな。本当に嬉しいよ」
わたしは完全にフリーズしてしまった。
彼はぎゅっと力をこめて、そんなわたしを抱きしめてくる。
「れ、玲伊さん、なんでハグ?」
ようやくそう言うと、玲伊さんはわたしを包み込んだまま、答えた。
「ん? ハグも美しい女性になるためのレッスンの一環だけど。人はこうして抱きしめられるとβエンドルフィンやオキシトシン、俗にいう〈幸せホルモン〉が分泌されてリラックス効果が得られるんだ。表情も穏やかになって内側から輝くような美しさを手に入れられる」
そう話す、彼のくぐもった声が体に直接響いてくるようで、心臓が限界まで高まる。
玲伊さんはわたしから離れると、今度は頭に手をおいた。
そして少しかがんで、目線を合わせてくる。
わー、もう、本当に倒れてしまうって。
「頑張り屋なところは、たしかに優ちゃんの美点だ。でも、いつも張りつめていたら糸みたいに切れちゃうよ。もう少しリラックスしたほうがいい」
返す言葉が思いつかずに口をぱくぱくさせているわたしに微笑みかけながら、玲伊さんは「じゃあね。来週からよろしく」と告げた。
そして、ぱっと後ろを振り返って、キラキラとライティングされている自分の城に帰っていった。
去ってゆく後ろ姿を見送りながら、わたしの頭のなかは大混乱していた。
でもでも、やっぱり、なんで、ハグなんか?
あ、そうか。玲伊さん、アメリカで暮らしていたんだ。
だから玲伊さんにとっては、ハグなんて単なる挨拶にすぎないのか。
でも……
好きな人に単なる挨拶のハグをされるのは、日本で生まれ育ったわたしには切ないだけ。
たぶん「幸せホルモン」は分泌されないと思う……
おばあちゃんに動揺を見透かされないように、わたしは自分で頬をぱちぱちと叩いて深呼吸してから「ただいま」と家に入っていった。
「おかえり。楽しかったかい」