コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
好奇心全開で様子を尋ねてくるおばあちゃんに「今日はいろいろで疲れたからお風呂入って寝るね」とだけ言って、わたしは自室に向かった。
「ふーーーーーーっ」
お風呂から上がり、自分の部屋に戻ると特大のため息をついた。
今日はいろいろなことがありすぎて、心底疲れた。
とびきりカッコよくて、とびきり優しい玲伊さん。
彼の魅力に溺れてゆく自分に、どうやってもブレーキがかけられない。
もう、完全に手遅れだ。
一緒にいると嬉しくて仕方がない。
触れられるとたまらないほどドキドキする。
ハグされたときは卒倒しかけた。
でも、素敵だと思えば思うほど、好きだと自覚すればするほど、自分が玲伊さんにふさわしくないことも思い知らされて、まるで水のなかにいるように息が苦しくなる。
彼の回りにいる女性は、どの人も素敵な人ばかりだ。
焼肉店で会った人は忙しい職業についているのにお子さんもいて、それでいてあんなに美しい。
笹岡さんもできる女性というばかりでなく、魅力的なオーラを放っている。
3カ月足らずの施術で見た目がどう変わろうと、わたしが彼女たちに太刀打ちできるわけがない。
だから。
こうなることが自分でもわかっていたから。
玲伊さんに近づきたくなかった。
鼻の奥が痛くなってくる。
やだな。
何、泣いてるんだろう、わたしは。いまさら、泣くことじゃないのに。
ティッシュをひっぱりだし、鼻をかむ。
玲伊さんが優しくしてくれるのは、親友の妹だから。
彼のなかのわたしは、あの頃の《小さい優ちゃん》のままだから。
これからの数カ月。
プロジェクトが終わるまで、この気持ちを抱えていかなければならないんだ。
引き受けたことは後悔はしていないけれど、想像以上にきつい日々になることはたしかだ。
そのことを、わたしはあらためて覚悟しなおした。
***
そして、その週の日曜日。
その覚悟が、まさに現実だと思い知らされる場面に遭遇することになった。
撮影が始まる前日のこと。
薄曇りだったけれど、雲の切れ間から日が差し込んでいた。
わたしはたまった洗濯物を片付け、たまには散歩でもしようかと、外苑前のほうまで出かけた。
ハンバーガーショップで昼食を済ませ、あてもなく通りをぶらぶら歩いているときだった。
美術館に併設されているハイセンスな花屋の前を通りかかったとき、大きな花束を抱えて店から出てくる男女を目にして、わたしはとっさに美術館のロビーに入り、ガラス窓から二人の様子を盗み見た。
玲伊さんと笹岡さんだった。
ふたりで和やかに談笑している。
職場にいるときとはまるで違う雰囲気で。
それに、やっぱり二人が並んでいると絵になる。
まるで、映画のワンシーンのよう。
通りを渡った彼らの姿が見えなくなっても、わたしはしばらくその場から動けなかった。
やっぱり、そうだよね。
わかっていたことだけど。
玲伊さんが本当の兄だったら、どれほど良かっただろう。
そうすれば、こんな、身を引き割かれるほどのつらさなんて、味わわずに済んだのに。