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きゅうり
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ふなの🍬
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#AI小説
NARI
23
放課後。
窓の外にはまだ柔らかな春の日差しが残り、部屋には部活へ向かう生徒たちの声が遠く響いていた。
美術部の片付けを終えた菊は、鞄を肩に掛けたまま、何度目かのため息を飲み込む。
――今日も来ない。
いつもなら。
運動部の練習を終えたヨンスが、校舎のどこかから、
「菊ー、帰るんだぜ!」
そんな声を響かせながら迎えに来る時間だった。
けれどここ数日、ヨンスは来ない。
昼休みも、以前ほど絡んでこなくなった。
話しかければ普通に返す。だが、どこか距離がある。
原因に、菊は心当たりがあった。
先週。
図書委員の仕事で一緒になった別クラスの男子と、少し話し込んでいた時だ。
あの日、迎えに来たヨンスは妙に機嫌が悪かった。
「帰るんだぜ」
「すみません、今日はこのあと用事が」
「…ふーん」
それだけ。
それだけだったのに。
そこから少しずつ、空気が変わった。
「………」
菊は静かに席を立つ。
教室を出て昇降口へ向かう。
すると、窓際に見慣れた後ろ姿を見つけた。
ヨンスだった。
スマホをいじりながら、壁にもたれている。
菊は足を止めたあと、ゆっくり近づいた。
「ヨンスさん」
呼びかけると、ヨンスが顔を上げた。
「あ」
その反応が妙によそよそしくて、胸がざわつく。
「…帰らないんですか」
「帰る」
「そうですか」
会話が続かない。
前はもっとどうでもいい話をしていたのに。
沈黙が気まずくて、菊はぎゅっと鞄の持ち手を握った。
そして。
「最近、避けてませんか」
ぽつりと聞く。
ヨンスの眉がぴくりと動いた。
「別に」
「別に、には見えません」
「考えすぎなんだぜ」
目を逸らしたまま言う。
その態度に、菊は少しだけむっとした。
「…何か気に障ることをしたなら言ってください」
「してないんだぜ」
「ならどうして」
「だから別に――」
言いかけて、ヨンスが口を閉じる。
数秒の沈黙。
やがて、小さく舌打ちした。
「…あの男」
「え?」
「図書室のやつ」
菊は瞬きをした。
「なんであいつとあんな楽しそうだったんだぜ?」
「は?」
「しかも『今日は先約がありますので』みたいな」
真似をするように言われて、菊は目を丸くした。
――そんなことで?
そう思ったのに。
心臓が妙にうるさい。
ヨンスは不機嫌そうに眉を寄せたまま続ける。
「いつも俺と帰ってたじゃん」
「…帰ってましたね」
「なのに急に他のやつ優先されると、なんか…調子狂うんだぜ」
最後だけ少し声が小さくなった。
菊はその横顔を見る。
不貞腐れたみたいな顔。
けれど、その奥にある感情が分からなくて、胸がざわついた。
「…私は」
気付けば、言葉が漏れていた。
「あなたと帰る時間、結構好きだったんですが」
その瞬間。
ヨンスが固まった。
「…え」
しまった、と思った時には遅かった。
顔が熱い。
なぜこんな言い方をしたのか、自分でも分からない。
だがヨンスは、冗談も言わなかった。
ただじっと菊を見ている。
窓から差し込む春の日差しが、その黒い瞳に映っていた。
「…菊」
名前を呼ばれる。
やけに真面目な声だった。
「俺さ」
ヨンスが、少しだけ視線を逸らす。
こんなふうに言葉を探している姿を、菊は初めて見た。
「なんか最近ずっとイライラしてて」
「…はい」
「菊が他のやつといると嫌で」
「……」
「でも意味わかんなかったんだぜ」
ヨンスは困ったみたいに笑った。
「今わかった」
その瞬間、菊の心臓が大きく跳ねる。
昇降口にはもうほとんど人がいない。
遠くから部活動の声が聞こえてくる。
なのに、そこだけが妙に静かだった。
「…俺、菊のこと」
ヨンスが言葉を区切る。
そして、珍しく逃げるみたいに視線を逸らしたまま言った。
「友達じゃ足りないみたいなんだぜ」
どくん、と耳の奥で音が鳴る。
菊は何も言えなかった。
顔が熱い。
言葉が出ない。
沈黙が落ちる。
ヨンスの表情が少しずつ不安そうに曇っていく。
「あー…その、今の忘れて――」
「…私もです」
小さな声だった。
けれど、確かに届いた。
ヨンスが息を止める。
「え」
「だから…」
菊は俯いたまま、ぎゅっと鞄を抱えた。
「友達のままでは、嫌です」
言ってしまった瞬間、恥ずかしさで消えたくなる。
だが次の瞬間。
「……っはは」
頭上で、ヨンスが笑った。
いつもの騒がしい笑い方じゃない。
安心したみたいな、力の抜けた笑いだった。
「よかった……」
「な、何がですか」
「振られるかと思ったんだぜ…」
その声が情けなくて、菊は思わず吹き出しそうになる。
そして次の瞬間。
そっと制服の袖を引かれた。
見ると、ヨンスが少し照れくさそうに笑っている。
「…じゃあこれからは」
「?」
「堂々と一緒に帰れるな」
菊は数秒黙ってから、静かに笑った。
「今までも十分堂々としていたでしょう、あなたは」
「あ、それもそうなんだぜ」
昇降口を出ると、外はもう薄暗かった。
春先の夕方は風が少し冷たい。
付き合うことになった。
――なった、はずなのだが。
「………」
「………」
並んで歩きながら、二人とも妙に静かだった。
さっきまで普通に喋っていたのに、今は互いに何を話せばいいのか分からない。
ヨンスがちらちらこっちを見ているのは分かる。
菊も気になってしまって落ち着かない。
やがて耐えきれなくなったみたいに、ヨンスが口を開いた。
「…なんか変な感じなんだぜ」
「…はい」
「急に彼氏?」
「声に出さないでください!」
反射的に言い返してから、菊はさらに顔を赤くした。
ヨンスが吹き出す。
「いやでも菊、照れすぎ」
「誰のせいですか」
「俺か」
妙に嬉しそうだ。
その顔を見ていると、菊まで調子が狂う。
今までと何が変わったわけでもないはずなのに。
隣を歩く距離も。
帰り道も。
コンビニに寄る流れも。
全部いつも通りなのに、“恋人”という言葉が乗った途端、ひとつひとつを意識してしまう。
自動ドアが開く。
店内の明るい音楽が流れた。
「菊、今日なんか買う?」
「…お茶だけで」
「また?」
「いつも通りです」
そう言って棚に手を伸ばした瞬間。
ほぼ同時に、別の手が同じペットボトルに触れた。
「あ」
ヨンスだった。指先がかすかに触れる。
それだけで、心臓が跳ねた。
「………」
「………」
妙な沈黙。
ヨンスが先に視線を逸らした。
「…なんか今の、やばくない?」
「いちいち反応しないでください…」
小声で返しながら、菊は逃げるように商品をカゴへ入れた。
絶対に顔が赤い。
レジを済ませ、いつもの店横のベンチへ向かう。
ヨンスは肉まんを買っていた。
「はい」
ベンチに腰掛けた後すぐに、自然な動きで肉まんを差し出される。
菊は受け取りかけて、止まった。
「今日は半分こ」
「……」
「あ、お金足りなかったとかじゃないんだぜ!?
……彼氏っぽいことしたくなった」
ぶふっ、と菊は危うくむせそうになった。
「あなたは本当に…!」
「な、なんだぜ」
「急にそういうこと言うのやめてください…!」
「でも本当に彼氏だし〜…」
その一言が致命傷だった。
菊は完全に黙り込む。
ヨンスはそんな反応を見て、肩を震わせながら笑っていた。
「菊かわいーんだぜ!」
「うるさいです」
「顔真っ赤だし」
「あなたもですよ」
言い返すと、ヨンスがぴたりと止まる。
そして数秒後、ぼそっと言った。
「…やっぱり?」
その声が思ったより弱くて。
菊は思わずヨンスを見る。
いつもならもっと自信満々なのに、今は少しだけ不安そうだった。
「…なんですか」
「いや、その」
ヨンスは肉まんの袋をいじりながら目を逸らす。
「付き合えたの、嬉しすぎて」
「………」
「なんか今日、俺ずっと変」
菊は瞬きをした。
それから、ふっと小さく笑う。
「…実は、私もです」
ヨンスが顔を上げた。
「マジか」
「マジです」
「うわ、なんかそれ嬉しいんだぜ…」
へにゃっと崩れるみたいに笑う。
その顔を見た瞬間、菊の胸がじんわり熱くなった。
――ああ。
好きだな、と。
今さらみたいに実感する。
すると次の瞬間。
「なあ菊」
「なんですか」
「手、繋いでみる?」
菊は固まった。
「……は?」
「恋人っぽいかなって」
ヨンスは少し照れた顔のまま右手を差し出している。
断ればいい。
そう思うのに。
断りたくない。
しばらく迷ったあと、菊は観念したように小さく息を吐いた。
「…少しだけですよ」
「うん」
次の瞬間、ぱっと手を掴まれる。
思ったよりずっと温かい。
その熱にまた顔が赤くなって、菊は俯いた。
すると隣で、ヨンスがやたら機嫌よさそうに笑う。
「菊」
「…なんですか」
「明日からも毎日一緒に帰ろうな」
その言葉があまりにも自然で。
菊は小さく笑って、「…はい」と答えた。
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