十三
後半二十分、左サイドでヴィライア8番がボールを持った。5番が走り寄り、ボールを要求する。
「させないっすよ!」天馬が肩をぶつけるが、5番は意に介さない。駆け上がる8番へとダイレクトではたく。
8番、小さく助走を取る。ヴァルサ3番が寄せた。
しかし8番はその足を避けてクロスを入れた。ゴール前へとふわりとしたボールが上がる。
敵味方六、七人がポジション争いを繰り広げている。その中には暁もいた。片足で踏み切り、頭で捉えようとする。
「李!」神白が指示すると、李が飛び上がった。身体の横側をぶつけて、暁と競り合いをする。
だが暁のほうが到達点が高い。上半身を大きく反らしてヘディング・シュートを撃ってくる。
神白は右上に跳躍。片手にどうにか当てると、ボールは零れた。ゴールラインまで一mもない。
アリウムが寄ってきた。右足で蹴ってクリアする。
ボールの行く先を目で追いつつ、神白は驚嘆する。
(遼河のやつ。まだ同点だってのに、どんだけ攻め上がってくるんだよ! ルアレにいた頃より、アグレッシブさが一段と増してる!)
斜め前方にボールは飛び、危機は一時的に脱した。
その後、ヴァルサはヴィライアを押し続けるのだが、得点には至らなかった。また時折、暁の前上がりを交えた鋭いカウンターがあり、神白たちは肝を冷やしていた。
十四
テストマッチも、一対一のままで残り十分を切った。
ペナルティーエリアの少し外、真後ろからのパスを受けたレオンがターン。間髪を入れずにシュートを撃った。
横回転のボールがヴィライア・ゴールへと向かう。しかしキーパーはジャンプし、両手でキャッチした。
ほぼ同時に、暁が猛ダッシュを開始。キーパーはボールを落として、前方へと蹴った。
ライナー性のパスに、反応した選手はヴィライア8番だった。腿で止めて前を向く。
天馬が当たるが、8番、軽くボールを持ち出してすぐさまパスした。天馬の出した右足は、掠りもしなかった。
疾走したまま暁が受けた。速度を減ずることなく、力強いドリブルを持続する。
李が半身で寄せた。暁、右足をボールに置き後ろに転がす。すぐさま反時計回りに回転し、左足裏で前へ。鮮やかなマルセイユ・ルーレットで李を抜き去った。
「アリウム!」神白は即刻、指示を飛ばす。アリウムはさっと暁に近づき、ボールを奪うべく脚を伸ばした。
暁がボールを引いた。次の瞬間、暁の背後からふわりとボールが出現。両足で挟んで踵で跳ね上げた形だった。
(ヒールリフト! 実戦で、それもディフェンスの選手が使うかよ!)
神白は驚きつつも駆け出した。転けた姿勢のアリウムを飛び越え、暁が迫る。暁と神白の完全なるワン・オン・ワンだった。
暁の前に至り、神白は静止した。姿勢は腰を落とした半身。ゴール前を捨てて、至近距離でシュートコースを塞ぐ狙いだった。
暁がまたぐ。神白はつられない。左にボールが出た。機敏に身体をずらし、神白は右足を滑らせた。
(取れる!)神白は確信した。だが暁のツータッチ目は早い。とんっと前に転がして、神白の股を抜く。
だが神白は諦めない。ボールに行くより暁の身体を押さえ、スピードを落とさせた。
そして神白は全力で地を蹴る。二歩目で前に倒れ込み、両手でボールを確保。すぐに自分のほうに引いて、上半身でボールを守る。
「ナイス・セーブ!」ベンチからエレナの澄んだ声が飛んだ。神白は即座に起立した。
刹那、閃きが舞い降りた。誰もいない右前方に転がして、自らドリブルを開始。フリー状態のまま進み続ける。
ベンチが騒然とし始めた。慌てた様で、敵7番が寄せてきた。
神白、ちょんっとボールを晒した。7番が足を出してくるが、触れられる前に右にパス。
ヴァルサ3番、ワン・トラップで大きく前にやった。そのまま高速ドリブルを始める。
敵8番が詰めてきた。7番は中を見て、ノーマークの天馬に転がした。
右足でターンし、天馬は前を向いた。レオンがいた。敵5番と近いポジションを取っている。
天馬はレオンにパスした。レオンはぴたりとトラップした。両腕を大きく開き、5番を寄せつけない。
レオンの左方で、アリウムが猛烈な勢いで駆け上がっていた。天馬に劣らぬ俊足選手のオーバーラップは迫力満点だった。
ヴィライア3番がアリウムに付いた。不安なのか、5番もちらりとそちらに首を向けた。
しかし、隙を見逃すレオンではない。左手で5番の身体を制し、豪快に反転する。
レオンは撃った。強烈なシュートがゴールを襲う。
キーパー跳躍。だがボールは右手の斜め上に行った。
カンッ! シュートはクロスバーを叩いた。すかさず5番が拾いに行く。
だがアリウムも迫る。右足でボールに先に触れ、前へと疾走を始めた。
キーパーが出てきた。横っ飛び姿勢で両手を伸ばす。
アリウムは再び足を伸ばした。なんとか当てるが、直後にキーパーの右手にぶつかった。
ボールがアリウムの後方に零れた。天馬が寄った。ゴールを一瞥すると、左足を振り抜いた。
低速だが高弾道のシュートがゴールに向かう。暁が一人、猛然と追う。神白と競ってからずっと、暁は全力ダッシュで自陣に戻り続けていた。
暁、滑り込んだ。ボールが左足に当たり、斜めに進路を変えた。
だが、ぱさり。ゴールの外への掻き出しは叶わず、ボールはネットを揺らした。
ヴァルサのベンチが沸き立った。そちらに顔を向けた天馬は、覇気に満ちた大輪の笑顔だった。顔の横に据えた右拳を、力強く握り込んでいる。
皆が歓喜する一方で、神白は先ほどの、蛮勇とも取れる自分のプレーを不思議な思いとともに想起していた。
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