コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「理由なんてそんなの、わざわざヤクザとお知り合いになんて、普通はなりたくないだろ」
笹川の問いかけに、宮本は傾げていた首を元に戻し、抱きしめている橋本を見つめる。
「たまたま、陽さんのお父さんがヤクザだった。ご兄弟も、その道の人だということですよね。俺は別にかまわないです」
「雅輝、怖くないのか? 俺が笹川さんと逢うだけで、すげぇ怖がっていただろ」
(顔を青くして、思いっきり怯えていたというのに――)
「ハッキリ言って怖いです。でも陽さんは陽さんだから。もし何かあったら、一緒に逃げればいいかなって」
逃げると言った宮本を、笹川は眉間に深いしわを作って声をかける。
「逃げるだと?」
その顔は、何を言ってるんだという疑問と軽蔑が入り混じったものに、橋本の目に映った。
「はい。危ないなって思ったら、陽さんを連れて車で逃げます。どんなオンボロ車でも、絶対に逃げきれる自信はありますので」
「ぷぷっ、アハハハ!」
宮本としては恋人を守るために、格好よく宣言したのかもしれない。だが詳しい事情を知らない笹川の態度と、熱くなっている宮本の温度差が両極端すぎて、橋本はどうしても笑わずにはいられなかった。
「雅輝、車がなかったらどうするんだよ?」
「むぅ。とにかく車がある場所まで逃げる」
無茶ぶりな提案に、笑いが込みあげてきた。自分の考えを躊躇いなく言ってのけるところが宮本らしくて、愛おしさに拍車がかかる。
「それって俺が単独で戦ってる間に、おまえが何とかして車を確保したのちに、現場に乗りつけて、一緒に逃げるとでも言いたいのか?」
「そんな感じになるかもです」
「橋本さん、何を寝ぼけたことを言ってるんだ」
「俺が好きになった男は、言ったことを必ずやってのけるヤツなんです。だからこそ、全力で頑張らなきゃいけない」
涙が溜まるくらいに笑いすぎた橋本を見ながら、今度は笹川が首を傾げた。
「ドラマや映画じゃあるまいし、都合よく段取りができるとは思えないけどなぁ」
他にも何か文句を言い続ける言葉を無視して、意を決したような面持ちの宮本と見つめ合った。
「陽さんが俺を守ると言うなら、俺も陽さんを絶対に守ります」
「雅輝……」
「はいはい、美しい愛情を確かめ合ってるところ悪いが、この状況をどうやって引っくり返すんだぁ?」
口調に合わせて、二度手拍子した笹川の声で、躰に絡んでいた両腕を互いに離し、その場に並んで立つ。
「笹川さん相手に、俺らは手も足も出ないのはわかってる。ここは、見逃してくれないだろうか?」
姿勢を正して頭を下げる橋本に倣い、宮本も一緒になって下げた。
「大事な手帳をきちんと預かってくれたし、本来ならそのままスルーするのが、筋だと思うんだけどなぁ。どうしても気になるんだ、おまえが」
笹川は言いながら、ビシッと宮本に指差す。
「俺ですか?」
「ああ。名前は?」
「宮本雅輝です……」
「宮本、あのとき――俺がおまえに向かって突進したとき、あそこに突っ立っていたが、俺の動きを見て、ほんのわずかに上半身を逃がしたよな?」
後方に向かって親指を差した笹川の問いかけに、宮本は顎に手を添えながら、何度も瞬きをした。
「うーん、動かしたつもりはなかったんですけど、動いてました?」
「覚えがないのなら――」
意味ありげに瞳を細めた笹川を見て、宮本の躰を押しのけるべく、橋本は反射的に右腕を伸ばした。
攻撃の合図になってる、笹川の顔色を悟った上での行動だったのに、手を伸ばしたときには隣にいた宮本がいなかった。
「え?」
そこにはすでに笹川がいて、驚く橋本の様子を満面の笑みで見下ろす。
「橋本さん宮本のヤツ、普段は何をやってんだ? 俺の動きを見切る動体視力は、並じゃねぇよ」
「雅輝の動体視力?」
「逃げ方は隙だらけで下手くそだけど、鍛えたらそれなりになるぜ。おいコラ、待てよ!」