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アリエルはこんなにも自分のことを思ってくれている人がいるのだ、その気持ちに報いるためにも処刑は避けなければと改めて気を引き締めた。
夕食を食べ損ねたので、軽く夕食を済ませるとすぐにヘンリーへ謝罪の手紙を書いた。
そうこうしているうちに両親が屋敷に戻ってきた。
「アリエル! 帰っているのだろう?」
エントランスからフィリップの大きな声が聞こえたので、アリエルは慌ててエントランスへ降りていった。
「お父様、お母様おかえりなさいませ。先に帰ってしまってごめんなさい」
アリエルがそう言って出迎えると、フィリップもベルタも優しく微笑んだ。
「かまわない。話しはハイライン公爵令嬢から聞いた。お前の対応は間違っていない。あれ以上あの場にいれば、ハイライン公爵令嬢に恥をかかせることになりかねなかったしな」
「そうよ、それに舞踏会をあんなにも楽しみにしていたのに、よく我慢したわね」
アリエルは頭を振った。
「私よりもヘンリーに悪いことをしてしまいましたわ。あのあとヘンリーはどう過ごしましたの?」
「ヘンリーもあのあと帰ってしまったよ。王太子殿下と少し揉めたようだった」
「殿下とヘンリーが?!」
フィリップは頷くと、少しにやりと笑って言った。
「まぁ、それについては後でヘンリーに直接訊くとよい」
アリエルはフィリップのその言い方に少し訝しんだが、フィリップが笑っていたので、たいしたことではなかったのだろうと気にとめなかった。
アラベルはまだ帰ってきていないようだったが、それは想定内のことだった。
一回目の舞踏会でエルヴェは、アラベルをエスコートしながらゆっくりと挨拶回りをした。そのため、アラベルの帰りが遅くなったのを覚えている。
今回アリエルは早く帰ってこれたお陰で壁際に立って惨めな思いで挨拶をする二人を見なくて済んだし、両親もアリエルが早々に帰ってしまったことを怒っている様子はなかったので、アリエルは今日という日を無事乗りきることができたのだと内心胸を撫で下ろしていた。
「お父様、お母様、私今日はもう先に休みます」
「そうか、疲れただろう。アラベルももう戻って休んでいるようだ。お前もゆっくり休みなさい」
「アラベルは戻ってますの?」
驚いてアリエルがそう返すと、フィリップは不思議そうな顔をした。
「そのはずだが? 王太子殿下は機嫌が悪くてな、挨拶もそこそこに部屋へ戻られてしまわれた。アラベルも仕方なしに屋敷へ戻ったはずなんだが、お前はアラベルに会っていないのか?」
「はい。戻っていることにも気がつきませんでした」
「そうか、まぁ、アラベルもいろいろ思うことがあるのかもしれないな」
そう言うとフィリップは苦笑した。
明らかにエルヴェとアラベルの関係性が前回と変わってしまっているように感じたが、何か影響してしまうようなことがあっただろうか? と不思議に思いながら、とりあえず両親への挨拶を済ませるとその日はすぐにベッドに横になった。
次の日の朝、アリエルは誰よりも早く目覚めるとまず自分の部屋のものが増えていないか確認することにした。
なぜなら、この頃から少しずつアラベルが自分の物を勝手にアリエルの部屋に置き、後に『姉に盗られた』と主張したからだ。
アラベルはそうして両親やエルヴェ、果てはお茶会で会った貴族令息たちにまで、アリエルがアラベルを妬んでものを盗ったりといった陰湿な嫌がらせをしていると嘘を話して回っていた。
最終的にエルヴェにその件についても問い詰められることとなったのだが、アリエルはそんなことをした覚えはないので堂々と過ごしていた。
ところがエルヴェの命令で、アラベル付きの侍女のアデルがアリエル立ち会いの元、アリエルの部屋を調べると至るところからアラベルの私物がでてきたのだ。
そうしてアラベルの言っていたことはすべてが真実であり、アリエルは嘘つきで酷い姉だと後ろ指を差されることになり、周囲からも信用をなくしたのだった。
それら一連のことを思い出しながら、アリエルは改めて部屋のなかを見回す。今ではアリエルの持ち物は先日商人へほとんど売ってしまったので、スッキリしたものだった。
考えてみれば今まで物を持ちすぎていた。この屋敷を近いうちに出る予定なのだから、物は少ない方が良いだろう。それにすっきりしているお陰で、なにかものが増えればすぐに気づくのもありがたい。
そんなことを考えながら、宝飾品をしまっている抽斗の中を隅々まで見ていると、一番奥に見慣れないイヤリングを発見した。
そのイヤリングは隠すように入っていたので、探すつもりでなければ見つけられなかっただろう。
イヤリングを見つめながら、アリエルはやはり自分の担当しているメイドの中にアラベルの息のかかった者がいるのだと確信した。
それを元の場所へ戻すとアリエルは支度を整えた。そして、朝食を取るために食堂に降りたところで、アラベルと鉢合わせした。
アラベルはアリエルと目が合うとさっと表情を曇らせ、憐憫の眼差しでアリエルを見つめて大粒の涙をこぼした。
「アリエルお姉様、私のせいで!!」
以前ならアラベルは感受性が高いし純粋だからと、アリエルはアラベルが泣いたときにはすぐに慰めたりしたものだった。だが、今こうして冷めた目で見ると、さめざめと泣く姿はとても芝居がかって見えた。
アリエルはアラベルを侮蔑の眼差しで見つめると言った。
「アラベルったらオーバーよ。それじゃまるで私の人生が終わってしまったみたいじゃない。それとも、もしかしてアラベルは本当にそう思って私のために泣いてくれていますの?」
ベルタが近くにいるのに気づいたアリエルは、ベルタに聞こえるように少し大きな声でそう言った。
「どうしたの? 二人とも」
案の定、何事かとベルタが声をかけてきた。アリエルは答える。
「それが、この子ったら私が可哀想って泣きますの。お母様、私はそんなに可哀想でしょうか?」
すると、それを聞いてアラベルは悲しげな顔で反論する。
「違いますわ、私はアリエルお姉様から殿下を横取りしてしまったと思って……」
確かに前回の時は、あの舞踏会の夜からエルヴェはアラベルに夢中になっていた。今回もそうだろうとは思うが、たった一度エスコートしてもらっただけでこんなにも高慢になれるアラベルに呆れて言葉もでなかった。
するとベルタがアラベルに言った。
「本当になにを言っているのこの子ったら。そんなわけないでしょう? 心配しなくてもお姉様は大丈夫だから、ほら泣いてないで食堂に行きましょう。お父様を待たせてはいけませんわ」
アリエルは促されるまま食堂へ向かったが、後ろからついてきたアラベルはしばらく歩きながら涙を流していた。
今までは泣けばアリエルがそれを慰め、どんな理由にせよそれにつられて両親も必ず慰めてくれていたのでそれを期待しているのだろう。