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新しい年を迎えた。
1月7日。
私は20歳の誕生日を迎えた。
あの約束の日。
約束と言っても、もう十数年前のこと。
この手紙を書いたお兄ちゃんも、こんな約束なんて忘れてるかもしれない。
場所だけわかっていて時間は手紙には書かれていない。
だから必ず手紙を書いたお兄ちゃんに会える保証なんてなかった。
今日は、お父さんは仕事で、お母さんは用事があって夕方まで帰らない。
だから結の面倒を見る人がいない。
一緒に連れて行けばいいけど、今日は朝から雪が舞っていた。
長時間、外に連れ出したら風邪をひくかもしれないと思い連れて行かないことにした。
レイナさんに事情を話し、結を預かってもらえないかとお願いしたら快く承諾してくれた。
結が赤ちゃんの時から見てくれているレイナさん。
何回かレイナさんに結を預けたこともある。
結もレイナさんに慣れていて大好きなお姉ちゃん。
私は結を連れてレイナさんのマンションに行き、夕方には迎えに行くと言って、レイナさんのマンションを後にした。
昔の記憶を頼りに、電車を乗り継いで幼稚園卒園までいた街に着いた。
駅を降りた時には雪は止み、さっきまで曇っていた空に晴れ間が覗いていた。
駅を出た。
たった6年間しか住んでなかった街なのに懐かしさを感じる。
教会で遊んだお兄ちゃんは、どんな顔をしているのだろう。
名前は何て言うのか。
必ず会えるかなんてわからないのに。
もしかしたら、お兄ちゃんは聖夜さんかもしれない。
でも、どこかで会ったことあるかと尋ねたら、聖夜さんは否定した。
だけど……。
心のどこかで聖夜さんかもしれないという思いがあって……。
そう思うと胸がドキドキして……。
聖夜さんは来れるはずないのに……。
保育園があった場所は教会だけがポツンと残っていて、他は更地になっていた。
子供達の声で賑やかったのに、今は寂しさを感じてしまう。
ゆっくりと教会の前に行く。
扉の前に“ご自由にどうぞ”という看板が立て掛けてあった。
私はゆっくりと重厚な木の扉を開ける。
“ギギギギ”と音がして、ゆっくりと開けられる扉。
ステンドグラスから射し込む光。
沢山ある木の椅子。
その一番前に1人だけ椅子に座っている人がいた。
その人は男性だとわかる。
この人が手紙のお兄ちゃん?
でも後ろ姿から、それは聖夜さんじゃない。
聖夜さんがいるはずないのはわかっていた。
だけど、ほんの少しだけ期待していた。
私は教会の中に入り、男性に向かって、ゆっくり歩き出した。
男性がゆっくりと立ち上がり、こちらへ向く。
スーツを着た男性は容姿だけ見るとホストのよう。
聖夜さんに負けないくらいイケメンだ。
男性が私を見て軽く会釈をした。
…………って、あれ?
この人……。
私、この人、知ってる。
記憶の糸を辿っていく。
「雪乃ちゃん、だよね?」
静かな教会の中に男性の声が響いた。
私はコクンと頷く。
…………あっ!思い出した。
「あなた、あの時の、公園にいた……」
「うん……」
やっぱり。
あの時、公園で私にぶつかった人だ。
こんな偶然あるの?
「来てくれるとは思わなかった」
「えっ?」
「14年前の手紙……」
「あなたが、あの手紙のお兄ちゃん?」
手紙のことを知ってるってことは、やっぱりそうなの?
でも……。
男性は首を左右に振った。
「俺は頼まれて、ここに来たんだ」
「頼まれて?」
誰に?
じゃあ、その頼んだ人が手紙のお兄ちゃん?
「そう。その頼んだ人は君もよく知ってる人だよ」
「えっ?」
…………まさか。
私は目を見開き彼を見た。
「聖夜だよ」
彼は静かにそう言った。
「…………ッ!」
私は両手で口を押さえ、声にならない声を出した。
胸がドクンと跳ね上がり、目から涙がポロポロとこぼれ落ちていく。
何で聖夜さんは、あの時、私を知らないと嘘をついたの?
彼と聖夜さんの関係は何?
あの事件の時、聖夜さんと彼は一緒にいた?
もし一緒にいたのなら共犯?
もし共犯なら、なぜ聖夜さんだけ捕まったの?
なぜ、彼は1人で逃げたの?
私の頭の中がそんな疑問がグルグル回っている。
彼に聞きたいことも沢山ある。
「あの……」
私は彼に声をかけた。
「俺に聞きたいことが沢山あるだろうけど、先に俺の話を聞いてもらえないかな?」
彼は私を見てそう言った。
私はコクリと、ゆっくり頷いた。
「俺と聖夜は5年前に仕事で出会ったんだ……。同期入店だったから、すぐに仲良くなったわけじゃなくて、俺は聖夜をライバル視してて、でも聖夜は俺のことなんてライバルにも思ってなかったみたいだったけど」
彼はそう言ってクスリと笑った。
「同期入店?」
レイナさんは聖夜さんの仕事は接客業と言っていた。
でもそれ以上は何も教えてくれなくて、聖夜さんがどんな仕事をしていたかなんて今もわからないままだった。
「聖夜から何も聞いてないの?」
「はい……」
「俺と聖夜はホストだったんだ」
「えっ?」
聖夜さんがホスト?
彼の身なりなら、ホストと聞いて納得するけど、聖夜さんがホストと聞いても信じられなかった。
確かにレイナさんの言うように接客業ではあるけど……。
「聖夜って、あまり騒ぐこともなくて、どことなく冷めた感じで物静かで……。でも何故か人気あったんだよ」
「そうなんですね……」
「最初はこいつだけには負けたくないってライバル視して、正直、聖夜が嫌いだった。でも同じテーブルにヘルプに付いたり、いろいろ話してるうちに仲良くなっていって、そのうち一緒に飯食いに行ったり、お互いの身の上話までするようになってね……」
じゃあ、彼は私の知らない聖夜さんを知ってるんだ……。
私より付き合いが長く、同じ仕事をしていたから、それは当たり前のことなんだけど。
でも、なぜか彼に嫉妬している私がいた。
「ここって、昔は保育園と施設があったんでしょ?」
彼の言葉にコクンと頷いた。
「聖夜は、ここにあった施設で育ったみたいなんだ。施設の前に捨てられてたんだって。だから親の顔も知らないって言ってた」
手紙のお兄ちゃんが聖夜さんとわかった今、施設で育ったことに驚きはなかった。
「中学を卒業して、施設を出て職を転々としてたみたい。施設出身だから偏見の目で見られたり、いろいろあったみたいだよ」
「そうなんですね……」
彼の話を聞いただけでも聖夜さんがどんな人生を歩んで来たのかわかる。
生まれた時から両親がいて当たり前の生活をしていた私とは違う。
施設出身だからと偏見の目で見られたり、辛い事も多かったんだろう。
そう思うと、胸がキューと苦しくなって、なんとも言えない感情が込み上げてきた。
「雪乃ちゃん、あのさ……」
しばらくの沈黙のあと、先に口を開いたのは彼の方だった。
「はい……」
「俺、君に謝らなきゃいけないことがあるんだ……」
「えっ?」
謝らなきゃいけないこと?
それは何?
彼とは初対面ではないにしろ、ほぼ初対面の状態だ。
あの日以来、彼には会ったことなんてない。
だから謝ってもらう理由もないはずなんだけど……。
「実は俺……」
彼がそこまで言った時、私をチラリと見て深く息を吐いた。
「…………客の女に付き纏われてて」
客の女?
その時、頭の中にあの時の光景が蘇る。
公園の地面に横たわり血を流していた女性。
手がブルブルと震えだす。
「その女、あまりにもしつこいから冷たくしてたら、今まで貢いだものを返せって……返せないなら訴えるって言われて……それで俺……」
彼の体が震えだす。
声も震え、目からはポロポロと涙を流していた。
「…………あの日」
彼がそこまで言った時、私の胸がドクリと跳ね上がった。
「雪乃ちゃんと公園でぶつかった日……俺、女に今まで貢いだものを返すよって連絡して、あの公園に呼び出したんだ……。それで俺……俺……」
さっきよりも声が震えている彼。
そして彼は震える声で静かにこう言ったんだ……。
「女を刺した……」
と……。
「えっ?」
目を見開き彼を見る。
「ゴメン!本当にゴメン!」
彼は私に何度も何度も謝った。
頭を下げて。
「じゃあ、聖夜さんは……」
女性を殺めてないってこと?
じゃあ、何で……何で聖夜さんは……。
「聖夜は俺を庇ってくれたんだ……」
「えっ?」
「俺、どうしていいのかわからなくて、聖夜に電話したんだ……そしたら聖夜が駆け付けてくれて……」
彼の顔が、だんだんと歪んで見えていく。
目に涙が溢れ、瞬きをする度にポタポタと涙がこぼれ落ちていった。
「あいつ、俺にこう言ったんだ……。僕には失うものは何もない。でもお前には家族がいる。僕がお前の身代わりになるよって……」
「そんな……」
倒れそうになる体を倒れないように足に力を入れて、その場に必死に踏ん張っていた。
「俺、最初は断ったんだ……でも聖夜が、いいから逃げろって……俺、あいつの優しさに甘えて……気が付くと走って逃げてた。それであの時、君に……本当にゴメン……謝っても許してもらえないのはわかってる……」
「何で……。ねぇ、何で!」
私は声を荒げた。
教会の中に私の声が響く。
「聖夜さんは、あなたのせいで……」
被らなくてもいいを罪を被ってしまった。
「俺もずっと苦しかったんだ……後悔してた……」
「苦しい?後悔?人に罪を被せておいて?いくら聖夜さんが逃げろって言ったからって、聖夜さんはもっと苦しんだはずだよ。それに私だって……」
「そうだね……聖夜が無実の罪で捕まったのも、君が聖夜に拉致られたのも、全て俺のせいだ……」
彼はそう言って、力なく椅子に座ると項垂れていた。
「罪を償って下さい。警察に行って、包み隠さず全て話して下さい」
「あぁ、そうするよ……」
彼は私を見て、そう言って力無く笑った。
「聖夜から君に会って、これを渡して欲しいって頼まれて……」
「えっ?」
彼はゆっくり椅子から立ち上がり、私の前まで来ると小さな紙袋を差し出した。
「君への誕生日プレゼントだって」
「誕生日、プレゼント?」
なかなか受け取ろうとしない私に、彼は私の手に紙袋の持ち手を握らせた。
「これを渡したら自首しようと決めてたんだ……。君も聖夜も苦しませてしまった……ゴメン……」
彼はそう言って頭を下げた。
「私だけじゃなくて、聖夜さんにもちゃんと心から謝罪して下さい……」
「君の言うように聖夜に直接会って、ちゃんと謝罪したかったんだけどね……」
彼はそう言って困ったように笑った。
「聖夜には、もう直接会うことが出来ないんだ……」
「えっ?」
それは、どういうこと?
今すぐ直接会えなくても、罪を償ったあとでも会うことは出来るはず。
「…………亡くなったんだ」
彼は静かにそう言った。
亡くなった?
えっ?
聖夜さんが亡くなった?
彼の言葉が信じれなくて、私は目を見開いて彼を見た。
言葉が出て来ない。
胸がキューと苦しくなっていく。
最後の日……。
聖夜さんが私を解放すると言った日。
あの時の聖夜さんが頭の中に浮かんできた。
吐血をして苦しそうな聖夜さんの姿が……。
「聖夜、病気だったんだよ……。あの事件の時にはすでに医者にも長くないって言われてたみたいで……」
えっ?
でも、私が女性警官に聞いた時には入院して命は助かったって……。
だからそれを信じてたのに……。
「拘置所の中で血を吐いて亡くなったんだ……」
あの時と同じだ。
何で……何で聖夜さんは……。
信じたくない。
聖夜さんが亡くなっただなんて。
イヤだ……イヤだ……。
私は首を左右に振った。
「イヤ……イヤだ……何で、ねぇ、何で?」
私は涙をポロポロとこぼしながら、紙袋をギュッと握った。
立っていることに耐えきれなくなった私の体は、床に膝から崩れ落ちた。
床にポタポタと涙が落ちていった……。
「これ、雪乃ちゃんにあげるよ」
彼は私の目線に合わせて、しゃがむとそう言って2つ折りにしたメモ用紙を差し出してきた。
顔を上げて彼を見る。
「このメモ用紙に書かれたところに聖夜が眠ってる」
「えっ?」
「医者に長くないと言われた時から、いろいろ準備してたみたい。聖夜に会いに行ってやって?」
私は彼からメモ用紙を受け取る。
彼はその場に立ち上がった。
「あ、ありがとう……」
私は彼にお礼を言った。
この人のせいで聖夜さんは……憎いはずなのに……。
「俺はもう行くよ……」
彼はそう言って、教会の扉に向かって歩き始めた。
彼の背中をジッと見つめる。
扉の前に立った彼は、振り返り私を見た。
「そうだ、雪乃ちゃん?」
「はい……」
「雪乃ちゃんに教えてあげるよ」
彼はそう言って、ニッコリ微笑んだ。
教えてあげるって何を?
「あいつの本名ね、聖夜って言うんだ」
「えっ?」
目を見開き、彼を見る。
聖夜さんは私に本当の名前を教えてくれてたんだ。
私には本名を教えたらダメだと言ってたのに……。
だからずっと偽名かと思ってた。
「仕事で使う源氏名はね、アキって言うんだよ」
ーーアキ。
レイナさんが呼んでた名前だ。
「あいつの本名を知ってるのは、ホストクラブのオーナーと俺と、君だけ」
彼はそう言ってクスリと笑った。
そして、彼は教会の扉をゆっくり開けた。
「じゃあね……」
そう言って笑顔を見せた彼は、教会の外に出て行ってしまった。
扉が閉まる音が静かな教会の中に響いた。
次の日、私はレイナさんと結と3人で、彼からもらったメモを頼りに聖夜さんの眠っている場所に行った。
レイナさんには昨日、結を迎えに行った時に全て話した。
レイナさんは仕事柄、彼の事を知っていて、聖夜さんが亡くなっていた事も知っていた。
ーー雪乃ちゃんに話せなかった。
そう言って泣きながら謝るレイナさん。
2人で抱き合って泣き続けた。
そんな私たちを結は不思議そうな顔で見ていた。
聖夜さんの眠っているところは、田舎街の中にあるお寺。
周りには民家もなく、長い階段を上ったところに建っている。
結を真ん中に、私とレイナさんは結の手を繋いで階段をゆっくりゆっくり上っていった。
お寺に近付くにつれて、私の胸のドキドキが激しくなっていく。
「雪乃ちゃん?」
「はい」
「私も一緒に来て良かったの?」
「えっ?」
レイナさんの方を見る。
「雪乃ちゃんと結ちゃん、2人で来た方が良かったのかな?って……」
レイナさんはそう言って、少し寂しそうに笑った。
昨日、私がレイナさんに聖夜さんに会いに行こうと誘った。
快く行くと言ってくれたレイナさんだけど……。
「もし、結と2人で行こうと思ってたらレイナさんを誘わないですよ」
「雪乃ちゃん……」
「レイナさんが来てくれたら、聖夜さんも喜びますよ」
私はそう言って、レイナさんに笑顔を見せた。
「アキに何でレイナも来たの?って言われそうだけどね」
レイナさんはそう言ってクスリと笑った。
昨日、レイナさんに聖夜さんの本名の事も話した。
レイナさんは聖夜さんが逮捕されて、ニュースになった時に知ったみたいだった。
だけど、レイナさんは今でも聖夜さんをアキと呼び続けている。
結を連れているから、階段を上るのに少し時間がかかった。
階段を上ると、境内が広がって、立派なお堂が建っている。
その隣にある納骨堂に入った。
中は冷んやりしていて、少し寂しい雰囲気。
お線香を香りが鼻を掠める。
聖夜さんがいるところは、納骨堂の1番奥だった。
2年振りに会う聖夜さん。
さっきよりも胸がドキドキしている。
「結?」
私は膝を折り、結の目線に自分の目線を合わせた。
「ここに結のパパが眠ってるの」
「パパ?」
「そう。結のパパだよ。こうやって手を合わせて、会いに来ましたってパパに言ってあげて?」
私が手を合わせると、結が私を見て真似して手を合わせる。
「会いに来ました」
結は私が教えた通りにそう言った。
「ちゃんと出来たね。パパ、喜んでるよ」
私は結の頭を優しく撫でた。
「雪乃ちゃん、私、結ちゃん見ていてあげるから、アキと沢山話しておいで?」
「レイナさん……」
「いろいろ話したい事もあるでしょ?……結ちゃん?」
レイナさんはそう言って、結の方を見た。
「お姉ちゃんと一緒にお外にいこうか?」
「うん!」
結は元気に返事をして、結がレイナさんの手を取る。
レイナさんは結の頭を撫でて、手を繋いで外に出て行った。
聖夜さん、やっと会えたね……。
あなたのお友達から昨日、全て聞きました。
私が小さい頃に遊んでいたお兄ちゃんが聖夜さんだったってわかって嬉しかった。
あとね、聖夜さんは冷たい人なんかじゃなかった。
友達思いの優しい人だってわかったよ。
あなたの口から真実を聞きたかった。
もう一度、あなたに抱きしめて欲しかった。
結を抱っこしてもらいたかった。
ねぇ、聖夜さん?
私は今でも、あなたのことが……。
好きだよ。
外に出ると、レイナさんと結がお寺の境内にあるベンチに座っていた。
結は温かい缶のココアを飲んでいて、それを優しい顔で見ているレイナさん。
「アキと話できた?」
私に気付いたレイナさんが顔を上げて、笑顔でそう聞いてきた。
「はい」
私は結の隣に座る。
「結?ココア、美味しい?」
「うん!」
口の周りをココアの色で染まっている結。
カバンからハンカチを出して、口の周りを拭いてやる。
「雪乃ちゃん?」
「はい」
「これね……」
レイナさんがそう言って、カバンから手紙を出して私に差し出す。
「何ですか?」
薄いブルーの綺麗な封筒。
その封筒には白色で雪の結晶が描かれている。
「アキから雪乃ちゃんに……」
「えっ?」
私はレイナさんの顔を見た。
「アキから雪乃ちゃんが20歳になったら渡して欲しいって頼まれてて……。1日遅くなっちゃったけど……」
レイナさんはそう言ってクスリと笑った。
「読んでやって?」
私はコクリと頷くと手紙を受け取った。
何が書かれてるんだろう……。
胸がドキドキと煩いくらい鳴ってる。
「私、結ちゃんと境内を散歩してくるね」
レイナさんはそう言って、ベンチから立ち上がり、結を抱っこした。
私は封筒の封をゆっくり開けていく。
中から便箋を出した。
二つ折りにされた便箋をゆっくりと開いていく。
ーー雪乃へ
便箋の一番上にそう書かれている。
聖夜さんの直筆。
それをゆっくりと撫でる。
私は手紙を読み始めた。
手紙を読み終わった頃には、涙が溢れて止まらなくなっていた。
その涙がポタポタと落ちていき、便箋を濡らしていく。
「ママ?」
気が付くと、結が私の前にいて不思議そうな顔で私を見ていた。
「痛いの?」
そう言って頭を撫でてくれる結。
「ううん。ママね、嬉しくて泣いてるの」
そう言って結を抱き上げ、膝の上に乗せてギュッと抱きしめた。
結の小さな手が私の体に回り、結も私の体をギュッと抱きしめてくれる。
「読んだ?」
レイナさんの問い掛けにコクンと頷いて、便箋を封筒に入れて、それをカバンにしまった。
「帰ろっか?」
私はそう言って結を抱っこしたままベンチから立ち上がった。
結を下ろしてカバンを持つ。
来た時と同じように、結を真ん中に私とレイナさんは結の手を取った。
その時……。
ーー雪乃。
後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
足を止める。
後ろを振り返るけど……。
そこには誰もいなかった。
私の名前を呼んだ声。
間違いない。
聖夜さんの声だ。
強い風が吹き、境内の木が揺れてザワザワと音を立てる。
「雪乃ちゃん?どうしたの?」
そう聞いてきたレイナさんは不思議そうな顔をしていた。
「あ、いや……何でも……」
私はそう言って前に向き直した。
そして、結の足に合わせて階段まで来た時、再び強い風が吹き、境内の木をザワザワと揺らす。
私は立ち止まり振り返った。
…………えっ?
境内の木の下。
聖夜さんの姿が見えた。
ニッコリ微笑んで立ってる聖夜さん。
いつの間にか、私の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
そして……私の耳にハッキリと聖夜さんの声が聞こえたんだ……。
ーー会いに来てくれて、ありがとう。
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