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もう寝ているだろうと思って彼女の病室を訪ねた ただ、寝顔を見たら帰ろうと思っていただけだった
「あれ、どうしてここに?お仕事じゃなかったんですか?」
いつもはもう寝ている時間
「どうしたんだい、こんな時間まで起きて」
「どうしても眠れなくて」
そう言って窓を眺めた
「ねぇスカラマシュ様、もし私が死んでも忘れないでくださいね」
「はぁ?」
「だって貴方が覚えている限り私は貴方の中で生き続けることができますから」
僕の方は全く見ずに彼女は言った
「どうして僕が君の為にそんなことをしなければならないんだい?馬鹿なことを言ってないで早く寝たら?」
僕がそう言ってようやく僕の方を見た
「なら、眠れるまでそばにいてくれる?」
不安そうな目で、震えた手を隠すように布団を握っている彼女
まだこんな我儘を言えるなんて思ってもなかった
こんな、子どもみたいな我儘
「仕方ないね。ほら、横になって」
彼女は言われるがままに横になる
「子守唄でも歌ってあげようか?」
「そんな子どもじゃないですよ」
僕からすれば君はいつまで経っても子どもだ
「もうあんなにも月が高く昇ってるよ。早く寝ないと」
そう言うと目を閉じた
「また、明日が来ればいいのになぁ」
それを最後に寝息を立てて眠った
ふと彼女の手が目に入った
そこにはもう柔らかくて白くて丸い手は無かった
彼女の手を触れると硬くて角張った熱のある手だった
僕の熱の無い手に彼女の体温が移った
気持ち悪いぐらい、熱い
気持ち悪い温もり
僕は彼女から手を離し、蝋燭の火を消して病室を去った
目が覚めると彼はいなかった
約束通り、私が眠るまでそばにいてくれた
昨日まで身体が重くだるかったけど、今は良くなっている
このまま今日で退院かな
早くここから出たい
点滴が静脈を刺してベッドに私を拘束させている
こんな拘束、早く解いてほしい
そう思っていると先生と看護師が来て退院できることを説明された
私は病院を出て璃月港に向かった
1番璃月で賑わっている場所
物を売っている人
物を買う人
食べ物を作っている人
食べ物を食べている人
いろんな人にまみれている
「どうしたんだい、こんなところで。それとまた裸足で」
「スカラマシュ様!観光がてらに璃月港に来たんです」
靴を履くのはあまり好きじゃない
足の裏に砂利が食い込んで痛むその感覚が好きだった
「スカラマシュ様お仕事は終わりましたか?」
「いいや、まだ残っているからもう戻るよ」
「なら私も手伝います」
「病み上がりだろう?休んでくれた方が助かるよ」
私は頷くと仕事に戻って行ってしまった
その背中を見るのがどうしても寂しくてすぐに観光に戻った
「あら、君は散兵のところの娘よね?久しぶりね」
「淑女様、お久しぶりです」
「暫く見ない間に大きくなったわね」
そう笑っていた
多分子どもの成長は喜ばしいことなんだろう
けど、私にとっては喜ばしいとは言えなかった
「そうですか?はは、ありがとうございます」
「これあげるわ。また協力してちょうだいね」
そう言って高そうなお菓子を私に渡した
私はそのお菓子を落としてしまった
手に力が入らなかった
「…………ここに入れておくから後で食べなさい」
私のカバンにお菓子を入れてくれた
「……ごめんなさい」
「謝る必要なんてないわ。私が少し手を滑らせただけよ」
そう言って去って行った
違う
私が落としたのに…
淑女さまは私に気を遣って………
もう、嫌だなぁ
私はもう観光に行く気になれなくてファドュイの拠点に戻った
「ここが稲妻かぁ。すっごく景色綺麗ですね!」
「はしゃいでないで早く行くよ」
私は先に行くスカラマシュ様の後ろを歩いた
そして隣に並ぶ
あれ、こんなにもスカラマシュ様小さかったかな?
いや、違う
私が大きくなっただけ
私だけが成長する
所詮、私は人間でしかない
「なにぼーってしているんだい?君が待ちに待った仕事だろう?」
「ごめんなさい。少しだけ考え事してました」
確実に近づいてきているそれを見るのが怖くなった
いつまで目をそらせるだろう
考えただけで頭が痛くなった
私は黙ってスカラマシュ様の隣を歩いた
稲妻に先についていたファドュイと情報を共有し、その日は宿で休んだ
隣の部屋でスカラマシュ様はいる
痛い
膝が痛い
また成長痛
いい加減にしてほしい
隣の部屋にいるなら行こうか
痛みがあるようじゃ眠れない
仕事、手伝おうか
私は隣の部屋に入った
「またこんな夜中まで起きて…今日はどうしたんだい?」
「痛くて眠れないの」
そう言うとスカラマシュ様の目が少し見開いた
「どこが痛いんだい?」
「膝。また成長痛」
「あぁ、そういえば最近身長がすごく伸びたみたいだからね」
伸びなくていい
「だから仕事手伝いますよ」
そう言って私はスカラマシュ様の隣に座った
「ならこの報告書書いといて」
そう言って私の目の前に紙を置いた
私はペンを取ろうとした
取ろうとしたの
ペンは無常にも机の上に音を立てて落ち、そのまま転がり床に落ちた
私の手は震えていた
「……眠れなくとも横になるぐらいはしたら?これは僕がやっておくから」
そう言って落ちたペンをスカラマシュ様は拾った
なにもできない私は敷いてあった布団を頭まで被って目を瞑った
いつか寝れるだろうと思ったけど、眠れなかった
最近、眠るのが怖い
きっとこれも眠れない原因なんだと思う
そんなことをぐるぐると考えていたら布団を剥がされた
「まだ痛むのかい?」
「うん」
「久しぶりに子守唄を歌ってあげようか?それとも読み聞かせの方がいいかい?」
幼い頃、母さんが死んだ姿を思い出して泣いていた夜
子守唄や読み聞かせをして宥めてくれた
「スカラマシュ様がそばにいてくれるだけでいい」
私はスカラマシュ様の服の裾を握った
「朝が来るまで話そうか」
「うん」
仕事の話ばっかりだった
けど、それでよかった
すぐそこまで来ているものを意識しなくて済むから
まだ、役に立てると思えるから
そう思っていたらいつのまにか私は眠ってしまっていた
「はぁ?この子を貸して欲しいだって?」
「えぇ。この子がいれば仕事が早く済みそうなのよ」
「君の部下は随分と使えないみたいだね」
幼い頃から育ててきたんだ
使えるのは分かっている
「それでどうするんだ?」
「1つお願いを聞いていただければお手伝いさせていただきますよ」
珍しいな
見返りを要求するだなんて
「あら、珍しいわね。けどいいわ、叶えてあげる」
「ありがとうございます、淑女様。それではスカラマシュ様、暫くの間お別れですね」
そう言って手を振りながら去って行った
それにしてもあの子のお願いってなんなんだろうか
嫌な予感がした
いや、あの子はそんな馬鹿なことはしない
そんな馬鹿に育てた覚えはない
けど、何年か一緒にいるがあの子の考えが分からないことが多々ある
たまに突拍子もないことをすることもある
もし、この嫌な予感が当たっていれば…
考えるだけ無駄か
あの子がした選択だ
あの子が自分でどうにかする
僕が気にしたところでなにになる
どうせあの子も僕を裏切るんだから
気にするだけ無駄
そうなんだ
「ありがとうございます、お願いを聞いてもらって」
「いいのよ、これくらい。それにしたって雷電将軍に会いたいだなんて随分派手なお願いね」
ずっと会ってみたかった
どんな顔をしているのか知りたかった
ただ、知りたかった
「ごめんなさい。どうしても会ってみたかったんです」
「散兵の影響かしら?」
「そうと言えばそうですね。スカラマシュ様を産んだ神がどんな神か見てみたかったんです」
この永遠の国を作り上げようとする神
この仕事がうまくいけば……
あれ、物音?
物音がする方を見ると旅人とパイモンがいた
御膳試合?
え?
「淑女様、危険です!」
「大丈夫よ。邪眼もあるし、必要なら炎だった…」
「淑女様を焼いた炎ですよ!そんなの、嫌です私!」
私を可愛がってくれた淑女様がいなくなるなんて嫌だ
お願い、思い止まって
「私は負けないわ。危ないから離れた所で見てなさい」
そう言って、行ってしまった
「淑女様!」
こうなってはもう止められない
私は離れた所で見ていた
淑女様が炎に包まれた所も、旅人に負けた所も、雷電将軍に殺された所も見ていただけ
ちょっと待って
雷電将軍がこっちに向かっている
私も殺すつもり?
逃げなきゃ
ここで死ぬのは違う
まだ死にたくない
まだ生きたい
私は咄嗟で避けたがダメだった
胸から腹にかけて裂けて血が出ている
熱い
私、死ぬ?
こんなことをしなくともいずれは…
薙刀を振り上げている雷電将軍になにか策を投じなければ
なにか、なにか!
「く、に……崩…」
お願い止まって
「貴方もここから生きて去ることを許します」
「しっかりしろ!旅人が手を貸してくれるから!」
旅人が私に腕を回して支えてくれた
そしてそのままこの場所を出た
風が頬を撫でる
外に出れた
早く帰らないと
生きて…帰らないと
私はいつの間にか旅人の手から離れて階段を転げ落ちていた
段差が私を殴りつける
早く帰って…
私は這いつくばりながらも宿に戻ろうとした
私は宿に戻ることはなくそのまま意識を失った
病院から連絡が来た
天守閣の前で血まみれで倒れていたらしい
あの嫌な予感が本当に当たっていただなんて
嫁入り前の身体にこんな大きな傷痕を残して…
規則的な呼吸を繰り返しながら眠っている彼女を見ていると嫌なことがひっきりなしに思い浮かぶ
「……スカラ、マシュ…さ…ま」
「随分と無茶したようだね。そんな風に育てた覚えはないけど?」
嫌味を言えど、彼女は笑っている
生きていたことの安堵か
それとも目が覚めた時に僕がそばにいたからか
それとも全く別のことか
彼女の考えが分からない
「あ、あの…」
忌々しいあの女の声
僕を産み出した神の声
「なんのようだい?」
「謝罪をしたくて…将軍が随分と勝手をして彼女を傷つけてしまったので」
「それと聞きたいことがあってのぉ。この童が【国崩】と言った理由を」
女狐と旅人達を連れてくるだなんて
ここは病室だ
大勢で押し掛けても困る
「謝罪?聞きたいこと?随分図々しいね。嫁入り前の身体にこんな傷を残しておいて?」
さらに言ってやろうとした時、彼女に服の裾を掴まれた
「だ、い丈夫…だから」
「なぜお主は【国崩】とあそこで言ったのじゃ?命乞いにしては随分と変わっておるの」
命乞い、なんだろうか
この名前を呼んだところでなにも変わらない
「まだ、生きたかった…から。止まってくれる、と思った……から」
痛みで顔を顰めながらもそう言った
「学者の娘がそんな馬鹿でどうするんだい?」
「馬鹿じゃ…ないもん」
いいや、馬鹿だ
こんな負ける可能性だけがある賭けをするなんて
馬鹿にも程がある
「けど、よかった…【国崩】で……思いとどまる、心があって」
「ねぇ、【国崩】ってなに?」
旅人がそう聞いた
【国崩】はもういない
「雷電……いや、バアルゼ…ブルに」
どんどん顔を顰め呼吸が浅くなる
鎮痛剤が薄れてきている
「嫁入り前の娘に傷を残した神にでも聞いてみれば?見ての通り、どこかの馬鹿な神様に痛めつけられて苦しそうなんだ」
「あはは、お主が嫁入り前の娘の心配するとはの。お主はなぜそこまでこの童に執着する?」
執着か
違う、執着じゃない
どうせこの子も裏切る
「早く帰ったらどう?苦しそうなのが分からないのかい?」
「あ、あのこれだけ。甘いお菓子です。よければ」
甘い菓子か
喜びそうだ
「いらない。スカラ…マシュ様、甘いの…嫌いだから」
「君に対する詫びの品だよ。君の好きな物を貰えばいい」
「それでも、いらない」
額に汗が滲んでいる
これ以上は無理そうか
「本当にごめんなさい」
「あ、そうだ!これ落としてたぞ」
パイモンが彼女に栞を渡した
彼女が幼い頃、花を贈ったことがあった
外に出たいとうるさかったから、代わりに花を贈った
その花が今、この栞の中に咲いていた
「ありがとう、大事な…宝物、だから」
大切そうに栞を持っていた
「それでは失礼します」
そう言って、全員が帰った
「本当に馬鹿だね。こんなになるなら…」
僕が言い終わる前に手に温かさを感じた
彼女が僕の手を握っていた
「私が、会いたかった…だけ………だから」
「……もういいよ。痛むだろう」
震えが止まらない、硬い鱗に包まれた手を僕は離した