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「………ヒラ……」
病院の個室で、真っ白なベッドの上で寝ている彼の名前を呟く。…返事は、無い。
「………………」
さっきの映像が脳内にフラッシュバックする。
泣き叫ぶ彼に、俺は何も出来なかった。キヨが居なければ、今頃ヒラはこの世に居なかったかもしれない。
「……安楽死…」
ぽつりと俺の口から出た言葉は、そのまま空気となって消える。現実味が無い言葉。けれど、今となってはヒラに一番近い言葉だった。
「馬鹿な事言うんじゃねえ」
ぱっと顔を上げると、キヨが扉の前に立っていた。
「俺等が弱気になってどうすんだよ。そんなんじゃ、ヒラに余計な心配かけるだけだ」
「……分かってるよ。…ヒラが、一番辛いって」
だけど。
選択肢が多い。一体、どれが正しいんだろう。どうしたら、ヒラは喜んでくれるんだろう。
「悪い、責めるつもりは無かったんだ」
俯いてしまった俺に、キヨはそう言った。
キヨがヒラが眠るベッドの側に椅子を置き、座る。心無しか、彼の表情も暗い。
「………こーすけも、そろそろ来るってよ」
痛い位の沈黙に、キヨが呟く。俺は、そう、としか返す事しか出来なかった。
「…………ヒラ、これからどうするんだろう」
*
全ての始まりは、なんてことの無い日常───最俺の動画を撮り終わった翌日の昼に起きた。
「昨日は笑ったなーw」
「うん!キヨがフジを蹴り飛ばすの面白かった!」
「ちょ、ラーヒーさん?!酷くない?!」
俺とキヨとヒラ。三人で最俺ハウスに向かっていた時。
「二人共ありがとねー、買い物付き合ってくれて。おかげでサーモンいっぱい買えた!」
ヒラが嬉しそうに買物袋を眺める。確かに、今日は尋常じゃない程サーモンを買い溜めしていた。
「食べきれなくて腐らせない様にね?」
「うわー、出た出た。フジのおかん」
俺達は、いつも通りの他愛もない会話をしていた。
「………なあ、何かあっちの方騒がしくね?」
キヨの目線を辿ると、一人の男性が暴れていた。此方の視線に気付いた男性は、勢いよく走って来た。
その手には、一枚の葉っぱが握られていた。
「───お前も、道連れだああぁぁぁあ!!」
そう言うと、男性は葉っぱをヒラ目掛けてぶん投げた。
「えっ、えっ、うわ……っと」
ヒラは訳も分からずその葉っぱを手に取った。……いや、押し付けられた。
「その葉に触るな!!」
キヨでも肩を震わせる程の大声。見ると、もう一人の男性が切羽詰まった表情で此方に走って来ていた。
「うるせぇ、来るんじゃねえ!!」
そう言うなり、葉っぱを押し付けた男性はナイフでもう一人の男性の腹を刺した。
「ちょっと、何してるんですか!!」
キヨと俺で男性を押さえ付ける。キヨがチョップを決め、意識を飛ばす。ヒラは、もう一人の男性の方へ駆けていった。葉は、地面に落ちていた。
「キヨ、フジ、このひと気絶してる!救急車呼ばな、きゃ───」
──ヒラは、まるでスローモーションの様に倒れた。
「おい、ラーヒー?!」
キヨが駆け寄る。俺も次いでヒラの元へ。周りには、沢山の人が集まっていた。警察に通報してくれている人、俺とキヨを讃える人。でも、今は周りなんてどうでも良かった。
「ねえ、どうしたのヒラ!!」
俺はヒラを抱き寄せる。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!い”だい”、痛い、やだ、だすげでえ”え”ぇ”ッ!!」
「ヒラ!!どうしたの、何処が痛いの?落ち着いて……!」
じたばたと暴れ狂うヒラを見て、俺やキヨ、周りは唖然としていた。
「おい、ラーヒーはアイツに刺されて無かったよな?転んでた訳でも無い」
「うん、ヒラは何処も怪我して無い筈なのに……!」
キヨがヒラの身体を調べ始める。……何処にも、傷口は見当たらない。
けれど、ヒラは尋常じゃない程痛そうだ。これが演技な訳が無い。
「おいラーヒー、何処が痛いんだ、言えるか?!」
「痛いッ、痛い、い”だい”い”ぃ”ぃ”ッ!!」
ヒラが泣き叫ぶ度、ヒラの身体は大きく跳ね上がる。俺達は何も出来ずに、ただ救急車を待つ事しか出来なかった。
その間、ヒラはずっと叫んでいた。
まるで、断末魔の様に。
*
そして、ヒラ達は病院に運ばれた。腹を刺された男性は、手術を受け、何とか意識を取り戻す事が出来た。男性に感謝された俺は、彼にこう言われた。
「助けられなかったのは俺の責任だ。──でも、これからどうするかは……彼と、君達次第だ。───でも、どんな選択をしても……最後まで、彼の側に居てあげて欲しい」
そう言うと、彼は申し訳なさそうに病室へと戻って行った。
「……ねえ、キヨ。……ヒラは、…ヒラは、助かるんだよね…?」
俺は泣きながらキヨに目線を向ける。キヨは、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
「………当たり前だろ……」
自分にも言い聞かせる様に、キヨは呟いた。その声は、今にも消え入りそうだった。
何時間か経ち、こーすけが病院に着いた頃、俺達は医師から説明を受けた。
「ヒラさんは、恐らく{ギンピ・ギンピ}に触れた可能性が高いと言えます。…棘が沢山生えた植物に振れませんでしたか?」
「…多分、植物には触れた…と思います」
「成歩。何処でですか?」
「…買い物帰りの、普通の道路でです。興奮した男性に、押し付けられた感じでした」
「……ふむ」
「……あの、ヒラは、助かるんですか?」
「今現在は、死には至りません。──問題は、これからです。───では、{ギンピ・ギンピ}についてご説明します」
「{ギンピ・ギンピ}とは、人を死に至らしめる│所謂、殺人植物…植物兵器です。オーストラリア北東部の熱帯雨林に自生しています。この植物に刺されると、早くて三ヶ月……長くて数年、対象に激痛を与えます。最初の二〜三日は眠れない程の激痛に襲われ、数週間経っても鋭い痛みに襲われます。……直接死に至らしめる事はありませんが、激痛に耐えられず、自ら死を選ぶ───間接的に人を殺す、恐ろしい植物です」
医師の説明を聞いた後、キヨは怒りに任せてヒラに葉を押し付けた眠っている男性に殴り掛かろうとした。しかし、医師から彼もまた葉に触れて棘が刺さっている為、激痛に襲われていると言われた。それでも、キヨは止まらなかった。怒り狂うキヨを、俺とこーすけで必死に抑えた。
「ふざけんな!!どんな理由だか知らねえが、ヒラを巻き込むんじゃねえ!!絶対に許さねえ……絶対に!!」
キヨの悲痛な叫び声が、院内に鳴り響いていた。
*
───あれから数時間経って、今に至る。
「……医者に言われた。もしラーヒーが起きたら、痛みで暴れるだろうからナースコール押せって」
「……………うん……」
二人でヒラを見つめる。ヒラは、苦痛の表情を浮かべて魘されている様だった。
──そして、ヒラは突然目を見開いた。
「あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”あ”あ”!!!い”だい”い”い”ぃ”ぃ”い”い”!!」
「ヒラッ!!」
俺は急いでナースコールを押した。何秒も掛からず、医者が駆けて来た。
「鎮痛剤!抑えて!」
「はい!」
医者が指示を出し、看護師が準備をする。俺とキヨは、部屋の隅でそれを眺めていた。
「やだあ”あ”あ”ぁ”あ”ぁ”ぁ”あ”!!」
ヒラは注射を見るなり、更に暴れ出した。キヨが医者に叫ぶ。
「あの、そいつ注射が大の苦手でっ、見るだけで失神するくらいなんです!」
医者は頷くと、数人看護師を呼び、ヒラの身体を無理矢理抑え付けた。
「やだあ”ぁ”あ”!!こわ”いッ、い”だい”ぃ”い”ッ!!」
暴れ狂うヒラに、注射針を慎重に刺す。どんどん、ヒラの身体に薬が入って行く。
「…………ぁ………」
まるで電池が切れたみたいに、ヒラはがくっと動かなくなった。
「ありがとうございます。これからも、ヒラさんが目覚めたらナースコールをお願いします」
医者は、そう言うと忙しそうに部屋を出て行った。看護師さんが、ヒラをベッドに寝かしつける。
一部始終を見ていた俺達は、暫く呆然として動けなかった。
「おい!ヒラが暴れたって、大丈夫なのか?!」
こーすけが来て、やっと俺達は冷静になった。
こーすけに先程の状況説明をして、またヒラを見る。
「ギンピ・ギンピ……こんなに、ヤバいんだな」
こーすけが呟いた。さっきはあんなに騒がしかった室内も、今は静まり返っている。
「……ヒラとちゃんと話せる様になるのは、一週間後くらいだって……」
かなりの時間が掛かる。医者によると、眠っている間も痛みは続いているらしく、また意識も薄っすらとだがあるらしい。
「…俺達は、何も出来ないのか」
キヨが言う。その声には、動画の時の様な調子は含まれていなかった。
「いや、何も出来ない訳じゃ無い。意識はあるんだろ?ヒラに沢山話し掛けて、少しでも安心させればいいだろ」
三人でヒラを見る。今も尚、ヒラの額には嫌な汗がつたい、苦しそうにしている。
「でもさ、どうするの?もし…ヒラが痛みで俺達自体を認識出来てなかったら。しかも、もし目覚めても数年、痛みは続くんでしょ?……さっき、お医者さんが言ってたんだ。───苦しませずに、殺してあげるのも一つの手だって」
「フジ!!」
ハッとして顔を上げると、顔を歪ませた二人と目が合った。すぐさま、己の失言に気が付く。
「………ご、めん」
声が震える。一度でも、友人の死を提案してしまった自分を、強い自己嫌悪が襲う。俯いていると、こーすけが俺の肩を優しく叩いた。
「……しょうがねえよ。俺達は、ヒラが目覚めなくて焦ってるだけなんだ。…フジだって、ヒラを想って言ったんだろう?たとえそれが間違ってたとしても、俺達全員ヒラの事を想ってる。それだけは、揺るがねえ事実だ。…俺は、居合わせなかったから大層な事は言えねえ。けど、もしヒラが起きても……俺らがこんなんじゃ、ヒラ、安心出来ないだろ?…疲れた時は休んで、元気な顔でヒラを向かえようぜ。」
こーすけが俺とキヨを交互に見て言う。……あぁ、やっぱりこーすけは凄いなぁ。大事な時に、俺らをまとめてくれて。
「……ごめん、二人とも。もう、こんな事言わないし思わない。───絶対に、ヒラは死なせない」
今度はしっかりと、二人の目をまっすぐ見据える。此方を見たキヨが、いつもの笑顔でニカッと笑う。
「それでこそ、フジだ。……なあラーヒー、見ろよ。お前の事、こんなに大事に想ってくれてる奴らが居るんだ。───だから、安心して帰って来いよ」
そう言いながら、キヨはヒラの頭を優しく撫でる。
「………………き………ょ………?」
「!!ヒラ?!」
俺達の視線が一気にヒラに集まる。ヒラの声は、よく聞いていないと聞き取れない程に小さく掠れた声だった。それでも、静まり返った病室に居る俺達には、充分聞こえた。
「ヒラ、起きたの?!大丈夫?痛いところは?」
「………………………………」
静寂が訪れる。……ヒラは、目を開けない。
「……駄目、か…」
こーすけが肩を下ろす。でも、俺達はさっきよりもずっと血色が良くなっていた。
「でもさ、これで分かったじゃん!ヒラは、寝てるけど意識はあるんだよ!」
ヒラの頭をまた優しく撫で始めたキヨが興奮気味に言う。ヒラの一言で、俺達は元気を取り戻していった。
「じゃあさ、暇な時はなるべくココに集まろうぜ!どうでもいい事とか、全部此処で話すべや!そしたら、ヒラも少しは寂しく無くなるべ!」
興奮のあまり方言が止まらないキヨに、俺は思わず笑った。最俺の中で特に方言で話す事が無いキヨの久しぶりの方言は、何だか新鮮だった。
「じゃあ、今日は此処に泊まって……べしゃり大会、開催するぞー!」
俺達は、泊まる準備をするべく、交代交代で自宅に戻って荷物を持ってくる事にした。
*
今日は、キヨとフジに買い物に付き合ってもらった。おかげでサーモンがたっぷり買えて、帰ったら一匹みんなで食べたいな、なんて思っていた。
「……なあ、何かあっちの方騒がしくね?」
キヨの見ていた方へ視線を送ると、葉っぱを持った男の人がいて。
こっちに気付くと、全速力で走って来た。
「───お前も、道連れだああぁぁぁあ!!!」
叫ばれた不吉な言葉。そして押し付けられた、みどり色の葉っぱ。
「えっ、えっ、うわ……っと」
訳も分からず受け取ると、また奥の方から男の人が来て。
「その葉に触るな!!」
「うるせぇ、来るんじゃねえ!!」
男の人が叫んだ男の人をナイフで刺して。
一気に色んな事が起きて、俺の頭は情報過多でパンクしかけていた。
キヨとフジがナイフの男を捕まえて、我に返った俺は取り敢えず葉っぱを捨てて、刺された男の人の方へ走っていった。
男の人は腹を刺されていて、嫌な色が男の人を中心に広がっていた。
意識が無い。たぶん、気絶している。俺はスマホを取り出し、キヨとフジに向かって叫んだ。
「キヨ、フジ、このひと気絶してる!救急車呼ばな、きゃ───」
電話を掛けようとした時、視界が大きく揺れた。小さな衝撃の後、ようやく自分が倒れたんだと理解した。
キヨとフジが駆け寄って来てくれた。俺はいいから早く救急車呼んで、と言おうとした時。
───今まで感じた事が無いくらいの激痛が、俺を襲った。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!い”だい”、痛い、やだ、だすげでえ”え”ぇ”ッ!!」
塩酸をかけられたみたいな、焼けるような痛み。
電流を浴びてる様な、びりびりした痛み。
火事の中に居る様な、熱い…焼けるような痛み。
それらが一気に押し寄せて来た感じ。
キヨとフジが何か言ってたけど、激しい痛みに、俺はどうしようも出来なくて。
ただ、泣き叫ぶ事しか出来なかった。
二人に怖い思いさせちゃったなあ。
どうして俺は、ひとに迷惑をかけることしか出来ないんだろ。
つくづく、こんな自分が嫌になる。
やがて、痛みに耐えられなくなって。
俺は、意識を手放した。
次に目覚めたのは、病院?なのかな。真っ白な天井が見えた気がするから。
目覚めたというよりは、痛みに耐えきれなくて起きた感じ。
「あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”あ”あ”!!!い”だい”い”い”ぃ”ぃ”い”い!!」
「ヒラッ!!」
誰かの声が聞こえたけど、痛みでそれどころじゃなかった。
次の瞬間、大嫌いな注射が見えて。
暴れ狂った甲斐も無く、皮膚に針を付き立てられて。
また、意識を飛ばした。
次に目覚めたのは、たぶん、また病院。
目は開けられなかったけど、誰かの話し声が聞こえて。
暫くして、誰かの手が俺の頭に触れて。
俺の頭を、優しく撫でた。
まだ全身痛くて叫びたいくらいだったけど、撫でる手はどこまでも優しくて、暖かくて。誰の手か、思い出せなかった。………でも。
────俺は、知っている。
(…………この、手は)
「………………き………ょ………?」
思わず、心の声が出た。
撫でる手は止まって、名残惜しいなぁなんて思っていると、誰かの声が聞こえて。
暫くの静寂の後、また撫でてくれて。
そのひとは、うれしそうなこえでわらっていて。
おれも、つられてうれしくなった。
*
「よっし!じゃあ、べしゃり大会スターーーーーット!!」
「うるせぇよ!!」
ヒラのベッドを囲んで、俺がいつもの大声で叫び、こーすけがツッコんで、フジが笑う。
現在夜8時。病院から泊まる許可を貰った俺達は、個室に集まっていた。勿論、騒がしくしてもいい場所に移動させてもらって。
「今日はー…前回べしゃり大会王者、フジに………超〜絶面白い、腹筋崩壊するレベルの話をして貰おうと思いまぁ〜す!」
「えぇっ?!べしゃり大会って今回初だよね?!俺王者なの?!」
個室に笑い声が響く。夜だと云うのに、この個室だけは騒がしく、陽気な雰囲気に包まれていた。
「えー…じゃあ、俺いきます」
「おっ、キヨ君!どうぞ!」
「えっとですね、昨日最俺ハウスに行ったんですけどね。………何とフジが、とんでもなく面白い事をしてたんですよ!フジ、何だっけ?!」
「いきなり?!しかも俺面白い事してないし!」
「はははははっw」
いつも通りの他愛もない会話。いつもは、ラーヒーがニコニコしながら話を聞いてくれていた。けど今は、ベッドで眠っている。
そんな事を、一週間続けた。
───ヒラは、あれから目を開けなくなった。
「来たぞー……って、誰もいねえのか?」
12日目の昼、俺はラーヒーの病室に来ていた。珍しく、誰も居ない。
「ほら、ラーヒー。サーモン買ってきた」
買い物袋からサーモンを取り出し、ベッドの側のラックに置く。
一体何回、これを繰り返したんだろう。
「今日はさ、レトさんと実写撮って来たんだよ。レトさん、ラーヒーの事すげえ心配してた」
返事は無いけど、構わず話し続ける。俺達は一人の時、ヒラが寂しくない様にずっと話し続ける事にしている。
「………うっしーも、ガッチさんも、P-Pも……皆、ラーヒーの心配してる。……なあ、
………ヒラ。」
窓から、柔らかい風が吹き込んで来る。
「目ぇ、覚ませよ……」
自分でも信じられない程に弱々しい声。
俺とヒラの髪を、風が揺らした。
「………………キ……ョ…」
「………はは、聞いててくれてんのか。本当、ヒラは優しいよな」
「…………うん。ずっと……きこえてた」
「………え…………?」
顔を上げる。
「……キヨたち、だったんだね。………ずっと、はなしててくれたの」
ヒラの瞼が、ゆっくりと持ち上がる。
久しく見ていなかった、綺麗な瞳。
太陽の光で反射して輝く。
「えへへ………きょうは、れとさんと、じっしゃとったんだぁ」
にへっと笑い、ヒラの目が細められる。彼の、特徴的な笑い方。
「…………………キヨ?……ないてるのぉ?」
ヒラに言われ、頬に手をやる。
冷たい水が手に触れた。
「……お前、何で急に起きなくなるんだよ。痛いのは分かるよ。……けどさぁ、急に寝んなよ。……死んだかと、思うじゃん。生きてるなら、泣いてもいいから。叫んでもいいから。…ちゃんと、起きてろよ。」
両目からボロボロ涙が溢れる。恥ずかしくて俯こうとしたけど、ヒラが起きて話せる事が嬉しくて。
何とか、ヒラの目をまっすぐ見て話す。
「………うん。ごめんね。…………っぐ…!」
「ヒラ!」
ヒラが胸を押さえて震え出す。──痛みが、襲って来たのか。
「………キヨっ……ぅ、ごめ、んね……うぐぅ……」
「ヒラ、俺の声聞こえる?深呼吸しよ。───ゆっくり息吸って、ゆっくり吐いて。……そうそう、そのまま…」
ヒューヒューと荒い息をあげていたが、次第に呼吸が安定していく。震えも徐々に弱くなる。
「………っは、……ごめんね……もう、大丈夫……」
「……無理すんなよ。痛かったり辛かったりしたら遠慮せずにちゃんと言え。………あと、『ごめん』禁止。こういう時は、『ありがとう』って言うの。…ヒラは、何も悪くないから」
「………うん。……ありがと」
そう言って、ヒラはまた笑う。ヒラの汗を拭って、頬を優しく撫でる。ヒラはえへへ、とくすぐったそうに笑った。
「ヒラ、来たよー…って、え」
扉が開いて、マスクもサングラスも付けていないフジが顔を出す。そして、持っていた土産を地面に落として、フリーズしたみたいに暫く固まった。
俺はこれから起こりうる事態を予想して、ヒラの頬に触れていた手を引っ込めた。
「………フジ……!」
ヒラがフジの名前を呼ぶ。それが合図の様に、フジがロケットダッシュをする。
ベッドの前で急ブレーキして、優しくヒラに抱きつく。
「ぐえ」
「ヒラ………ひらぁ……!っぐす、キヨぉ、ヒラ起きた、話してるよぉ……!うああぁあぁぁあん!!」
フジの顔は、涙と鼻水でぐっちゃぐちゃだった。汚ねぇ、と思ったが無理も無い。俺もさっきそうだったし。
ヒラがフジの背に手を回す。
「んぶぇ」
するとフジは更に強く抱き締めたらしく、ヒラからまた情けない声が出た。
「フジ、ラーヒーの症状分かってんのか?激痛、痛みなんだよ!離れろ馬鹿」
「あっあっ、ごめんねヒラ!痛かった?痛かった?」
フジが分かりやすくおろおろする。
「うん………だい、じょうぶ……」
「ほら見ろ全然大丈夫じゃなさそうじゃん!!」
ヒラは笑ったが、俺はヒラに汗がつたったのを見逃さなかった。事実、少し呼吸も荒くなってるし。
「ヒラごめん……けど、起きて良かったぁ……話せる様にもなって…」
せめて手だけでも、とフジはヒラの手を握っていた。
「よぉ、何か騒がしいなー。一体どうし……」
次いでこーすけが来た。こーすけは現状が理解出来ないらしく、扉を開けた体制でずっと固まっていた。
「あっ、こーすけだぁ〜」
ヒラが優しく微笑む。こーすけは、まだ動かない。
見かねた俺は、こーすけの手を引いてベッドの隣に座らせた。
「ほら、こーちゃん。ヒラ起きたよ、話せるんだよ!」
フジが満面の笑みで言う。
「……………ヒ、ラ」
「なぁに、こーすけ?」
ふわりと笑うヒラ。まるで、周りに花が飛んでいる様に見える。……やばい、俺もそろそろ頭おかしくなってきたのかも。
「…………………………ッ」
こーすけは俯いた。顔を覗くと、静かに泣いていた。
「何、こーすけ泣いてんの?え?ラーヒー起きて泣いちゃった??」
「………うるせぇよ……見んな……」
思いっきりこーすけを煽る。これで、俺の調子も戻って来た気がする。
「………えへへ…」
「………ラーヒー、どしたの」
え?と言い、こてんとヒラが首を傾ける。……これが、視聴者が言う{あざとい}ってやつか。……可愛い。
「……あのね、嬉しくなっちゃって。………みんな、俺なんかのために泣いてくれてさぁ。」
「え、キヨも泣いたの?」
あ。とヒラが口を押さえる。おい。
「まぁ………なんだかんだ、一番ヒラの病室来てたのキヨだしな」
「ニートだからってのもあるだろうけどね」
「っだあああああ!!!うるせぇよ!!そうだよ俺が一番ヒラの部屋に来てるよ!少しでも時間が出来たら此処でヒラと話してたよ!!」
俺は半ばヤケクソになって叫ぶ。ヒラは嬉しそうな顔でにこにこしていて、フジはにんまりと笑っていて、こーすけはニヤニヤしていた。
「ほら、キヨヒラの事大好きじゃん」
こーすけがさっきのお返しとばかりに俺をからかう。
「そーだよ!!俺はヒラが大好きだよ!!大好きで何が悪いボケェ!!!」
「あっはははははwwキヨがヤケクソになったww」
一気に騒がしくなった室内。ヒラはニコニコしながら話を聞いてくれていた。
──いつも通りの、日常。
*
「ねぇヒラ、本当に大丈夫なの?」
「うん、今は平気」
今日は、ヒラが退院する日。暫く痛みは続くらしいが、よっぽどの事が無い限り大丈夫らしい。
けど、制限される事もある。
激しい運動や飲酒、強い衝撃、人が多くて空気が汚い場所(難くね?)。他にも、精神的負担をかけない事等。そして、毎日誰かが付き添う事。
お酒は飲めなくなったけど、ヒラはサーモン禁止されなくて良かった、と言っていた。軽いなー。
それから、もう一つ。
もし激痛に襲われた場合、死にはしないが本人曰く死ぬほど痛いらしいので、付き添いの誰かが落ち着かせる。深呼吸を促し、背中をさすって、ヒラを安心させる事。最重要任務だ。お医者さん曰く、ヒラが心から信頼している人じゃないと難しいらしい。他人でも出来ない事は無いが、ヒラの性格上、罪悪感や恐怖が湧き、呼吸に集中出来なくなるのではと言われていた。……ヒラも、否定してなかったし。
ヒラに葉っぱを押し付けた男性は、痛みに耐え切れず自害したらしい。彼の親は亡くなっていて、友人も見付からなかった為、この事件は闇に葬られた。
腹を刺された男性は、無事に退院していた。退院する前、俺達にわざわざ挨拶しに来てくれた。眠っているヒラを見て、男性はこう言った。
「きっと、貴方達なら、乗り越えられる。……ギンピ・ギンピは、数年に渡り全身が痛む。……常に、彼を気遣ってあげて下さい。それでは、失礼します。
────良かった。生きててくれて」
男性は、意味深な事を言って帰っていった。
俺もこーすけも、頭に?マークを浮かべる事しか出来なかった。
そんなこんなで、ヒラは退院する事になった。
「じゃあ、最俺ハウス行こっか。……歩ける?」
「もうっ、赤ちゃんみたいに扱わないでよ。それくらいちゃんと………わっ?!」
俺に支えられていたヒラが歩き出そうと一歩踏み出すと、バランスを崩して前に倒れかけた。
「………やっぱり。ヒラ、二週間近くずっと寝てたからね。いきなり動いて、身体がびっくりしてるんだよ」
俺は呆れながらヒラの身体を支える。ヒラは申し訳なさそうに俺を見上げた。
「車用意してあるけど、この感じだと駐車場まで歩けそうに無いね……よしっ」
「だ、大丈夫だよ……自分で歩ける…っわぁ?!」
ヒラの膝に手を回し、力を入れて持ち上げる。いつもくねくねしている俺だが、体つきは良い方だ。成人男性くらいは持ち上げられる。しかもヒラは、普通より軽い方だし。
「え、あ、あの、フジ」
「ん?どしたのヒラ」
顔を真っ赤にして縮こまるヒラ。……やっぱり、可愛い。
「…………恥ず、かしい………です………」
後半は声が小さくなって聞き取り辛かったけど、しっかり聞こえた。
俺は今、ヒラを横抱きにしている。所謂、{お姫様だっこ}というやつだ。
「大丈夫、駐車場までの辛抱だから!最俺ハウスで、皆で歩く練習しよ?」
「………うぅ……」
俺は、ヒラを抱えて駐車場へと向かった。ヒラの身体は柔らかくて、とても軽かった。
「「うわぁ…………」」
キヨとこーすけが思いっきり顔を顰める。
最俺ハウスに着いた俺とヒラ。俺は、二人に病院での事と、ハウスに向かうまでの事を話す様にと言われていたので、赤裸々に話したらこのザマだ。
「何何?!何で引くの?!」
「いや、だってお前……」
「『可愛い』とか私情を挟むな、キモイ」
「やっぱフジはホモだったんだな………」
「えっ、酷くない?!ねえヒラ、俺おかしい?!」
勢いに任せてヒラに質問を投げる。ヒラは再度顔を赤らめると、俯いてこう言った。
「………お姫様だっこは、恥ずかしかった」
「ほら、ヒラも言ってるぞ〜」
俺はうぐぅ、と唸る。
「………じゃあ、二人ならどうしたのさ」
そう言って二人を見る。最初に口を開いたのはこーすけだった。
「一旦病院の前に車停めさせてもらって、支えながら一緒に歩く」
あー、それいいねとヒラが言う。
キヨを見ると、顎に手を当てて考えていた。
「…………………おんぶ…はダサい…から………横抱き」
「ほらぁ!キヨもお姫様だっこじゃん!!」
俺が大声で言う。キヨは横から抗議している。
「俺は横抱き、お前はお姫様だっこ。俺の方がかっこいいから」
「いや言い方の問題?!どっちも一緒でしょ!」
「お前らキモイわ」
こーすけが言う。
「こーすけはアレだ、力ねぇからラーヒーの事持ち上げらんねえんだよ」
キヨが抗議している。そうだそうだ、と言うとこーすけは図星だったらしく、少し唸った。
ヒラは、顔をほんのり赤らめながら話を聞いていた。
「だーもう、今はそんな事どうでもいいんだよ!!今日此処に集まったのは、ヒラの付き添いを決める為なんだよ!!」
こーすけが言い、場が静まる。
「じゃあ、率直に聞くわ。……ヒラ、誰が良い?」
こーすけがヒラに聞く。ヒラは戸惑っている様だった。
「えっ、俺が決めるの?何かもっと、みんなで話し合いとか……ってか俺、別に一人でも大丈夫なのに………」
「それは絶対に無い」
キヨがきっぱりと言う。ヒラは少しびっくりしていた。
その後、誰がヒラの付き添いになるかを話し合った。結果、日中働いていなくて常に家に居る───キヨが付き添いになった。
俺はヒラが心配で、付き添い希望したが、日中普通に働いているしホモ説が浮上してしまったので却下された。
こーすけも日中働いていて忙しい為、却下された。
………で、消極法で残ったのが、キヨという訳だ。
………正直、めっっっっっっちゃ不安。
でも、キヨが忙しい時は、三人の内誰かが代わる事になった。
無事(?)付き添いも決まり、俺達は帰る事になった。………筈が。
「ラーヒーどうする?ラーヒーんち行く?」
「いや……俺の部屋、今友達に貸してるんだよね」
「じゃあ俺んち?此処からちょっと遠いけど」
「おいお前ら、もう11時だからな。気を付けて帰れよ」
ハウスから家がそう遠くないこーすけが玄関で言う。俺達はバイバーイと言い、また話し合った。
「ねえキヨ、ヒラ。………今日さ、最俺ハウス泊まってくのどう?」
俺の提案に、ヒラは確かにと言った。
「グリーンバック部屋、ほとんど俺んちみたいになってるし良いかも。キヨは?」
「……まあ、今から俺んち行っても時間掛かるし……布団とか飯の準備めんどいし……あ、飯は?」
「冷蔵庫に、前にヒラが爆買いしたサーモンちゃん達が居ますよ」
俺はそう言ってキッチンを指差す。ヒラがぱあっと花が咲く様に笑った。
「ねえねえ、退院祝いにサーモンパーティーしようよ!そろそろ賞味期限も怪しいだろうしさ!」
「おっ、良いねえ」
「お泊り会みたいだねwまあ、良いんじゃない?こーすけ帰っちゃったけど」
俺達は早速夕飯の準備を始めた。そういえば、昼から何も食べていない。意識すると、お腹がぐうと鳴った。
「やったー!じゃあ、今日はサーモンパーティーだね!いーっぱい食べるぞー!」
ヒラの元気な声が、最俺ハウスに響いた。
*
「……………ん……」
目が覚めると、俺はベッドの上で寝ていた。起き上がると、掛かっていた毛布がはらりと落ちた。
段々覚醒してきた。辺りを見渡すと、此処は最俺ハウス。地べたにはキヨとフジが寝転がっていびきをかいている。相変わらず、フジのいびきはうるさい。
立ち上がってみると、思っていたより歩けた。というか、もう完璧に歩ける。
キヨに毛布が掛かっていなかったので、俺の毛布をキヨに掛ける。……この感じ、キヨが最後に寝たのかな。
フジの毛布も、何故か吹っ飛んでいたので掛け直した。
テーブルの上には食べ終わったサーモンのパックと空のお茶碗が3つ。
……思い出した。昨日退院して、夜11時にもかかわらず男3人がサーモンパーティーをしたんだった。その時に一人で立ってみたら、意外と歩けたから、更に盛り上がって、二人は俺の前で堂々とお酒を飲んでた。だから歩けるのか。………我ながら、子供だなあ。
(……片付けるか)
ゴミを集めて、ビニール袋に入れる。食器類とお酒の缶をまとめて台所に置く。まとめたビニール袋をゴミ箱に捨てる。テーブルを拭いて、机の上を整理する。
(…………よしっ)
日頃の俺からは想像も出来ない程綺麗に出来た。こーすけが居たら、そのままあの部屋も片付けてくれって言われそう。
(ちょっとだけ、やってみよう)
二人を起こさない様に、そっと部屋から出る。グリーンバック部屋に行き、扉を開ける。……うわ、汚い。
「どうしてこんなに汚くなるんだろー……あ、腕時計落ちてる……」
拾った腕時計を見ると、針は5時を差していた。大分早い時間に起きたらしい。
(………なんか、やる気失せた)
俺は、何事も無かったかの様に部屋を出た。
廊下を出た時。
「!!はっ、あ”……んぐ………ッ」
───激痛が、俺を襲った。
痛い痛い痛い。全身がビリビリする、電流が流れるみたいな痛み。
そのまま地面に崩れ落ち、ダンゴムシみたいに丸くなる。
喉が痛くて、声が出ない。叫びたくても、叫べない。
(深呼吸、しなきゃ)
落ち着こうとする度に、痛みで呼吸が荒くなる。痺れたみたいに身体が震え出す。………もしかして、痙攣なのかな。
「………あ”……んっ、……はっあ”……ふッ、ぅ…」
くるしい。いきができない。あれ、俺って今までどうやって息してたっけ?
(痛いっ……)
痺れる痛み。荒くなる呼吸。全てが俺を焦らせる。
(どうしよう)
このままじゃ、また二人に迷惑かけちゃう。……もう、不安にさせたくないのに。
「…………あれ……ヒラ……?」
リビングから、フジの声が聞こえる。落ち着け、落ち着けと念じる度に、症状は悪化する。
「……ヒラ、どこ……?」
「………んが……あ、フジ………ふわぁ……………ん、ヒラは?」
次いで、キヨの声。布が擦れる音がする。俺は更に焦る。
「……っは……あ”ぐぁ……ッ!」
息を吸うのと同時に襲う、痺れる痛み。さっきよりも強く、激しい。
「……ヒラ…?」
フジとキヨの足が見えた。
「………ヒラ!!」
二人が急いで駆け寄って来る。まだ5時なのに、起こしちゃって申し訳無いな。
「フジ、一回俺が身体起こすから、背中さすってて」
「分かった。………ヒラ、聞こえる?聞こえたら、俺に合わせて深呼吸してね」
キヨが俺の身体をゆっくり起こす。フジが背中をさすって、一緒に深呼吸してくれる。
俺の心は、大きな罪悪感に襲われた。
「……二人、とも………っ、ご、ごめ……あ”ぅ…ッ」
「ヒラ。俺らは大丈夫だから、安心して。ほら、大丈夫、大丈夫。」
リズムに合わせて背中をさするフジ。
……段々、呼吸が安定してきて、痛みも弱くなった。
「……っはぁ……はぁ………もう……だいじょ、ぶ」
「…………本当か?」
キヨが俺の顔を覗き込む。俺はギクリとした。
俺は全身に汗をかいているし、実を言うと──痛みを感じなかった日は無い。毎日、全身が痛かった。変わるのは、どんな痛みか。痛みの強さは変わらなかった。
「…ヒラの『大丈夫』は、信用出来ない」
キヨが言う。俺が『大丈夫』を使う時は、確かに大体大丈夫じゃない……っていうか、全部大丈夫じゃない時だな。うん。
「……ヒラ。俺達には、遠慮しなくて良いからさ。大丈夫じゃない時は、言って良いんだよ」
フジの優しい声に、思わず言いそうになる。
──けど、言っちゃ駄目だ。みんなに迷惑かけちゃう、から。
「………しょうがねぇな」
キヨが小さい声でフジに話しかける。俺には聞こえなかった。
「……なあヒラ、お前は俺達が信用出来ないのか?──俺達が何の役にも立たないから、言っても無駄だって。……そう言いたいんだろ?」
「………違うっ!!」
二人が驚いて俺の顔を見る。自分でも、大きな声が出た事に驚いた。
「…信用してない訳、無い。みんなは充分すぎるくらい、俺に優しくしてくれるし………でも、だからこわいんだ。………みんなに、迷惑かけちゃうのが……」
最後は俯いてしまい、消え入りそうな程小さい声になってしまった。
暫くして、頭と背中に手が置かれた。何事かと思い顔を上げると、苦しそうな笑みを浮かべた二人と目が合った。
ほら、俺のせいで。二人の笑顔が苦しそうになっちゃった。
「…………ヒラはやっぱり、優しい奴だな」
「……え、」
キヨから放たれた、らしくない言葉。似たような会話を、病院でした気がする。
「迷惑な訳、無いじゃん。……寧ろ、ヒラが辛い事を言わないで隠してる方が、俺達にとっては辛いよ」
そう言って、フジが俺の背をさする。ビリビリした痛みは若干残っていたけど、そんなこと気にしなくなる程、優しい手つきだった。
「……ヒラ。もう一回聞く。………本当に、大丈夫か?」
キヨが俺の目を見据える。
───あぁ、やっぱり。二人には、敵わないや。
「…………まだ、びりびりしてて痛い」
恐る恐る口に出す。それを聞いて、キヨは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとな、ちゃんと言ってくれて」
そう言って、俺を軽々と横抱きにすると、リビングに運んでくれた。
……何、この人たちの移動手段はお姫様だっこなの……?
「痛くないか?」
「……ちょっとだけ。でも、キヨが優しいから大丈夫。」
キヨがこんなに俺に優しくする日が来るなんて、思ってもいなかった。
フジがソファの上を整え、毛布を敷く。もう一つの毛布を手に持ったまま、此方にピースをした。オッケーの合図。
キヨがソファに優しく俺を横たわらせる。次いで、フジが毛布を掛けてくれた。
「ごめんね」
「……ラーヒーさ」
「うん。ヒラはね、『ごめん』より『ありがとう』って言った方が良いよ」
フジが俺の目線に合わせて言う。
「………ありがとぉ?」
「うん。どういたしまして」
フジとキヨが笑う。俺もつられて笑顔になる。
「今は、安心してゆっくり寝ろ。……俺も、フジも居るから。」
「そうだね。……おやすみ、ヒラ」
二人の顔を見て、俺は笑った。キヨとフジが居るなら、怖い事は何も無い。
「キヨ、フジ。おやすみ」
二人が俺の頭を撫でてくれた。優しくて、暖かい手。
俺は安心して、眠りについた。