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ピーチチチ ピーチチチ
立ち込めた朝靄が陽の光に照らし出される頃、今は寂れた(旧)坪野キャンプ場から少し下った|事比羅《ことひら》神社の駐車場には複数台の捜査車両と白と黒のパトカー、赤色灯、そこに3台の救急車が到着した。
1台目には連続殺人重要参考人、山下朱音を乗せたタクシーのドライバー西村裕人、2台目にはその妻の西村智、3台目には金沢中警察署捜査一課の竹村誠警部が救急車の車内へと運び込まれた。
ピーチチチ ピーチチチ
石川県立中央病院の向かいには、|白山麓《はくさんろく》から加賀平野、果ては能登方面が一望出来る背の高い石川県庁が建ち、それに隣接した茶色い煉瓦貼りの背の低い建物は石川県警察本部だ。
病院正面の50m道路を突き進み、海側環状線を越えると遥か金沢港まで見渡せる。頭部に白い包帯を巻いた西村裕人は石川県立中央病院の一般病棟の窓からその景色をぼんやりと眺めていた。
コンコンコン
「西村、入るぞ」
「はい」
西村の病室に入って来たのは久我警視正だった。厳しいが静かな目をしている。
「MRI検査も問題は無かった様だな」
「はい」
西村は物言いたげな目でベッドに肘を突くと上半身を起こした。
「何だ」
「竹村警部は」
「そんな事は心配しなくて良い」
白い病室。逆光の中の西村は虚な目をして呟く様に訊ねた。
「あ、朱音は。朱音はどうなりましたか」
「捜査上教えられない」
「智、妻は」
「有松の岡田病院に入院した」
「え」
「心療内科、精神科だそうだ」
「・・・岡田、病院」
「そうだ」
夏の気怠い朝。西村が北陸交通本社配車室からの依頼で有松の岡田病院へと一人の客を迎えに行った。そこで待っていたのは桜色の髪、赤いワンピースを着た|金魚《朱音》と名乗る客。
その少女と出会った時から、西村裕人の平凡な日常がドミノの如く崩れ始めた。
「こ、洸は、息子はどうしていますか」
「しばらく養護施設で預かる事になった」
「そう、ですか」
その日、金沢市に初雪が降った。どんよりと重く垂れ込める鉛色の空からハラハラと舞い落ち呆気なく消える白い雪を見上げた西村は、タクシードライバー北|重忠《しげただ》の言葉を思い出した。
《《金魚》》ってのはな、雑食なんだよ。
あいつら何でも喰うからな。
了