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あぁ、やっぱりこういう展開になるのね。
アンリエッタは数歩、後ろに下がった。マーカスとパトリシアに、溜め息をつきそうになった顔を、見られないようにするためだ。
確かに、今まで起きた出来事は、『銀竜の乙女』の物語に沿ったものではない。イレギュラーである私が、二度も被害に遭ったのだから、当然だった。
そもそも物語が発生できなかった理由は、偏にヒロインであるパトリシアがギラーテにいたからだ。同じイレギュラーの存在であるユルーゲルに召喚されてしまったが故に、物語も膠着状態になったのだろう。
物語の舞台は、飽く迄もマーシェルなのだ。その証拠が、今目の前で繰り広げられていた。
アンリエッタは、再びパトリシアに近づき、視線をルカへと向けた。
先ほど変わらず、ルカとエリスは剣の打ち合いをしていた。他の者はすでに、倒されていたため、残るはエリスのみ。けれど、二人の空気を察してか、ポーラたちは手出ししていなかった。
その代わり、エヴァンとジェイクは、残っている盗賊団の者たちを縄で縛り上げ、ユルーゲルは辺りにまだいないか、警戒している様子だった。ポーラに至っては、荷台を引く馬たちに、労いの言葉をかける余裕っぷりである。
誰もルカの心配をしている者はいなかった。唯一、心配しているであろうパトリシアはというと、怪訝な表情へと変わっていた。
それもそのはず。確かこの場面での、ルカとエリスの会話は、痴話喧嘩のようなものだったから。
荷台にまでは、さすがに聞こえなかったが、『銀竜の乙女』では、こんな感じだった。
『出て行くなら出て行くで、挨拶なりケジメなり、ちゃんとしなさいよ!』
『そんな状況じゃなかったんだよ!』
『女の尻を追いかける余裕はあったってのに!』
『はぁ? 追いかけてねぇよ』
「じゃ、何で帰って来ないで、未だあの女の所にいんだよ」
ん? 今、女の人の声じゃなかったような……。
「あれだけ世話してやったのによ」
しかも、遠くで繰り広げられている会話が、すぐ近くから聞こえてきた。
「それが迷惑だって言ってるんだ」
ルカのセリフらしきものも、同じ声に聞こえ、思わず厚い布地に手を伸ばした。が、アンリエッタが触れる前に、パトリシアが厚い布地を、勢いよく開けた。そして、荷台から降りて、駆け出して行ってしまったのだ。
「パトリシアさん⁉」
アンリエッタも降りようとしたが、マーカスに止められた。
「何でわざわざ、パトリシアさんに会話を聞かせたの?」
「パトリシアに聞かれたから、答えたまでだ」
「こうなることが分かっていて?」
マーカスは頷いた。出ることは止められたが、顔を出すことはいいらしい。アンリエッタは、マーカスを睨み、再度質問をした。
「ちなみに、どうやって分かったの?」
「会話のことか?」
今度はアンリエッタが頷いた。
「唇で読み取った」
この世界にも、読唇術があったのか。しかも、マスターしているなんて。
「いつの間に、そんなものを会得していたの?」
「二年間、旅をしていた時に、教えてもらったんだ」
誰だ! 危険人物に危険なものを教えた輩は!
アンリエッタは、一旦深呼吸した。今はそんなことを言っている場合じゃなかったからだ。
「それで、どうしてパトリシアさんを行かせちゃったの?」
「アレを収集つけるためには、必要だと思ったからだ」
「女の人の剣が、パトリシアさんに向けられたらどうするのよ」
エリスはルカに執着している。それは、盗賊団のリーダーの娘であるエリスが作った、チンピラもとい不良集団に、ルカが入った時からだった。
ルカをいたく気に入ったエリスは、不良集団から抜けたルカを探し出し、父親の手下たちを引き連れて、パトリシアたちを襲うのだ。下手にパトリシアとルカの仲が良さそうな場面を見たら、何をするか分からない。
「それこそ、ルカの腕の見せ所だろう」
「何を呑気に……」
「いざとなったら、俺たちもいるし、回復役も揃っているんだ。問題ない」
戦力外ではあるが、役立たずではない、と言われているようで、言い返せなかった。
アンリエッタはただ大人しく、パトリシアたちの行く末を見守ることにした。