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ひまなつは、いるまの胸に顔を埋めたまま、何度もその名前を呼び続けた。
「……いるま……いるま……っ!」
震える声。
縋るような響き。
失うことを恐れる、必死な呼び方。
その一つ一つが、いるまの胸に深く突き刺さる。
抱きしめながら聞いているだけで、心の奥が掻き乱されていく。
不安に揺れる声を、これ以上、聞き続けることができなかった。
――大丈夫だ、と言葉で伝えるだけでは足りない。
触れて、温度を伝えて、ここにいると分からせたい。
衝動に近い動きで、いるまはひまなつの顎にそっと手を添え、顔を上げさせた。
涙で濡れた瞳が、戸惑いと不安を抱えたままこちらを見上げる。
そして……。
いるまは、その唇を重ねた。
ひまなつの呼び声を塞ぐように、やさしく、けれど迷いのない口づけ。
「……んっ」
小さく、息の混じった声が零れる。
驚きは一瞬だけだった。
すぐに、ひまなつの体から力が抜けていく。
抱きしめられ、求められている――
その事実が、胸いっぱいに安心を広げていった。
(……ここに、いる)
ひまなつは、目を閉じ、そっと身を預ける。
いるまの腕の中の温度。
近すぎる距離。
触れ合う息遣い。
全部が、現実だと教えてくれる。
いるまは、ひまなつの反応を確かめるように、ゆっくりと口づけを深めていく。
唇が離れては、また重なり、静かに息を分け合う。
やがて、自然と舌が触れ合い、絡み合う。
急がず、確かめ合うように。
失われていなかった繋がりを、もう一度、結び直すみたいに。
ひまなつの指が、無意識に、いるまの服を掴む。
離れないでほしい、という気持ちが、そのまま形になったようだった。
いるまは、ひまなつを抱き寄せたまま、変わらない温もりを与え続ける。
言葉はいらなかった。
唇越しに伝わる鼓動と、ぬくもりと、確かな存在感が、『 もう一人じゃない』と、何度も何度も、二人に教えていた。
唇を離すと、ひまなつは、かすかに息を震わせた。
「……もっと……して……」
掠れた声は、お願いというより、本能に近い求め方だった。
不安に押し潰されそうだった心が、ようやく安心に触れられて、離したくなくなってしまったのだと、いるまには痛いほど伝わってくる。
その言葉を、拒めるはずがなかった。
いるまは、ひまなつの背中に回した腕に力を込め、逃がさないように引き寄せる。
そして、さっきよりも深く、迷いのない口づけを落とした。
唇が重なり、離れて、また重なる。
短い呼吸が混じり合い、熱がゆっくりと高まっていく。
確かめるように、何度も、何度も。
ひまなつは、安心したように目を閉じ、指先でいるまの服をぎゅっと掴んだ。
その小さな仕草が、『離れないで』『ここにいて』という無言の訴えのようで、胸が締めつけられる。
「……ほんと、ずるいな」
小さく呟きながらも、いるまはまた唇を重ねる。
深く、あたたかく、逃げ場を与えないようなキス。
ひまなつの体から、次第に力が抜けていく。
不安も、涙の名残も、ゆっくり溶けていく。
ただ、互いの存在だけを確かめ合うように、熱を帯びた口づけを重ね続けながら、二人は静かに、同じ温度の中に沈んでいった。