テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
2,384
ひまなつは、いるまの胸に顔を埋めたまま、何度もその名前を呼び続けた。
「……いるま……いるま……っ!」
震える声。
縋るような響き。
失うことを恐れる、必死な呼び方。
その一つ一つが、いるまの胸に深く突き刺さる。
抱きしめながら聞いているだけで、心の奥が掻き乱されていく。
不安に揺れる声を、これ以上、聞き続けることができなかった。
――大丈夫だ、と言葉で伝えるだけでは足りない。
触れて、温度を伝えて、ここにいると分からせたい。
衝動に近い動きで、いるまはひまなつの顎にそっと手を添え、顔を上げさせた。
涙で濡れた瞳が、戸惑いと不安を抱えたままこちらを見上げる。
そして……。
いるまは、その唇を重ねた。
ひまなつの呼び声を塞ぐように、やさしく、けれど迷いのない口づけ。
「……んっ」
小さく、息の混じった声が零れる。
驚きは一瞬だけだった。
すぐに、ひまなつの体から力が抜けていく。
抱きしめられ、求められている――
その事実が、胸いっぱいに安心を広げていった。
(……ここに、いる)
ひまなつは、目を閉じ、そっと身を預ける。
いるまの腕の中の温度。
近すぎる距離。
触れ合う息遣い。
全部が、現実だと教えてくれる。
いるまは、ひまなつの反応を確かめるように、ゆっくりと口づけを深めていく。
唇が離れては、また重なり、静かに息を分け合う。
やがて、自然と舌が触れ合い、絡み合う。
急がず、確かめ合うように。
失われていなかった繋がりを、もう一度、結び直すみたいに。
ひまなつの指が、無意識に、いるまの服を掴む。
離れないでほしい、という気持ちが、そのまま形になったようだった。
いるまは、ひまなつを抱き寄せたまま、変わらない温もりを与え続ける。
言葉はいらなかった。
唇越しに伝わる鼓動と、ぬくもりと、確かな存在感が、『 もう一人じゃない』と、何度も何度も、二人に教えていた。
唇を離すと、ひまなつは、かすかに息を震わせた。
「……もっと……して……」
掠れた声は、お願いというより、本能に近い求め方だった。
不安に押し潰されそうだった心が、ようやく安心に触れられて、離したくなくなってしまったのだと、いるまには痛いほど伝わってくる。
その言葉を、拒めるはずがなかった。
いるまは、ひまなつの背中に回した腕に力を込め、逃がさないように引き寄せる。
そして、さっきよりも深く、迷いのない口づけを落とした。
唇が重なり、離れて、また重なる。
短い呼吸が混じり合い、熱がゆっくりと高まっていく。
確かめるように、何度も、何度も。
ひまなつは、安心したように目を閉じ、指先でいるまの服をぎゅっと掴んだ。
その小さな仕草が、『離れないで』『ここにいて』という無言の訴えのようで、胸が締めつけられる。
「……ほんと、ずるいな」
小さく呟きながらも、いるまはまた唇を重ねる。
深く、あたたかく、逃げ場を与えないようなキス。
ひまなつの体から、次第に力が抜けていく。
不安も、涙の名残も、ゆっくり溶けていく。
ただ、互いの存在だけを確かめ合うように、熱を帯びた口づけを重ね続けながら、二人は静かに、同じ温度の中に沈んでいった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!