自分の仕事やらグループ活動の作業を進めていると、ポン、と軽快な音と同時にスマホが光る。
可愛いアイコンと好きな人の名前。
その真下に”メッセージを受信しました”の文字が添えてある。
画面をスワイプすると
“お疲れ様です”
とお辞儀をしてるゆるふわスタンプと一緒に文字も送られていた。
『ぜんぶ終わりました。お電話いつでも大丈夫です。』
嬉しい。
るなさんとの電話は、疲れた自分にとって最高のご褒美だ。
めちゃくちゃ美味しいメシにもやりたかったゲームにも勝る、最高の特効薬。
相手が想いを通じ合う相手ってだけで、こんな効果があるんだなぁ。
なおきりさんにもうりにも言えない気づきを最近は感じていて
自然に上がる口角を隠すため、無意味に頬杖をついてしまうのがクセになった。
こんなゆるい顔をるなさんに見せるには恥ずかしすぎる、彼女の前ではカッコよくありたい。
そんな、なけなしの意地を張りながら通話ボタンをタップした。
「もしもしっ」
「はや、ワンコールもしなかったね」
「だってスマホを両手で持って構えてましたから」
両手に持って意気込むるなさんが容易に想像できた。
「…元気だった?」
「るな元気ですよ〜」
電話の声が明るくて一安心する。普段の生活をるなさんなりに楽しくすごせている証拠だな。
「おわっとと、ちょっと待ってね」
『何してるんですか?』
「確定申告用のレシートまとめてて」
電話に集中していたら、はらはらと数枚の領収書が落ちてしまった。
まとめてやると恐ろしいほどめんどくさい金勘定、今やめると溜まって二末に地獄を見る。
もう少しだけまとめよう。
ごめんねちょっとハンズフリーにさせて、と断ってスマホをデスクの上に置いた。
「すぐ終わるけどレシート整理しながら話すわ」
『終わった後でも…待てますよ?』
「いんだよ、いつ終わるかわからないし。急ぎのものでもないから。」
とは言いつつ残りは数枚。るなさんの声を聞けば面倒事もはかどる。
パラパラ、と紙の音を聞いていたるなさんが、あ!と何か思い出して声をあげた。
『シヴァさん、るな11月に東京行けることになりましたっ』
「ほんとに平気なの?俺大阪行けるけど」
秋は連休が多い。そこを見計らって、可能で会えば会おうと二人で約束した。
なので9月の連休に俺が大阪へ行けたが、10月はお互い予定が合わずじまいだった。
『ダメですよ、今度はるなが会いに行く番です。それに10月はバイト頑張ったんですから!!』
その言葉に俺がうぅん、と難色を示していると
「だからシヴァさん、ぜったいぜったいお金はるなが出しますね!?」
とるなさんに力強く言い切られてしまった。
学校にいってバイトもやってなんて忙しいのに、るなさんは自分の渡航費その他諸々は自分で出すときかなくて。
お金のことは気にしなくていい、なんなら毎回俺が大阪行くからと提案したけど頑なに断られた。
「この間のユニバだって、チケット代からごはんまでみんなだしてくれたじゃないですかぁ」
「じゃあ、その分東京きたら美味しい飲み物でも買ってもらおうかな」
「!いーですよぉ、あのねスタバの新しいの飲みたいなって思ってて、でもタリーズもね美味しいのがあって…」
話は逸れてるなさんの最近のハマり物談義が始まる。
まぁ、こんな感じでるなさんが金額の差に気づかない程度に、細かなバランスをとっているのである。
「ちなみに12月のお誕生日会はじゃぱぱさんから招待されました」
「あー…なんか言ってたな…」
『毎月あってるだと!?なぬぅ!?12月は俺がるなこっちに呼ぶからっっ俺がるな招待するからシヴァさんじゃないからっっ』
『…わかったよ』
ちょこちょこるなさんとは会っている、と口を滑らした俺は、
じゃぱぱさんによくわからん対抗心を燃やされて、”12月25日の馬鹿騒ぎはリーダーが招待する!!”と決まり、なんかうるせーからほっておいたのである。
『じゃあ11月も会えるし12月も会えますね』
「…そうだね」
楽しみだな、と言うつぶやきと一緒に
えへへ、と小さな照れ笑いも聞こえた。
くそう、可愛いかよ…。
ニヤケの止まらない口元をパーカーの袖で隠した。
「11月はどっか行きたいとこある?何したい?」
『るなはこの間ゆにば行きたいってお願いしたので、今度はシヴァさんの行きたいところがいいな』
「えー?俺は別に」
『ダメですっっ』
いきなりでかい声で怒られ、思わずスマホから顔を離した。
「せっかくるなさんが東京きてくれるんだから、るなさんの好きなとこ「ダメったらだめなのっ!」
『今度はシヴァさんの番だからっっ』
意外と頑固なんだよなぁ…
遮られ、さらに強く念を押されてしまった。
とは言っても
俺行きたいとこねぇんだよなぁ。
いや、べつにるなさんと出かけたくないわけではなくて
一緒にいるだけで嬉しいから、一緒にいて一緒に飯食って…ぶっちゃけ何にもしなくてもいい
いや待てよ。
「あ、待って」
『浮かびました?』
一つ思いついた。
「俺るなさんにメシ作りたいかも」
『シヴァさんご飯!?食べたぁーい!』
「そう、ご飯作って食べて、のんびりしないせっかくなら」
『なるほど〜のんびりデートですね?』
付き合ってからいつも出かけていたから家でのんびりしたい。おうちデートって言うんだろ、そういうの。
…おうちデート?
『じゃあ、シヴァさんのおうち…ってことでいいんですか?それともシェアハウス??』
---シェアハウスは嫌だ
咄嗟に思ったことである。うるさいのとヤジ馬が群がりに来るに決まっている。
せっかく二人で会うのにシェアハウスでは意味がない。ただしそうなると---
必然的に俺の家しかないのだ。
『シヴァさん?…あの、嫌なら別にどこかお出かけでも』
「嫌じゃないよ」
前回意味がわかったら呼ぶからねと言ってしまった。その言葉をるなさんは、俺が家に呼びたくないからだと理解したんだろう。
「…大丈夫」
『ほんとに?』
「うん、大丈夫。大丈夫…だからうちにおいで…」
『ほんと、やったぁ!』
声を振り絞って伝えた。
葛藤、この二文字が頭の中を駆け巡る。
『そしたらぁ、ご飯作って、ゲームして、動画見てのんびりしましょうね。』
「ソダネ」
あぁ意味なんかわかってない。
“男の家に泊まる”という意味を、るなさんはこれっぽちもわかっていないんだ。
わかってる、手は出さない。それは自分の戒めとして何がなんでも守りたい。
とにかく大事にしたい気持ちが優先的に立つ。
無理に進めて、るなさんが嫌な思いをするなんてことは絶対に避けたい。
ならば俺が頑張ればいいことだ。
よっし、と腹を括った。しんどいのは承知の上だ。
『あのう、寝るとこないならるな床でもいいですよ?』
「何言ってんの!ダメに決まってるでしょ!!」
彼女を床で寝かすなんざ令和の時代どこ探してもそんな彼氏はいない。
ちゃんとベッドで寝なきゃダメだと言うと
『じゃあシヴァさんは?』
「…床」
『ダメっ!るな小さくなるからちゃんとベットで寝てくださいっ』
「るなさん意味分かってんの?」
『??二人で寝たらいいんじゃないですか?るな邪魔になりませんから』
「…は、」
俺の彼女はあっけらかんと爆弾発言をかました。
電話の向こうで無邪気に喜ぶるなさんに、とりあえず何食べたいか考えといてね、とだけ伝えた。
「ぎゃはははは!」
「もぉお…今からしんどい…」
「”男しばお”にならなきゃね」
うりのでかすぎる笑い声が青空の下でこだました。
柔らかい秋風が吹くスタバのテラス席にて、本日はハゲずでモーニングである。
なおきりさんがコーヒーの蓋を開け一息吹きかける。苦味ある香りが前を通った。
「マッジで手出さないつもり?」
「出さない」
「…すごい揺るぎない決心」
そうなおきりさんは続けて、冷めちゃうから早く食べれば?と俺の前にトールサイズのコーヒーとサンドイッチを置いた。
「るなから出してって言われたらどーすんの?」
「100パーない」
「言い切った」
うりが恋人同士なら想定されるであろうシチュエーションについて俺に質問してきた。
言葉少なに答え、そのやりとりをなおきりさんに半目で見られている。
何度目かわからないため息をついていると、何故かなおきりさんもため息をついた。
「シヴァさん、もし手を出しちゃったら罪悪感で死ぬと思う」
「…うん、そうなるほうが俺は怖い」
「でしょう?やっぱり」
なおきりさんの指摘に頷いた。
万が一泣かしてしまうようなことが起こったら、罪悪感で押し潰されて多分別れをきりだす。
こんな彼氏とるなさんは一緒にいちゃいけない、そう結論づける。
「ゼロヒャクすぎない?恋愛ってもうちょっと二人でするものでしょ?」
「なにゼロヒャクって」
「るなさんと付き合うのに毎回命の選択するのかってことだよ」
うりの質問に、眉間の皺を深めたなおきりさんがはっきりと答えた。そして 視線を俺に向ける。
「大好きで大事なのはべつにいいけれど」
ふぅ、と小さく息をついて
「自分の考えを決めつけすぎるのも、良くないと思うよ」
と、半分しか開いていなかった目を伏せた。
わからないんだよ。
だって多分触れたら最後な気がするから。
もちろん抑えるつもりだけれど、俺は本当にできるのかな。
ううん、やらなきゃいけないことなんだけど
---自信がない
「…はぁ」
風が冷たい。時折り冬の気配がしてくる。
夏のあの、抱きしめあった日と同じ気持ちでいられるのか。
いつも会えるわけじゃないから尚更、時が経つにつれて気持ちは馳せる。
そして、欲は深くなるばかりだ。
コメント
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まじまじ尊かったですっ💕 🦖さんが❄ちゃんのことを誘って🐸さんが誘ったんじゃない!おれが誘ったんだ!のところをみて吹きました(笑) ちゃんと❄ちゃんも🌈🍑のことを応援しているし、みんなも❄ちゃんのことを応援していてもう最高でした✨️✨️ 優しすぎる🐸さん…🎸くんと🌷さんももやもやしていそうですね😅 🐸さん手を出す気が全くないのはビックリです…(笑) ❄ちゃんに手を出したらセコム(🍪🍫)が飛んできそうとかでもなく罪悪感なの面白かったです🎶
大事にしすぎて大丈夫?といいたげな🌷さんでした。すすめるにもしないにしろ、二人でお話ししてね、ということです。