テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
やかんちゃん🍟🍄🟫
1,029
スコスコップ
20
にょーん
27
夕方。寒さに身を震わせながら自宅に戻ると、知らない人が首を吊って死んでいた。室内にも関わらず、息が白く見えるほどこの部屋は寒い。
目の前には、だらり、と垂れ下がる手足と異様に伸びた首。この光景を私はよく知っている。
あれから何ヶ月経っただろう。疑問に思ってカレンダーを見やると、なんと二ヶ月程しか経っていない。えらく色濃い二ヶ月だ。とはいえ、この側頭部にケガをした分をいれてしまえば、まあ、ざっと半年強といったところだろうか。
「今度は男か」
無意識に呟くと、早々に自室のストーブに電源を入れる。珈琲粉に沸騰させた湯を混ぜていくと、粉はいつの間にか消えていた。寒い日に飲む温かい飲み物は、何故こんなにもほっとした気持ちになるのだろう。
梁から伸びるソレを見上げると、そこそこ体格の良い人物だと分かる。男の人は下ろすだけでも大変だというのに、どうせオーナーが承認したに違いない。
「これは入らない、かなあ」
ストッカー内は、ガタイのいい男性を入れるにはやや中身が詰まっている。仮にカラだったとしても恐らく入らないだろう。暫く黙考し考え倦ねた結果、とりあえず血抜きをして明朝解体するという結論に至った。
ああ、あとでウォークインクローゼットからロープカッターを取り出さないと。そう台所のシンクに体を預けながら珈琲を啜った。
「マヨコくんと……、ついでだからオーナーにも連絡しないと」
相変わらず記憶の定まらない日があるものの、日に日にこの空白は塞がりつつある。ただ、いくら頻度が減ったとはいえ、結局頭痛が起きれば振り出しに戻ってしまうのだから、まだまだ課題は山積みだ。
それでも皆の表情は前よりも柔らかくなったし、寂しそうな顔をすることも減った。それだけでも十分喜ばしいことだ。それに最近はちーちゃんが頻繁に仕事を貰ってくるので、随分ご機嫌なのだと思う。
「あーあ」
私はウォークインクローゼットへ行く前に、開け放したカーテンから眼下に広がる町並みを見た。夕方とはいえ外は暗く、ぽつぽつとした小さな明かりが夜景を作り始めている。
明かりの密集した場所は、恐らく繁華街や駅周りだろう。あの辺りに皆がいるのかと考えると、この建物は本当に辺鄙な場所にある。もう少し明るければ遠くの海も見えただろうに。そのかわり、空には既に一等明るい星が顔を出していた。
「めんどくさいなあ」
カーテンをざっと閉めきると、すっかりカラになった珈琲カップを適当な場所に置いた。先日漸くウォークインクローゼットを整えたので、ロープカッターが何処にあるかはもう分かっている。
記憶と同様、案外なんとかなるものだ。そう、綺麗になったクローゼットを見て頷いた。
体を目一杯伸ばしながら、ふと以前まで無意識に動いていた手足を思い出す。そして、輪郭だけの記憶のことも。
今でもその無意識さは顔を出すけれど、以前と違うことは理由も分からず動いているわけではないということだ。きっと元の自分の割合が大きくなっているんだろう。
『暴力性や残虐性のない人間がいると思う?』
いつだったかに聞いた誰かのセリフ。皆そんな凶暴性をひた隠しにして一生懸命人として生きている。
あんなに個性がどうのと言うくせに、道理や倫理から外れたら異常だなんておかしな話じゃないか。まあ個性はきっとそういうものではないのだけれど。
隠す人は上手く隠して、隠しきれなかった人だけが叩かれる。人の世界で生きていくには必要なことだから。皆それを分かっているから隠す。本当、人って愛おしい。
私は自分の記憶が夜明けに近いことを感じながら「明日の朝も寒そうだよ」そう、目の前に垂れ下がる一人の人間に話しかけた。全てを諦めたような濁った瞳。
見下ろされた視線の先では、明確に生と死の境界が存在している。その空気はいつだって穏やかだ。
部屋に満ちた珈琲の匂いに目を瞑る。
こんな日が続いてくれればそれでいい。だってそう、今日も世界は平和なのだから──。
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。
*また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
コメント
1件
うわあ、最終話……すごく染みました。主人公があの二ヶ月を「色濃い」とまとめたところに全部詰まってる感じがします。記憶が曖昧になりながらも確かに変わっていった関係性や、死体を前にしても「平和だ」と言い切る温度差がたまらなかったです。最後の珈琲の匂いと夜景、めちゃくちゃ好きです。完走お疲れ様でした、じわじわ来る名作でした。