静寂の中で、誰もが荒い息をつきながら、戦場の余韻に浸っていた。
戦いの喧騒は、まるで幻やったみたいや。さっきまで響いとった剣戟の音も、怒号も、死に際の絶叫も、今はもうどこにもない。ただ、風が血の臭いを巻き上げながら、戦場を吹き抜けとるだけや。
「大丈夫か、ケイナ?」
ワイはそっとケイナの背に手を添えた。戦場の余韻に沈む冷えた空気の中で、その手だけがわずかに温もりを持っとるように感じた。ケイナの肩は小刻みに震えとった。戦いが終わったばかりの体は、まだ緊張を解けずにおるんやろう。
ケイナは小さく頷きながら、目元に滲んだ涙を指先で拭った。喉の奥で小さく息を詰まらせながら、なんとか堪えようとしとるのが分かった。呼吸を落ち着けようと、彼女は何度も胸を上下させとる。喉の奥で震える息が、不規則に漏れ出しとった。震える唇の端を持ち上げ、無理にでも笑おうとしたんやろうけど、ぎこちなく引きつるだけやった。
「うん……でも、ちょっと膝が震えてる……」
彼女の声はかすれていて、無理に気丈に振る舞おうとしとるのがわかった。
「そらそうや。ここまで戦ったんや。誰でもそうなるで」
ワイは息を深く吐きながら、鈍く光る剣を鞘に収めた。柄を握る指先が、まだかすかに震えとる。戦闘が終わったはずなのに、神経だけが昂ぶったままや。体はどっしりと疲れとるはずやのに、意識だけが異様に研ぎ澄まされとる感覚。
周囲に目をやる。倒れたチンピラ共が無造作に転がっとる。剣を握ったまま倒れた者、足を貫かれてぬかるみに沈む者、何かにすがるように手を伸ばしたまま動かなくなった者――。そのどれもが、まるで深い眠りに落ちたかのように静かやった。
「……彼ら、もう動かないわよね?」
リリィの声が、沈黙を破った。彼女の瞳は鋭く、慎重に周囲を見回しとる。指先には、まだ魔力の余韻が残っとるのがわかる。完全に収めるべきか、それとも警戒を続けるべきか、迷っとるんやろう。
「大丈夫やろ。チンピラ隊長のスキルで無理やり動かされ続けたんやで。戦う意思どうこうの前に、まともに体が動かせんはずや」
ワイがそう言うと、リリィはようやく息を吐き出し、手を下ろした。長く張り詰めとった空気が、ほんのわずかだけ緩む。
やっと、ほんまにやっと、戦いが終わった――そう思えた瞬間やった。
……かすかなうめき声が聞こえた。
隊長や。
倒れたままの彼が、腹部を押さえながら、うっすらと目を開ける。血塗れの口元から、苦しげな息を漏らしながら、ぼんやりと宙を見つめとる。その瞳には、もはや戦意の欠片もなかった。ただ、敗北の痛みと、受け入れられへん現実の狭間で揺れとるだけや。
「……なんで、俺は……負けた……? スキルと魔剣を組み合わせた奥の手……【闇の号令】まで使ったのに……」
掠れた声が、荒れ果てた戦場に落ちる。
まるで、独り言みたいやった。誰かに答えを求めるでもなく、ただ、信じられへん現実を呟いてるだけ。
ワイはそいつの虚ろな瞳を見下ろしながら、しばらく何も言わんかった。
こいつは本気で勝てると思っとったんか。いや、そもそも勝ち負けを考えとったんかすら、怪しいな。こいつは、ただ暴力を振るうことに酔っとっただけや。
ワイは静かに口を開いた。
「お前の心は、最初からここになかったんやろ」
隊長の瞳が、かすかに揺れる。まるで、己の内にあったはずの確信が、いま崩れ落ちていくのを悟ったかのように。
「下っ端共は、目先の金に目が眩んで集まり、最後はお前の能力で操られとったな。やけど、ワイから見ればお前も似たようなモンや」
「なんだと……?」
声が震えていた。僅かに開かれた唇から漏れたその言葉は、自信と威厳を纏ったはずの彼には似つかわしくなかった。動揺を隠そうとするが、わずかな表情の歪みがすべてを物語る。額に滲む汗、ぎこちなく揺れる瞳――どんなに誤魔化そうとしても、それははっきりと見えていた。
普段のコイツなら、すぐさま反論の言葉を叩きつけてきたはずや。自らの正しさを信じて疑わん男やった。けど今は、それすらできへん。ただ拳を握りしめ、指先が白くなるほどに力を込めながら、己の精神を支えようとするばかりやった。
「お前は、暴力に飲み込まれとった。強力なスキルと魔剣とやらに魅入られてしもたんやろな」
隊長の肩がわずかに震える。その背中は、これまで数多の敵を屈服させてきた男のそれやったはずや。けど今は――どこか、頼りなく見える。
「躊躇なく他人を蹂躙できるんは脅威やが、その強さには芯がない。そんなんでワイらに勝てるわけないやろ」
鋭く突き刺さる言葉。隊長の唇が震える。苦しげに、悔しげに、何かを言おうとする。
「……俺は……ただ……」
その声は、かつての猛者のものではなかった。迷い、苦悩し、揺れ動く、ただの人間のものやった。戦士の誇りも、チンピラとしての信念も、すでに砕け散ってしまっている。言葉の続きを探している。それでも、何一つ見つけられへん。
――もう、終わりや。
隊長の瞼は静かに閉じ、呼吸はゆっくりと浅くなっていく。敗北の重みを背負ったまま、彼は意識を手放したんや。
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