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その日の営業が終わるころには、店内にはすっかり静けさが満ちていた。
片付けもほとんど終わり、残された作業は荷物の整理だけ。ユズリハは埃を払いながら、サグメに言われた言葉を思い出す。
――“あの奥の扉だけは、絶対に開けないでね”
理由は教えてくれなかった。ただ、あのサグメが笑顔で念押ししたのだ。よほど重要なのだろう。
「……触らないようにしよ」
そう思った矢先だった。
かすかな金属音とともに、その“開けるなと言われた扉”が、ひとりでにすうっと開いた。
「……え?」
誰も触れていない。風もない。なのに、内側へ自然と引かれるように扉は開いていく。
背筋がぞくりとした。けれど興味には勝てなかった。
ユズリハは、ごくりと喉を鳴らし、そっと扉を押し広げた。
部屋の中は、薄暗い。
しかし壁一面に並ぶ無数のモニターが淡い光を放ち、空間を青く染めていた。数字、記号、ログ……意味の分からないデータが高速で流れていく。
「な、にこれ……」
眺めているだけで目が回りそうだ。レストランの裏にあるとは到底思えない光景だった。
その中央。モニターに囲まれた椅子に、髪を二つに結んだ女性が座っていた。
彼女はサングラスを頭にずらし、光る緑の瞳で振り向いた。
「ん? 誰?」
軽い声。しかし、瞳はモニターの光を反射して鋭く光っている。
「あっ、すみません! 勝手に開けちゃって……新しく働くことになった、飯名ユズリハです」
女性は一瞬だけ目を見開き、すぐに笑顔になった。
「飯名……あぁ!ユズリハくんね!ツクヨミさんから聞いたよ!」
「あ、そうなんですね。えっと……あなたは?」
「うちギア。月光の警備担当してんの。あんま表に出ないけどね。よろしく~」
「よろしくお願いします、ギアさん」
ふわふわした口調なのに、背後のモニターはずっとターミナルのように動き続けている。
何者なのかまったく掴めない。
ギアはにやりと口角を上げ、ユズリハに身を乗り出した。
「関係ないんだけどさ、ユズリハくんって……お姉さん、いる?」
「え……はい。いますけど……」
「やっぱり~!ユズリハくんにそっくりな人が、うちの知り合いにいてさ~。今もたまに話してるんだ~」
その言葉に、ユズリハはぴたりと固まった。
「多分別人ですよ。だって……もう姉は――」
「だいじょーぶ。お姉さんは無事だよ」
ギアは軽々しいほどの調子で断言した。
だが、その声はあまりにも自然で、冗談に聞こえなかった。
「え、それってどういう――」
「ほらほら!もう遅いから帰りなー!データ処理の邪魔!」
ぐいっと背中を押され、ユズリハは部屋の外へ追い出された。
扉が閉まると同時に、中から機械音が一斉に響く。
「……っ」
気付けば時計の針は深夜を回っている。
急いで荷物をまとめ、店を後にした。
外の空気は冷たく、昼の喧騒が嘘のように静かだ。
「ギアさん……もしかして、姉のこと……何か知ってる……?」
胸に残ったざわめきは、帰り道中消えなかった。