テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
皆さんは、人生で一度くらい、
「なんで自分は今、こんな場所でこんな事をしてるんだろう…?」
みたいな気持ちになったこと、ないすか。
ありますよね?
なんか一度くらい、そういうのありますよね?
ねー?
意味わかんねー、みたいな。
どういう状況だよこれ、みたいな。
で、まぁ、まさに今がそうなんすよ。
今俺は、とある高級ラウンジのVIPルームの立派な扉の前に立ってる。
しかも、よく分かんないけど、何やら相当やばい事になってるっぽい。
あのさ。
本当に。
つくづく思うよね。
なんで自分は今、こんな場所で、こんな事をしてるんだろう…?って。
まぁ、順を追って整理してみよう。
この扉をノックしたら、もう俺の人生そこで終わるっぽいし。
その前に気持ちの整理をするくらい許される。
はずだ。
話は、今から2時間前にさかのぼるんだけど……
『若井!……わーかーいー!』
タカシさんの怒鳴り声が耳元で響いている。
「はいっ!」
『10番のテーブル片付けといてって言っただろ!ほら次、もう来ちゃうから!お客様が!』
「はい!すぐやりますっ!」
俺、若井滉斗は。
とある事情により、最近この南麻布にある会員制高級ラウンジのボーイ…いわゆる「黒服」として働くことになった。
ちなみに昼は大学に通う、まだ20歳の学生である。
ようやくビールを少しとカシスオレンジくらいならなんとか飲めるようになった、くらい。
だから正直、夜の店なんて行ったこともないし、クラブとキャバクラとラウンジの違いもよく分かってない。
ただ、とにかくこの店は「会員制高級ラウンジ」なんだと教えられた。
誰かの紹介が無ければ店にも入れなくて、それ故に大企業の経営者とか、有名人とか。プライバシーをめっちゃ大事にしてる人たちが沢山来るらしい。
俺が客として来ることは永久に無いと思われる。
そんな店である。
先輩黒服のタカシさん(高野という名字らしいが、何故か皆からタカシと呼ばれてる)が俺の教育係。
勤務中はタカシさんの指示に従って動く。
そのため、俺だけ、イヤホンとマイクが一体化したような「インカム」と呼ばれるものを着けている。
タカシさんがそのインカムを通して、「何番テーブル片付けて」とか「○○様来店したからママに伝えて」など無線で色々教えてくれるのだ。
ド新人の俺は、まだお客様対応をする事は無く、基本的には片付け、キャストさんと呼ばれる働いている女の人たちの呼び出し、清掃、開店前のおしぼりの準備など。
ラウンジでは、キャストさんはお客様とお話をするだけで、飲み物を作ったりするのも黒服の仕事なので、慣れたらそういうのもやることになるらしいけど。
「あー、若井、ちょっと」
10番テーブルを片付けてキッチンに戻って来たら、タカシさんが手招きしてきた。
「はい」
「一階のゴミ置場に、これ持っていってくれるか?」
カラになったお酒や炭酸水のボトルが沢山入った入れ物を示して、タカシさんが言う。
「分かりました」
お店がある建物は、7階建てのビルになっていて、他のフロアにも同じような夜のお店がたくさん入っている。
俺が働いているのは3階のフロアだけど、共用のゴミ置場は一階なのでそこまで運ぶ必要があるのだ。
エレベーターはお客様用なので営業時間中はなるべく使っちゃいけない、らしい。……別にいーじゃねーか、と思うけど。仕方ない。
重いケースを持って、一階まで階段でうんしょと運び、裏口のドアを開ける。
ゴミ置場まで運んで、ふう、と一息つく。
店内がどんなに華やかで、美しくて。
床もソファもテーブルも、シャンデリアのような照明も、見たこともないほど豪華で、贅を尽くした内装だったとしても。
こうして一歩外に出てしまえば、どこにでもあるような、ただの雑居ビルなのが不思議な感じだ。
右隣も左隣にも、同じようなビルが建ってる。
そこにもきっと同じような店が入ってて、毎晩、豪華な店で豪華な酒を飲んでる男の人と女の人がいて、同じようなことが色んな場所で繰り広げられてて。
そのビルとビルのあいだの、薄暗い路地裏のゴミ置場に立って、星ひとつ見えない夜空を見上げてる自分は、どこか違う世界に迷いこんでしまったみたいだ。
シワひとつ無い白いシャツ。
黒いスーツに、黒の蝶ネクタイ。
まさか自分がこんな服装で、こんな仕事をする事になるなんて。
少し前まで想像もしていなかった。
これは、本当に現実なんだろうか。
目が覚めたら、全部夢だったらいい。
親父が病気で倒れたことも。
親父の会社が倒産しそうなことも。
住み慣れた家を失うかもしれない、とこぼした母親の涙も。
全部悪い夢だったら、どんなにいいか…………
『……若井!何やってんだ、早く戻れー!』
ガピーッというノイズ音と共に、インカムからタカシさんの声が響いてきた。
「あっ……すみません!すぐ戻ります!」
『早くしろ!ったく……』
そうだ。仕事中だ。
感傷に浸っている場合じゃない。
裏口から戻ろうとして、ふと目をやった先に、すーっと。
音もなく、滑り込むように。
一台の大きな黒い車が、ビルの前の車道に停車したのが見えた。
(……お客様かな?)
まぁ、このビルには他の店も沢山あるし、うちの客とも限らないか。
それにしても、すげー高そうな車……とつい足を止めて眺めていたら、運転手が降りてきて、後部座席の扉を開ける。
ゆったりとした動作で、一人の男が降りてくる。
(……やべえ)
年齢は、思ったより若そう。
身体も小柄で、華奢に見える。なのに。
物凄い圧。オーラ……とでも呼べばいいのか。
黒いシャツに、黒いスーツ。
黒いサングラスと、つややかな黒い髪と。
全身真っ黒なのに、何故か輪郭が鮮やかに浮き上がっていて、目が離せない。
まるで夜の街に君臨するかのような。
間違いない。
(……マフィアだ……っ!)
日本にマフィアなんているんだ…?なんて疑問もチラッと頭をかすめたりかすめなかったりしたものの、とにかくあれはマフィアだ。
映画で見たことあるから間違いない。
やベーひとだ。
絶対に関わらないようにしよう。
そーっと足音を立てないように裏口から戻ろうとした、なのに。
「……わーかーいー!!」
バンッと裏口のドアを開けて、タカシさんが物凄い形相で飛び出してきた。
「うわビックリしたあっ」
「ビックリしたあじゃねぇよ!いつまでサボってんだよ!さっさと戻れっつってんだろーが!」
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ」
タカシさんに腕を引っ張られて戻っていく、瞬間、恐る恐るマフィアさんの方に目をやると、
(……見てる……!)
すげー見てる……!
マフィアの人こっちすげー見てる……!
なんならサングラス越しに目が合った……!
わかい……?って呟いてた気がした……!
「タ……タカシさん!まずいっす!マフィアに目を付けられたっす!」
「あ?なにワケ分かんねーこと言ってんだバカ!」
階段を駆け上がりながら、タカシさんに一喝される。
「大体、日本にマフィアなんかいるかよ。居るとしたらなんかイタリアとか……その辺なんじゃねーの?」
「でも居ましたけど?俺のこと見てましたよ!名前も知られちゃったような……」
「どうでもいいから、とにかく仕事に戻れ!」
「は、はいっ」
店内に戻ると、何やらスタッフの間にピリッとした緊張感が漂っていた。
キャストさんたちも、メイクルームに戻ってメイク直しをしたりしている。
「……これから、大事なお客様が来店されるんだ」
バーテンダーがいるカウンター近くの壁際に立ち、階段を駆け上がってきたせいで乱れた髪を手で軽く整えながら、タカシさんが言う。
「今日はその方の誕生日なんだよ。あやかママと、うちのキャストで盛大におもてなしすることになってる。VIPルームにお通しするから、お前は関わらなくていい。つーか関わるな。マジで大事なお客様だから。分かったな?」
「はい……」
頷きながら、なんとなく嫌な……悪寒のようなものを感じていた。
なんて言うんだろう?
あるよね。
すごくマズイ、やばいことが起こりそうな予感って。
胸騒ぎみたいな。
「あの、そのお客様って………………まさか、マフィ」
「しっ!来たぞ」
「いらっしゃいませー」
微笑みながら、和服を着た「あやかママ」がそのお客様を出迎えに来た。
本来は黒服が案内するけど、大事なお客様の場合はママが直接迎えるらしい。
着飾ったキャストさんたちも、うきうきした様子でやって来てそのお客様を囲んでいる。
「今日も素敵ですー」など黄色い歓声が上がっているが、囲まれているせいで客の姿は見えない。
「どうぞ、こちらですー」
店内にはグランドピアノが置かれていて、その奥が「VIPルーム」になっている。
清掃の時に少し見ただけ、なんだけど、中は完全個室で、しかも意外に広くて、真ん中に置かれた大理石のテーブルを囲むように、コの字型に革張りのソファが置かれていた。
多分10人くらいは余裕で入れるだろう。
その部屋に案内されていくVIP客(を、取り囲む女の人たち)をぼんやり見ていたら、キャストさんの隙間からちらりと黒い服を着た客の姿が見えた。
(……っ!?)
ビクッと背筋に震えが走る。
あの黒い服……。
向こうも、その隙間からこちらが見えたのか。
ピタ、と足を止めた。
(……マフィアさんだ……!)
やっぱりそうだった。
うちの客だったんだ……。
そして、すげー見てる。グラサン越しでも分かる。
俺のこと、すげー見てる……!
「……?どうしました?」
足を止めて俺をガン見しているマフィアさんに、あやかママが不思議そうに尋ねた。
「あぁ、……うん。なんでも」
少し笑みを浮かべてそう答えたマフィアさんが、また歩き出す。
ぞろぞろと、キャストさんたちが着いていく。
「今、あのマフィアさん、お、俺のこと、見てましたよね……?」
「あ?そうか?てか、マフィアさんて何……?」
「俺、やっぱ目を付けられちゃいましたよね……俺が何をしたって言うのか……ていうか俺、人生終わりですかね……?」
「さっきから、何をずーっとブツブツ言ってんの?お前」
怪訝な顔をしたタカシさんが、
「まぁとにかく、今日は閉店までVIPルームをあのお客様が貸し切りだから。あと当たり前だけどあの人、別にマフィアじゃないからね?至極真っ当な……」
「……大丈夫かな。俺、生きて帰れるかな……」
「聞いてる?で、キャストもほとんどあのお客様につくから、他のお客様の予約も入れてないのよ。だからお前も少し落ち着いたら帰っていいぞ。明日も学校なんだろ?」
「はい……」
「大変だな。まあ、頑張れ。な」
「帰り道で待ち伏せされて消されたりしないかな……」
「コイツまだなんか言ってる……」
呆れたようなタカシさんが、他の黒服に呼び出されて仕事に戻っていく。
VIPルームからはフードやシャンパンの注文が次々に入り、盛大な宴が始まるようだ。
他のお客様も落ち着いてきたし、言われた通りそろそろ帰らせてもらうことにして、スタッフさん達に挨拶してから、男性従業員用のバックルームに向かう。
自分のロッカーを開けて、着替え始めようと蝶ネクタイに手を掛けた。
その時だった。
「若井!」
タカシさんが、青ざめた顔で飛び込んできた。
「うわビックリしたあっ」
「ビックリしたあじゃねぇよ!お前……何した!?」
「へっ?」
「あの!VIPのお客様に!何をしたのかって訊いてんだよ!」
「いや……え、ええっ?何もしてないですよ!たださっきゴミ捨てに行った時、目が合った?っていうか……」
「お客様が、お前を呼べって……『若井って黒服を呼べ』って言ってるって……」
「え……」
ざーっと。
音を立てて、全身の血の気が引いていくのを感じた。
「他のキャストもママも、席を外してくれって。若井と二人だけにしてくれって言ってるって……お、お前、本当に何やらかしたんだよ……」
「だから、俺は何も……っ」
「お前……イイ奴そうだったから……出来れば長く一緒に働きたかったのに……っ」
「えそんな感じ?俺今そんなやばい感じなんですか?なんで?やっぱ消されるの?何もしてないのに!」
「何もしてないなら、なんで呼び出されてんだ?」
「知らないですって、だからー!………………」
こうして。
色々あって、今俺は、とある高級ラウンジのVIPルームの立派な扉の前に立っている。
……という訳だ。
なんで自分は今、こんな場所で、こんな事をしてるんだろう。
本当になんだかよく分からないけど。
行くしかない、みたいだから。
はぁーっ……と深呼吸して、ノックする。
「……どうぞ?」
中から聞こえてきたのは、思いの外、優しい声だった。
かろやかで、きれいな声。
「失礼いたします……」
そーっと、重厚な扉を開けた。
その先に、何があるのか。
自分の運命に、どんな事が待ち受けているのか。
その時の俺は、……まだ何ひとつ、知らないまま。
ここまで読んでいただき
ありがとうございます
新しく
赤青のシリーズを始めました
wkiさん右、です
こちらのシリーズなのですが
今後お話の中に
「そういうシーン」が含まれる予定です
あまり過激だったり
露骨なものにはしないつもりですが
やはり「そういうシーン」がある場合は
「フォロワー様限定」
などの設定をする事が多いようなので
ゆくゆくは
自分もそうさせていただきたい
と思っております
作品数も多くなければ
大した作品を書く訳でもない
自分なんぞをフォローしていただくのは
大変申し訳ねぇ…という気持ちなのですが
多分そういう問題ではなく
『界隈の治安を守るため』
という意味合いのものだと思うので
そうされている方々に倣いたい
と考えた次第です
ご面倒をお掛け致します
当面は「gallery」と
こちらのシリーズの
完結を目指したいと思っています
よろしくお願いいたします
いつも読んで下さっている方
いいね的なものを押して下さっている方
すごく、すごくすごく
ありがとうございます
今後ともお付き合い下さいましたら幸いです
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!