テラーノベル
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─見慣れた神社の石造りの参道、道の傍に木の様に不揃いに立ち並ぶ建物、道に何基か聳える夕方の様に紅い鳥居…何時もの様に変わらぬ日常が目に飛び込んでくる。この変哲もない日常が変わって欲しいとは思わないが、少しスパイスが欲しい─。そう毎日のように考えていた。
「おーい秋ぃ?黙ってるけど大丈夫?」
夕暮れの静かな参道に、隣から聴き慣れた鈴を転がしたような声が響く。彼女の名は伊勢 椛、大体入学から下校の道を共にする、昔馴染みの友達だ。
「嗚呼…すまん、ボーッとしてた。」
「ホントにぃ?しんどかったら言いなよ。今なら、膝枕もついてくるかもよ?」
そう、椛が薄ら笑いを顔に浮かべながら軽口を叩いてくる。冗談及びちょっかいが少々…ていうか若干厄介だが、良い奴だ。多分な…。
「おいおい冗談キツイぞ。後、少し日常にスパイスが欲しいと考えてただけだ。」
「なんだよ釣れないなぁ…まあでも、スパイスが欲しいってのは分かるなぁ。ずっと同じ毎日だと飽きるよね。」
「それな。」
そう、椛と理想について語り続ける。だが、そんな理想は望まぬ形で、然して突然叶うことになる。
最初は視界が明滅することから始まった。周囲の小さな光が強く感じられたのだ。
「もしかして、秋も目がチカチカしてる …?」
少し目が眩んで足取りが崩れたのを見られたのだろうか。椛がそう質問してくる。
「もしかして、椛もか?」
「うん…何か急に光が強くなって変な感じ。耐えれないって訳じゃないけど…」
「まさか同時に目がチカチカするとはな。」
「幸と言うべきか不幸と言うべきか…って奴だねぇ。」
「否、360°何方何次元何宇宙から見ても不幸だろ。」
「言い過ぎじゃない?」
椛が少々しんどそうな声で喋ってくる。何故だかは分からないが、どうやら椛も目が点滅しているらしい。とんでもない不幸だ─。そう思った時だった。
「私今■の■■大■な■■けど■ぁ。」
椛の鈴を転がした様な声が、突如耳障りなノイズに聞こえ始める。然してその粗悪な雑音と共に、まるで鐘を叩いたような強烈な頭痛がやってくる。
思わずのことに頭の痛みを押し殺しながら椛を見ると、そこには何も無かったのだ。そう、何も。
あまりに突然のことに、視線が焦燥に泳ぐ。ノイズは最早言葉としての意味を失い、鼓膜を叩くだけの嘔啞嘲哳と化していた。前まで変哲も無かった風景は、壁紙が剝がれるように消えていった。本来の暖かかった空気は冷たく、 まるで氷の様な寒さであった。
空に手を上げれば空は切れ、声を出せば闇に消え入っていく。さっきまで我がものだった体でさえも、自分のものでなくなったかのように動かなくなってくる。関節が錆び付いた様に音を鳴らす。青天は音もなく、ただ無惨に崩落した。然して、確かにあったはずの意識は、穴に落ちるように喪神するのだった─。
─鉄板の様に硬く冷たく、滑る様に滑らかな岩床、前の氷の様に冷たく重い空気とはまた違う感触。そんな感触の御蔭か、喪神から目が醒める。以前まで昏絶していた所為か、瞼が鋼の様に重く、雲霞が懸かったかと思うほど思考が鈍い。にも関わらず、耳に床を叩くような音が聞こえて来る。身体の鈍さを押し殺し、一先ず体勢を取り直す。どうやら身体の感覚も段々戻ってきている様だ。
空を覆う岩が陽の光を遮るからか、涼しい風が膝下を吹き抜ける。鉛の様に重い体を起こし、頭の中に一握りの焦燥を抱えながら、周りを見回して情報を得る。岩床に影を落とす鬱蒼とした木々に、風により葉先を何度も翻す繁茂した草…。周りを見るに、此処はもしかすれば原生林なのかもしれない。
「うぅ…」
突然直ぐ傍の繁みから何時もの声が聞こえてくる。普段であれば何も思わないのだが、此の状況下では安心できる。ほっと胸を撫で下ろしながら声の聞こえる場所に一歩、復一歩と足を進める。然して繁みを覘くと矢張りというべきか、案の定椛が居た。膝程の高さの繁みを足で押し退け乍ら椛の傍に腰を下ろす。
「寒い…」
椛が口から言葉を洩らす。どうやら起き掛けの様だ。手を椛の肩に起き、身体を揺さぶる。
「んぅ…」
椛が声を発し乍ら、瞼を重そうにゆっくりと開ける。
「うぇ!?誰!?」
然して自分の存在に気付いてなかったのか、此方を見た途端飛び起き仰天していた。まあ仕様がないだろう。こんな状況に置かれているのだからな。
「あれ、もしかして秋!?ていうか此処何処!?私たち参道に居たよね!?」
どうやら自分の存在に気付いたらしい。まあ、椛の様子を見るに、一旦落ち着かせておいた方がいいだろう─。
─目が醒めてから数分後、椛が膝の汚れを掃った後、鬱蒼とした木々を見回しながら唖然としている。
「秋、此処は原生林かもしれないとか言ってたけど、何で私たちは此処に居るの?」
椛がそう質問を投げてくる。椛が目覚めてから数分、どうやら冷静になったようだ。まあそう言うのも仕方ないだろう。今此の景色に夕方の参道の面影は微塵も無いのだからな。
「俺に言われても分からん。」
「まあそうかぁ、そうだよねぇ。」
椛がそう言い乍ら白く濁った息を吐き出す。ポケットに入っていたスマホも、画面にノイズが走っており、どうやら使い物にならない様だ。そう思考を巡らせて居ると、突然椛から提案し始めた。
「ずっと此処に居ても意味無いしさ、此処等を探索した方がいいんじゃない?」
確かにそうだ。此の儘時間が経っても何もない。探索した方が有効活用というものだろう。
「例えばさ、此処の出口とか。」
椛が此の岩陰の外にある道を指差しながら話しかけてくる。もし、もし此の儘行動を起こさないとどうなるだろうか?考えるまでもなく、二人諸共餓死だ。そう分かりきったことを自問自答してみる。
「…そうだな、此処に居続けても意味は無いだろうし。」
根拠も何も無い言葉だ。だが口に出すことで自信を奮い立たせる。独りではないという事実が、唯一重い脚を動かす楔だった─。
─探索を開始してから3分経った時だろうか。此の時間の間に信じられぬ風景を見た。壊れた道具だらけの積まれた木箱やまだ見ぬ鉱石等だ。然して、其の風景の中に幾つか妙な物も勿論あった。不自然に折れた木、地面に散乱した木箱の欠片、何かが通った痕跡のある叢やら、色々だ。更にいえば、このずっと鳴っている音もだが。
「ねぇ秋…あれ見て。」
突然椛が話し掛けて来る。椛の声色には、若干の恐怖が滲んでいた。此れは唯事では無い、そう直感的に分かる程の声色であった。椛の指した指先には得体の知れぬ、其れこそ異形という言葉が相応しい者の姿があった。頭部には謎の核のようなものが浮いており、腹には紋様が刻まれている。異形が俺達の存在に気付いたのか、空気が復一段、冷たく、重苦しくなっていく。俺と椛があまりの事に身体が凍っていながらも、異形は冷たい岩床を這う様に、此方に向かって一歩を踏み出した─。
コメント
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うわ、これは一気に持ってかれた……! 最初の穏やかな日常会話から、視覚と聴覚のノイズ、風景の剥離、そして異形との遭遇まで、流れるような切り替えで本当に没入した。椛が「私今■の■■大■な■■けど■ぁ」って途切れるところ、あの不気味さがたまらなかった。しかも「異形」の描写も、核が浮いて腹に紋様って情報量で最低限の怖さを引き出してるのが好み。次どうなるのか、世界の仕組みが知りたくて仕方ないです。続きが待ち遠しい!