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「和葉は、小説書くの好きか?」
その言葉に、キュッと縮まる胸の奥。そんなの決まっている。
「好きです」
それを口にした途端。現実の世界で生活している時にいつも感じていたザラザラとした感情が、何か分かったような気がした。
私は小説が好きなんだ。書きたいんだ。それが出来ないから、いつもザラザラとした感情に苦しんでいたんだ。
そんな現状を変えようとしない、自分に。
「やったら、書いたらええやん? 好き以上の理由はないで?」
「大志さんは?」
「好きなんやな、それが。小説家になるなんて夢、諦められたらどんだけええか」
はははっと軽快に笑う姿からは、修羅場を乗り越えてきたなんて思わせないほどに強い。
「和葉がどこまでを思ってるんか、分からん。趣味やったら、時間が許す限りやればええと思う。でもな、もしこの先小説家を目指すなら、文学賞落ちまくってる俺から言わせて欲しいことがあるんや。聞いてくれんか?」
「はい、お願いします」
正直どこまでの想いなのかは分からないけど、ただ執筆の先輩として是非ともご教授願いたかった。
「小説家になることだけを追い求めるのは辞めときや。それだけを軸にしたらアカン。今なら親の反対も分かるんや、優しさもな。俺を勘当せず進学を認めるから農家として働けと言ったのは、小説を書かせる為や。それ一本やと、上手くいかんかった時に立ち回らんくなる。小説家は無理でも農家で食ってけるし、文学を学んでたから他の働き口がある。俺はそれが分かってるから進学に突き進んで、好きな話が書けるんや。だからな、その軸さえあれば俺は夢を追ってええと思うで」
その言葉に、気付けば私は俯いてしまい唇が震えてしまっていた。
何、甘えたことを考えていたのだろう。どうせ認めてもらえないなんて、親のせいにして諦めて。
大志さんはお父さんを何度も説得して大学で勉強して、睡眠時間削ってまで小説書いていた。公募に挑戦していた。夢が叶わなかった時のことも考えて、自分の人生に向き合っていた。
「……だから私はダメなんですね。何も出来ないから、親の言うことを聞いておけば良いって……」
そこまで本音を漏らしてしまい、慌てて口を噤む。
そんなこと言われても、大志さんが困るでしょうと自身に言い聞かせながら。
「ダメやと思うなら、今から行動起こしたらええやん。紙と万年筆あげるで、これから書き!」
「いえ……」
書きたい。書きたい。書きたい。
だけど、書けないよ。だって……。
東京の方角と思われる空を眺め、目を強く閉じる。
「……寒なってきたな、帰ろか?」
「はい」
大志さんはその後執筆のことに触れず、二人で広がる星空を眺めながら肩を並べて歩いた。
家に戻ると、大志さんは釜戸に火を付け始めた。
朝食の準備には早いと言おうするが、パチパチと燃える赤い炎に私は思わずその場を離れる。
息をハアハアと切らし、心臓がはち切れそうに脈を打ち、心にまとわりつく黒いモヤ。おそらくこれは、罪なき人達を見殺しにした罪悪感だろう。
「大丈夫か?」
そう声をかけてくれる大志さんの手には、二つの湯呑み。白湯だった。
「寒いやろ、飲もう」
わざわざ釜戸に火を付けてまで、温めてくれた。
「ありがとうございます」
ちゃぶ台に正座し、二人でそれを口にする。
当たり前だけど、味がない。だけどそれは冷え切った体を温めてくれ、震えていた体を落ち着かせてくれた。
「なんか、あったか?」
「……いえ、何も」
言えない。大志さんの大切な人達が亡くなったかもしれないなんて。
また一日が始まるから二時間だけでも寝ようと、部屋に戻って布団に潜る。
大志さんが一緒に居てくれて良かった。そうじゃないと私は良心の呵責でおかしくなりそうだった。
星空に願うのは一つ。一秒でも遅く、大志さんにその知らせがいくことだった。
しかし時は残酷で、次の日にその知らせが入ってきた。
「東京で大規模な空襲があったらしいよ!」
他村とよく交流がある照さんが、その一報を私達村民に教えてくれた。
畑を耕していた大志さんはその言葉で力が抜けたのか、鍬は地面に落ちた。
「……被害状況は?」
フラフラとした足取りで、照さんの元に寄っていく。
「焼き野原になったって……」
「そう……ですか」
また目の光を失った大志さんは、ただ呆然と東京方面の空を眺めた。
三月十日は東京大空襲が起きた日。空襲の被害として最悪の被害をもたらしたと、歴史で習っている。
たった一夜のことで十万人が亡くなったとされる史上最悪の被害を、私は知っていたのに何も言わなかった。
だって、言ったところで何とか出来るわけない。気味悪がられて、避けられる。
反戦論を唱えただけで幽閉されるこの時代に、そんなこと言えるわけないじゃない。
……だから、言えなかった。
ごめんなさい。大志さんの友人が亡くなると分かっていたのに、保身に走ってしまった。
これから沖縄で兵士や一般人が亡くなり、広島と長崎で原爆が落とされて巻き込まれた人々が亡くなり、日本は降伏し終戦となる。
私はそれを知っているけど、絶対に口にしてはならない。これだけの犠牲を払わないと間違っていたことに気付けなかった日本。私なんかに止められるわけないのだから。