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「………………」

瞼を開けると、薄汚れた天井が見えた。

どうやら夕刻のようで、手近の窓から差し込む落ち着いた西日が、室内をほのかな橙色(とういろ)に染めていた。

辺りの様子から、宿の一室である事はすぐに知れたが、記憶が曖昧で心許(こころもと)ない。

なにか、夢を見ていた気がする。 しかし、内容までは生憎(あいにく)と。

ただ、どことなく懐かしさに通ずる温かみが、胸奥に薄っすらと残っているのが把握できた。

「お……?」

何やら違和感に気づいて視線を落とすと、こちらの身に縋(すが)りつくような格好で、相棒がすぅすぅと寝息を立てていた。

苦笑のついでに頬を突っついてやるも、面倒くさそうに憤(むずか)るのみで、目を覚ます気配はない。

ひどくお疲れのようだ。

やはり、彼にとっては身体に相当する太刀を損じたせいで、活動に必要な霊力の循環に、何かしら不備が生じているのかも知れない。

──ん、待てよ? 刀……?

そこでハッとした。

一連の出来事が走馬灯のように駆け巡り、たちまち冷や汗が出た。

ともかく、取り分け鮮明な記憶を頼りに、己の身柄をまさぐるようにして確(たし)かめる。

不調はない。

肩の傷は、完全に塞がっている。

嫌な考えが浮かんだ。

自分はいったい、どのくらい眠ってた?

あの後、どうなった?

虎石っさんは──

「やっとお目覚めかよ?」

狙い澄ましたようなタイミングで、声が掛かった。

聞き覚えのある、気難しさを前面に押し出した声色だ。

眼を向けると、出入り口のドア枠に背中をあずけた彼が、お決まりの横柄な態度で、腕組みをして立っていた。

「虎石っさん! 虎石っさんは……っ、あれ? いるなぁ……?」

「寝ボケてんのかオメーは」

その足元には、どうにも見慣れぬ幼子(おさなご)を伴っている。

透明度の高い海を想起させる碧眼が印象的な、可愛らしい女の子だ。

これがドアの陰に身を潜ませて、不思議そうにこちらを見つめていた。

妙な冷気を感じるのは、寝起きのせいか。

「それで、どうなった? あの女(ひと)は」

そちらも気にはなったが、とにかく専(もっぱ)らの懸念をただちに訊ねた。

当事者がここに居るということは、最悪の結果は免(まぬが)れたと考えて良いのか。

「帰ったよ」

「帰った? 手ぶらで?」

「あぁ……」

手短に顛末(てんまつ)を報(しら)せる先方の様子に、細(ささ)やかな引っ掛かりを覚えた。

当人としては、顔色を変えず、平生を装い応じたつもりなのかも知れない。

けれど、土台そうした事柄に不慣れな所為(せい)か、かえって不審を抱(いだ)かせる振る舞いだった。

それを速やかに指摘しようと試みた矢先、声を聞きつけたブロンド娘が、弾丸のように飛び込んできた。

「Oh, what a relief!!」

「おぅ? なんて……?」

勢いのままに体当たりをくれた彼女は、次いでえんえんと大声を上げて泣き喚(わめ)いた。

感情を全身で表すさまは、相変わらず不羈奔放(ふきほんぽう)を絵に描いたようで、こちらの体力が充分に回復していないせいもあるだろうか、やけに安心感を及ぼすものだった。

ただ、手指に染みついた硝煙の臭いが、本日は一段と際立っている気がするのは錯覚か。

「虎石っさん、今日って……」

「夕方だよ。 変わってねぇ」

明答を得て、合点(がてん)がいった。

べつに何日も眠っていたわけじゃ無いらしい。

それにしては、傷の治りが早すぎる気もするが。

いや止(よ)そう。

順序立てて考えるには、雑感が万斛(ばんこく)に湧いて、まったく取り留めがない。

「大丈夫? ケガは無かった?」

「んー……、イエス!」

「そっか……」

ともかくと、胸に顔を埋(うず)めてメソメソするリースの髪を、そっと手櫛で梳(す)いてやったところ、快活な反応があった。

混じり気のない、澄んだ笑顔だ。

これにひとまず親愛の情を宛がった後、目線を正し、話の続きを促すことにする。

「それで、あの女(ひと)の事だけど」

「……あぁ見えて忙しいんだよ、あの人も」

例のごとく、奥歯に物の挟まったような答えが返ってきた。

一度ならず二度までもとなると、さすがに気味が悪い。

もしかして、迂闊(うかつ)に踏み込むべきではない話題だったか。

そんな時、またしても予期せぬ闖入者が現れた。

「あっ、霙(みぞれ)ったら、また勝手に。 あら? お目覚めですか?」

「おぁ? なんで……」

あれは、昨日のことか。

件(くだん)の大会で一悶着あった彼(か)の女性が、ひょっこりと顔を覗かせたものだから、こちらの混乱もいよいよとなった。


「………………」

一心に説明を求める眼差(まなざ)しをそれとなく往なしつつ、虎石は渋い顔で息をついた。

──あの人には、端(はな)からそんな気は無かったんだ。

喉まで出かかった言葉を飲み下し、小さな窓を染め上げる夕日に眼を向ける。

どことなく懐旧の念を及ぼす茜色は、うっかり見ると血潮のようで、もしくは刃金をねじ曲げる火焔のようで。

御遣(じぶん)たちの在りかたを、ぼんやりと思わずには居られないものだった。

『お前さんクビな?』

こうなっちまった以上、もうボスでもなけりゃ部下でも無ぇ。

元々、幹部連に職責以上の義理立てをする必要はなかったし、個々人に特別な思い入れがある訳でもない。

ただ、あの人の部下として、自分にできる最後の仕事は何かと考えた時、あの人の矜持を守ることが、まさにそれに当たるんじゃないだろうかと、そんな風に思う。

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