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小さな路地裏にある古びたカフェ。
木のカウンターの端には、一鉢の多肉植物が置かれていた。
厚みのある葉が幾重にも重なり、どこか無骨でありながらも愛らしい姿だ。
常連のミカは、毎日のように仕事帰りにこの店に立ち寄る。
疲れた顔を隠せずにコーヒーを注文し、決まってその多肉植物を見つめていた。
「今日もお疲れ様」と、心の中でつぶやく。
多肉植物はもちろん答えない。
ただ、そこにあるだけで、ミカにとっては励ましの象徴だった。
ある日、ミカは職場で大きなミスをしてしまった。
誰にも話せず、ひとりカフェのカウンターに座った。
ため息をつきながら多肉に話しかける。
「もう、どうしてこんなにうまくいかないんだろう」
その瞬間、多肉の葉のひとつが、かすかにカウンターに落ちたような気がした。
もちろん、誰もそんな音に気づかなかっただろう。
でもミカはそれを、まるで励ましのサインのように感じた。
翌日もまたカフェに来た。
多肉は変わらずそこにあった。
しかし、ミカの心は少し軽くなっていた。
「ありがとう」とつぶやくと、
多肉の葉がわずかに揺れているように見えた。
カフェの扉の外には、騒がしい都会の喧騒が広がっている。
けれどこの小さな緑の塊は、どんな日でも静かにそこにあって、
疲れた心を包み込んでくれる。
ミカはいつか、自分も誰かの「多肉」になりたいと思った。
誰かのそばで、無言の励ましになれたらいい、と。
今日もまたカフェの灯りがゆらゆらと揺れている。
多肉植物は、そっと静かに呼吸をしていた。