あれから虫を探してみるが、全く見当たらない。凛凛の一言から、全く会話が進まなくなり、ずっと無言だし、どうにも手詰まりだ。
「……どうするべきか」
優斗が軽く呟くと、凛凛が視線を優斗に向ける。
「……全く見つからないわね」
そもそも、この季節に虫はいるのだろうか。
現在は秋。秋の虫など、全く思い浮かばない。
そんな感じで、二人で公園を彷徨っている時のこと。
「ぁっ──!? 」
凛凛の小さな悲鳴が聞こえ、前屈みに倒れ始める。どうやら、足元にある木の根っこに足が引っ掛かってしまったようだ。
「──……危ない! 」
優斗はすぐさま振り返り、凛凛の肩を掴んで、倒れるギリギリで死守する。
その様子は一瞬で、あまり運動をしていなかったせいか、少し息切れをしてしまった。
「……だ、大丈夫……? 」
ここはよく来る公園で、優斗も一度、ここらで躓いたことがある。だからか、すぐに対応ができたみたいだ。
「う、うん……」
凛凛を見てみれば、驚いた様子をして、頬と耳が少し赤く染まっている。とにかく、怪我がなかったようで安心だ。
それから、優斗は何もなかったかのように視線を戻し、何か虫がいないかと落ち葉の下を歩いて行く。
「…………」
凛凛は、優斗のそんな様子を見つめて、あることを思った。
(…………今、なぜか凄いドキドキした──)
まだ、出会って一週間。少し、興味があるから話したりしていたけど、こんな気持ちになるのは初めてだ。
それに、友達になりたいだなんて、ベタなことを言ってしまったし、悪く思われていないか不安。
とにかく、助けてもらったのだし、お礼を言わなければ。そう思って、声に出そうとするが、鼓動が高まり、声に出そうとした言葉が喉で止まる。
(あれ? なんで……)
顔が熱いし、耳も熱い。「ありがとう」と伝えるだけで、こんな思いをしたことがあっただろうか。
優斗の背中が、少し勇ましく思えてくる。つい先週までは風に吹かれればすぐに飛ばされそうな背中だったのに。
そんなこんなで色々なことを悩んでいると、優斗が凛凛に言葉を掛けた。
「あ、虫いたよ──」
優斗は虫を見つけ、虫に向かって指を差す。
そこにいたのは、秋の蝶──秋蝶だった。
このまま見つからなければ、どうなるのかと思っていたが、ひとまずこれで安心だ。
そう思い、優斗はこっそりと蝶に近付き、上からカゴを被せる。
「よし、捕まえた……! 」
それから、逃げないように上に向け、すぐさまカゴの扉を閉めた。これで、標本は問題なく作れるだろう。
そんなことよりも、また凛凛が沈黙だ。今度は、どうしたのだろうか。
そう思い、凛凛に視線を向ければ、凛凛の顔が真っ赤になっていた。
「凛凛……? どうした? 体調でも悪いのか──? 」
今日は気温も高いし、熱中症の可能性がある。
そう思い、凛凛に問いかけると、凛凛がゆっくりと口を開いた。
「──りがとう……」
「…………え? 」
微かに聞こえた凛凛の声。何と言っているか分からず、優斗は声を上げる。すると、凛凛は顔を隠すように両手で顔を抑えた。そして──
「助けてくれて、ありがとう……──」
優斗にお礼を伝え、両手の盾を少し緩める。その隙間から見えた凛凛の照れ顔は、とても可愛く、
優斗は思わず、耳を赤く染めた。
「ど、どういたしまして……──」
その時、一瞬優斗の心が揺らいだ気がして、吹いた弱い秋風が二人の髪を靡かせる。
そのまま、二人は無言のまま、学校に戻った。
「……よし、あと一ステージ……! 」
教室に入り、チャイムが鳴る。すると、そこにはスマホを触り、何やらゲームをしているような言葉を呟く生物教師がいた。ちなみに、他の生徒はまだ戻ってきていない。
「…………せ、先生? 」
「な、なんだ? 」
優斗が問いかけると、生物教師はスマホを必死に隠し、平然とした顔で問い返す。しかし、冷や汗が見えているため、バレバレだ。
「今、ゲームしてましたよね……? 」
「べべべ別にそんなことしてないぞ? ぼ、僕は皆のために時間を確認しようと……」
「時間を確認するのに、後、一ステージとか言います? 普通」
完全に証拠は揃っている。確信犯だ。
「………………ああ、そうだよ。ゲームしてたよ、悪いか? 」
「──悪いわ」
ついには開き直っている。この教師、もしやゲームをしたいがために、今日の授業を標本作り用の虫採取にしたのだろうか。
それから、優斗は呆れたように席に座り、採取した蝶が入った虫カゴを机の上に置く。凛凛を見てみれば、無言で席に付き、外を眺めていた。
────気まずい。
生物の授業が終わるのは、後一時間後だし、まだ優斗と凛凛以外戻ってきていない。
一体、この退屈で気まずい時間をどう過ごせと言うのか。優斗は、ちょくちょく凛凛の方を見ながら、頭を必死に回転させる。
「そ、そういえば……」
優斗が口を開くと、凛凛が一瞬体をビクつかせて、こちらを見つめる。
「……ど、どうしたの? 」
凛凛の顔を見てみれば、まだ照れているようで、頬の火照りは取れていない。
「……友達になりたいとか、言ってたよな──」
確か、凛凛がそう言っていたのを思い出し、優斗は確認する。すると、何故か凛凛の顔の火照りは更に濃くなっていた。
「…………い、言ったわよ? 」
凛凛の返答。その記憶は正しかったようで、優斗が一呼吸置いて、口を開く。
「な、なら、友達になろ……」
「──たっだいまでーす! 」
すると、タイミングが被ったらしく、呑気なクラスの男子の声が聞こえてくる。優斗は、思わず顔を廊下の方へ向けた。
「……やっぱ、なんでもない……」
──このまま、言葉を続けることもできたが、クラスの男子達の目もあるし、若葉が何を企んでいるのか、まだ分からない。
もしかしたら、「お前と凛凛ちゃんじゃ、釣り合う訳がない」と言われるかもしれない。
そう思い、少し楽しく感じていた優斗の心が再び闇に染まり、その場で顔を俯かせた。
──俺はつい、浮かれていたのかもしれない。
もしかしたら、凛凛となら、きっと上手くいく。
いつの間にか、そんな錯覚を今日、していたのかもしれない。
そう思う度、優斗の瞳の光は段々と、黒く染まっていった。
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