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また窓際のデスクに戻り外を見下ろす。
兄のことを思った。
母が死んでから、まだ会っていない。家にいなければここにくるかと思って来てみたが、彼がいた形跡はない。
一般的に、ポブレが死んでも葬式も火葬もない。
ポブレの遺体からは、亡菌と呼ばれる特殊で有毒な菌を排出されると言われ、死亡確認した瞬間から、病院で菌が漏れないよう厳重に梱包され、ポブレ専用の共同墓地に埋葬される。
死後は知人や家族との面会も許されていないため、俺もすることがなくただぼーっとしていた。
兄はどこにいるのだろう。
俺が思春期に入ってから、べったり一緒につるんでばかりじゃなくなったが、こんなときくらい一緒にいてもいいのに。
片手をだし、指折り数えてみる。
「あれ?俺、兄貴に最後に会ったのっていつだ?」
ふと思いついてアイザックに歩み寄る。
「起動」
起動音がなる。
「お前が最後に兄貴を見たのはいつだ?」
『私ハ A.I.ナンバー376011』
ここからかよ。イライラする。
「いいから!こっちの質問に答えろ」
『型式 lMGIKSK デス』
「この長たらしい自己紹介は何とかなんねーのか?」
独り言で呟いたつもりが、
『質問を受ケ付ケマシタ 回答シマス』
ウィーン、キーンとまたけたたましい音を立てている。
「はあ」
『起動時ノ型式確認ハ 設定デオフニスルコトガデキマス。ソノ際ハ ガソリンタンク後方ニアルノズルカバーヲ開キ………………』
よくわからないままボディーをまさぐっていると、なにかスイッチのようなものに指が触れてしまった。
『エモーショナルモードニ切リ替エマス この機能ニハ 留意点ガゴザイマス』
「エモーショナルモード?なんだそれ?」
『取扱説明書ヲゴランイタダキ、同意サレテカラゴ利用クダサイ ソレデハ切リ替エマス』
突然黄色だったヘッドライトの色が、水色に変わる。
「え。な、なんなんだよ!終了!!終了だ!!」
焦って叫ぶと、
『終了信号 確認シマシタ』
またライトは黄色に戻った後、シューっと空気が抜けるような音がしてアイザックは静かになった。
「焦ったー!暴走でもするかと思った」
後退りしながら、またデスクに戻る。
寝っ転がるとたちまち睡魔が襲ってきた。
横を向き、折った腕に頭を乗せると、意識はものの数秒で、暗くなり始めた隠れ家の闇に溶けていった。
◇◇◇◇
赤塚と話すときはなぜかいつも雨が降っていた。
「なあ、あんたって雨女?」
言うと彼女は不思議そうな顔をして答えた。
「私の中では、如月君が雨男なんだけど」
最後に呼び出された日も雨だった。
ある種の予感はあったものの、彼女の気持ちを率直な言葉で聞いて、嬉しくなかったと言えば嘘になる。
だけど、俺は笑い飛ばした。
「それでその先になんかあるの?」
「え?なんかって?」
「付き合って、セックスして、卒業したら結婚でもするの?」
「え……」
「そこまで考えてなかった?じゃあ、年頃になるまでの経験値稼ぎ?本命が現れたとき、処女じゃカッコつかないもんな」
自分の傘を投げ捨て、柚葉の傘をその小さな手ごとぐっと掴む。
「如月く・・・」
「そういうつもりならお応えしても構わないけど?」
サイドから手を差し込み、白い太ももを撫でると、臙脂色のスカートの中に手を差し入れる。
「や!何するの?」
もう一つの手で侵入する手を阻まれると、真っ白いシャツの校章がプリントされている金色のボタンに手をかける。
「俺なんか引っかけてる暇があったら、ナシオンの一人でも誘惑しろって。この巨乳を武器にすれば、情妻になるのなんて余裕だろ」
パンと大きな音が傘の曲線を反響した。
左頬に熱い痛みを感じ、ふらつく。
急に激しさを増した雨に、傘から出た半身が濡れる。
「こんな人だとは思わなかった」
つい数分前、俺のことを好きだと発した口が、低い声を出している。
形の良い唇以上に視線をあげることができずにいると、彼女は踵を返し、遠ざかっていった。
景色が暗転する。
雨の音だけが耳の奥に残っている。
……だってそうだろ。俺なんかと……。ポブレなんかと家庭を築いた日には、不幸しか待ってないって。
俺だっていつ死ぬかわからないのに。