テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ここにも誰もいない。
ギルドホールに響くのは、自分の足音だけ。かつては笑い声とシステム通知のポップアップでごった返していた場所も、今や博物館の展示室のように静まりかえっている。
21時からのボス戦イベント…
イベントを消化しているのはもう私だけだ。
ログウィンドウの最上段には、誰にも見られることのない「○○がイベントを開始しました」という、無機質な自分のメッセージが寂しく浮かんでいる。ボスである古竜グラオゼンは、以前ならアライアンスを組んだ四十人の英雄たちが、怒号とスキルのエフェクトの嵐の中でやっと打ち倒す強敵だった。
今は、私の分身であるレベル99のタンクと、忠実なペットの一角獣メーガスが、淡々としたルーティンワークとして討伐している。
グラオゼンは、まるで退屈な演目をこなす役者のように、パターン化された咆哮を上げる。
その声さえ、虚しく空気に吸い込まれていくようだ。
ドロップアイテムは、もちろん誰にも譲ることなく、自動的にインベントリに収まる。
みんな、他のMMOに移籍してここにはもう誰もいない。
フレンドリストには、一年以上ログインしていないことを示す灰色の名前が何十と並んでいる。
最後にログインした日を覚えているのは、もう私だけだろう。彼らはもう、新しい世界で新しい仲間と、この世界のことを忘れ、賑やかに冒険している。
それでも、私はこのゲームの世界観が好きだ。
黄昏時のノルド山脈の雪原に立ち、ログアウトすることなく、ただ立ち尽くす。
雪が降り、風が吹き、世界のBGMだけが静かに流れている。この精巧に作られた光と影、この壮大で、誰にも邪魔されない「私だけの世界」。
サービス終了の告知を胸に、私は今日もお気に入りの景色を焼き付けるように、シャッターを押すように、じっと見つめている。
私がいなくなれば、この世界は本当に無かったことになってしまうのだ。
コメント
1件
読み終わった……これ、めちゃくちゃ刺さるやつだわ。 たった一人でMMOの終わりを静かに見届ける主人公の心境、すごく伝わってきた。かつて40人で挑んだボスを一人でルーティンみたいに倒すシーンとか、フレンドリストに並ぶ灰色の名前が切なすぎる。 「私がいなくなれば、この世界は本当に無かったことになってしまう」——この一文で全部持ってかれた。世界を愛してるからこその孤独で、美しくて寂しい。黄昏の雪原に立つ情景が目に浮かんだよ。さこ吉さんの描く終末感、ほんと繊細で好きだ🔥