テラーノベル
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長く寒い冬が過ぎた。
外の気温はゆっくりと優しく暖かくなっていき、春の日差しが差し込み、地面を覆っていた雪を溶かし、1歩ずつ春へと近づいていく。
まだ寒いときもあるが、それも次第に暖かくなり、肌寒さもなくなっていく。
そして、ゆっくりと桜の木になっていた蕾がゆっくりと花を咲かせ、満開の桜が景色を彩っていく。
そして、この今、私のいる北海道にもその春が訪れてきている。
外はまだ肌寒いが冬の時よりも一段と暖かく、人々も一段と多く街を行き交い、店も活気を持っていた。
そんな中、私はゆっくりと駅へと向かい、列車へと乗り、目的地に向かっていく。
列車が動き始めると、外の景色がゆっくりと動いていく。
雪の溶けた緑が見える山が見え、雪が積もって見えなかった草花も見え始め、より一層春を感じる。
北海道から出れば景色は一気に春となる。
街の景色も明るく、窓を開けて景色を見ていると時折、桜の花弁が空を舞う。
雲一つのない、晴れた青空に散る桜の花びらはとても美しく、まるで一枚の絵のようにも見えた。
あぁ、美しい。
心の中でそうつぶやきながら列車の窓から空を見上げる。
今、この列車に乗って、楽しげに会話し、時には外の暖かさと列車の揺れで眠る人もいる中、どれだけの者がこの春が来るまでの冬に、一つの物を奪い合う戦いが起きたのかを知っているのだろうか。
一つの、たったそれだけのために、何百と若い兵士が死んでいったのかを、知っているのだろうか。
そのたった一つというものは、アイヌの埋蔵金だった。
網走監獄にいた一人の囚人がそのアイヌの埋蔵金の在り処を知っていて、その囚人が、同じく網走監獄にいた24人の囚人たちにその在り処を示す刺青を彫った。
それが事の発端だった。
その囚人たちを捕まえるために、いくつもの者たちが動いた。
それぞれが自身の目的を果たす為、仲間を見つけ、あるいは敵を仲間にしたりと、それぞれが動いて今の現実がある。
結果は悲惨なものと言えるものだった。
多くの犠牲を持ったその争奪戦は、幕を閉じた。
それでも、それぞれの傷は癒えない。
かと言って、私自身の傷も癒えない。
私も、刺青囚人の一人だった。
私の背中には今もなお、その刺青は色褪せることもなく残っている。
その争奪戦に巻き込まれ、仲間と出会い、そして幼い頃に自分を救ってもらい、また会おうと約束したかつての人と出会い、様々なことがあった。
…それと同時に、多くのものを失った。
数えることも、言葉にすることも痛々しいほどに。
思い出すだけで、心が痛む。
目を逸らしたいほどの数々の出来事に。
でも、時は残酷にも進んでいく。
その時に残された人々を気にせず、進んでいく。
血に染まった雪すらも溶けて、地面に吸収され、美しい草花を生やす。
私は忘れない。
あのときに起こったことも、あのときに感じた痛みも、怒りも、悲しみも、喜びも、全てを。
私の背中にある刺青と共に背負って生きていく。
列車が駅に到着し、ドアが開く音が聞こえる。
重い腰をそっと上げて、ゆっくりと歩き出す。
歩いているときには、少しばかり歩きにくかった。
その争奪戦で負った傷のせいだ。
不格好とも言えるほどに運悪く、右腕と左足が義足と義手だからだ。
歩くたびにカクカクとまるで機械のように不慣れな歩き方になってしまう。
それでも私は気にせずに、歩いていき、船乗り場に来る。
そこで船に乗り、更に南の方へと向かう。
そこにあるのは私の出身地の鹿児島だ。
海の匂いと潮風が頬を撫で、ゆっくりと懐かしさを感じさせる。
鹿児島の頃なら、この空気も普通だったのにな。
ゆっくりと波立つ海を見ながら船に揺られ、鹿児島へと到着する。
相変わらず、日差しが強く、土の地面と緑が眩しく、主に木でできた昔ながらの家屋が更に懐かしさを増していく。
幼い頃、ここをよく走ったなとか、ここの学校に通ってたんだっけとか、歩いて街を見ていくたびにその懐かしさに浸っていく。
少しばかり、昔の真似をして走ってみる。
カシャカシャと義足が音を鳴らすが、その時だけ、一瞬ばかり、昔の光景が見えた気がした。
「…馬鹿らしいな。」
もう、戻ってくることもないのに。
そう思いながら、また、目的地へと向かうために歩き出し始める。
よく知った道を歩き、複雑な道中なら、幼馴染とよく通った抜け道を通って近道をする。
そうして歩くと、ついたのは海がよく見える崖のような、でも、家一軒分広いところだった。
ここは、元々は私の家があったところだ。
でも、私の家があったところにはまだ焦げた跡が微かに残っていた。
私が刺青囚人となった理由、それは、親殺しだった。
昔の自分ならば正当防衛だとか、強気で言っていたんだろうが、今ではあまり強くは言えない。
…確かに、原因は親だ。
軍人のお偉いさんに気に入られ、もっと自分が気に入られたかったのか、私の長い髪を無理やり切って、男のように短くし、無理難題な訓練を朝から押し付けてきたのだから。
それを、何日も、何年も続けさせられて、我慢の限界が来たときには私はすでに20歳のいい大人だった。
20歳を迎えたその夜に、親を殺し、何も罪のない妹までを殺し、家を燃やしたんだ。
その時、私の家が燃えたことに気づいて駆けつけてきた幼馴染の二人のあのときの顔は忘れられない。
別の他人を見るような恐れたようなあの瞳。
仕方がないといえば、そうなる。
人を殺した直後の人間の表情ほど恐ろしいものなんてないだろうし。
そう思想に更けていると、ふと、目の前に桜の花弁が落ちてくる。
「あぁ、そうか、父親が埋めたんだっけな。」
私が生まれた祝いとして、家の庭に。
この桜だけは時を重ねて、春になれば咲いているのか。
「…そんなに、大きくなったのか。」
そう思いながらゆっくりと見上げると、幼い頃に見たときよりも背を伸ばし、大きく広がり、桜の花弁を散らす桜の木があった。
幼馴染と刻んだ身長の証ももう薄まっていた。
それが、余計に自分の時がどれだけ進んでしまったのかを物語っていた。
「…あぁ、…早いな。」
そう呟きながら桜の木の下へと歩く。
ここで、昔は両親といっしょに花見をしたり、幼馴染と話したりしたんだっけ。
思い出すたびに何もかもが思い出していく。
もういらないと記憶の奥底に閉じ込めていた懐かしいあの頃の幸せな記憶たちが。
そうしてしばらく見上げていると、ふと、足音が聞こえ、ゆっくりと振り向く。
「…あんたは…、」
そこには同じく争奪戦で戦った敵である軍人の男が立っていた。
「なんで…ここに来たんだよ、…お前は北海道で亡くなった中尉の跡を引き受けて、部下を引き連れていたはずだろ、」
不貞腐れたように、私はそう言った。
しかし、男は何も答えない。
「…おいおい、無視かよ。全く、久々に会ったってのに、」
私はさらにそう言った。
しかし、またもや返事が帰ってくることはない。
…そりゃそうだよな。
その男は…、…私の幼き頃の初恋相手だった。
それも、私の一方的な片思いだけどな。
それでも、父親からの無理難題な訓練の際も、刺青囚人となったあとでも、敵対となったあとでも貴方のことが好きだった。
でも、もう一度貴方と近づけたときに貴方にその思いを伝えて「さようなら」と一方的に言ってしまった。
あなたのその時の顔は、今も忘れない。
ショックも、驚きも違う、ただ、ただ理解できていないままの表情。
あの時を思い出せばどれほど身勝手だったかと自分自身でも笑えてくる。
そんな時、急にその男が喋り始めた。
「…遅れてすまんな。…もっと、早くにここに来る予定だったのだが、軍での揉め事が多くてこの季節になってしまった。」
「ははっ、言い訳はいいって言ってんだろ。」
私は、いつものようにそう言った。
「桜が綺麗だな、…私も、良く、お前の家から見えるこの桜を見ていたんだ。ここだけはどこの桜よりも綺麗に咲いて見えていたからな。」
「そんなことあるわけ無いだろ?桜はどれも同じだっての。」
春風が優しく吹く中、その、会話らしきものは続いていく。
「…私はお前が、あの時に、咄嗟に思いを伝えてきたことにびっくりした。」
「まぁな、本当に敵対として別れる前だったからな。」
「しかし同時に、悔しくなってしまった。」
「あれだろ、中尉に私を口説き落とすか絆して、自分たちの側につけろとでも命令されてたから、最初からそれをする必要もなかったってのにってやつだろ?」
「私は、悔しかった。自分の愚かさに気づけなかった自分自身に。」
「…今更なんだよ?」
「私は、…お前の、心を傷つけてしまった。…女を泣かす男など、最低だ。」
そう言いながら、その男はゆっくりと私の足元に綺麗な青色の花束を置く。
そして、その男はゆっくりと涙を流し始めた。
『……馬鹿だな。』
私は震える声をごまかしながらそう言った。
「私は、取り返しのつかないことまでをしてしまった。お前を…あの人の命令で手に入れようとした。お前の思いにも気づかずに、…謝りも、できずに。」
『…うっせぇ…よ、…もう…いいんだよ…、気にすんな…よ…』
その男の言葉を、貴方の優しい言葉を聞くたびに押さえ込んでいた涙がゆっくりと溢れ出始める。
「許してくれとは言わない、恨んでもらっていい。…ただ、これだけは言わせてもらいたい。」
『…早く…言えよ。』
「…私は、お前の気持ちを、受け入れるつもりだった。」
『………』
あぁ、あぁ…なんで…なんでそんな言葉を…。
『なんで…今に…言うんだよ…、馬鹿野郎…。』
思わず涙がこぼれ落ちていく。
何年も、流していなかった涙が溢れていく。
貴方の言葉に、その一言だけで。
捨てたはずの、切り捨てたはずの恋心が今更になって、自分の中にまた芽生えてしまった。
もう、遅いのに。
『馬鹿…バーカ…ッ…、許して…やんねぇからな…、ずっと、ずっと…恨んでやるからな…、』
「…今だから、言わせてもらいたい。…好きだ。お前のことが、あの時に、嘘でもいい、確かに私に微笑んでくれたあのとき、あの微笑みが、私にはまるで夏に鹿児島に良く咲く向日葵のようだと思えた。」
『─!』
「お前が、あの時だけでも、私のそばにいてくれなければ、きっと、選択を間違えていた。そうすれば、最悪な運命へとたどり着いていたかもしれない。」
ずるい…ずるいよ。…あなたは本当に。
『ずるいだろう…がッ…、そこで…そんなこと…言うな…よッ…』
溢れていく涙を抑えようにも抑えられず、視界が涙でぼやけていく。
あぁ、こんなにも辛いのなら、こんなにも苦しいのなら、こんなにも後悔をしてしまうのなら、
早くに、消えていれば。
「…お前は、どうだ?…聞かせて…くれるか?」
貴方はそう問いかける。
貴方の目にきっと、私は映ってはいない。
映ってるのは、貴方がわざわざ海で見つけた私の服の破片を埋め、自分で費用を出して作った桜の木の下にある私の墓だ。
でも、私は、それでも答える。
とても切なくて、苦しくて、どうしようもなく悲しいけれど、でも、貴方の為に。
私の人生の中で、最初で最後に好きになった貴方の為に。
『…好きだよ。ずっと、ずっと、好きだった。』
涙を流しながら、あの時のように優しく微笑んだ。
その瞬間、穏やかだった春風が強く吹き、桜の花弁が私とあなたを包み込む。
「…!!おま…え…ッ…」
あぁ、もう、この声も、聞こえないんだね。
この姿も、貴方には見えないんだね。
この表情も、貴方に見せれないんだね。
そして、私の涙も、地面に落ちることはないんだね。
でも、それでいいんだ。
もう、十分だ。
貴方の心を奪えた。
初めて、女性などに興味を持っていなかった貴方からの好きという告白をもらえた。
あぁ…でも、でも…もう少しだけ…。
『…あなたの隣で…笑っていたかったなぁ…』
叶わないことだけれど、今になってそう思ってしまう。
だけど、私にはもう、時間はない。
だから、だから最後に貴方に贈り物を。
「…!」
貴方のその温かい褐色の肌に触れられないこの手で、貴方の頬を包み、そっと、唇に口づけを。
『ははっ…バーカ、ぼーっとしてるから…初めてを…奪っちゃったじゃんか…』
精一杯の笑顔でそう言ってやった。
貴方はゆっくりと、…微笑んでくれた。
あぁ…薄れていく。
穏やかな春風と共に、ゆっくりと、消えていく感覚がしていく。
最後に、あなたに会えてよかった。
「ありがとう、…私と、出会ってくれて。そして、最後の最後まで、私を、待っていてくれて。」
伝わらないその言葉をお前に伝える。
もっと話したかった、もっと会いたかった。
触れていたかった。
その声を聞いていたかった。
その温かい微笑みを見たかった。
いくつも飲み込んだ言葉。
もっと早く言えていれば、
もっと強く手を取れていれば――
そんな「もしも」を噛み殺しながら、私は空を仰ぐ。
もう遅いとわかりきってはいるけれど、それでも伝えたかった。
風が吹き終わると、そこにはもう、お前の姿はない。
だけれども、お前の暖かさと、透き通った匂いはまだ、微かに残って、私を包み込む。
その香りを消さぬよう、持っていた線香を収め、そっと、お前の名を刻んだ墓を抱きしめた。
どうか、この桜が散りきるその時まで、
お前の温もりが消えませんようにと願いながら。
私は、ただ一人で見届ける。
君の春葬を。
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ご閲覧いただきありがとうございます✨ 今回はゴールデンカムイから鯉登少尉と私のオリキャラ弓ちゃんの二人のお話で書かせていただきました✨ 最終回、ゴールデンカムイのストーリー上では暴走していく列車の中での最終決戦、弓は帰らぬ者とはなってしまいましたが、それでも、鯉登少尉は弓の思いを受け止め、そして、ようやく認められた。 そんな、切ない二人のお話です。