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米秀学園、旧校舎にて。
長い長い廊下には、涼しい風が吹いていて、その風には鼻につく嫌なにおいが混ざっていた。
歩を進めると、窓の外には、鴉が3匹。2度3度声を上げると、鴉たちは、飛び去って行った。
3匹の家の一匹は、速度が遅く、他の2匹に追い付いていないようだった。
「……飛ぶの、へたくそだな」
誰も居ない静まり返った廊下で、雪は小さく呟いた。誰にも聞こえないように。息を潜めるように。
「こんなこと言ったら、海(うみ)に怒られるな」
雪は口だけを動かしてそう言っていた。
4年前。
町の雰囲気がいつもより暗く、空が曇っていた時のことだ。
異様なまでに、空が白かった。冬の日だった。雪は髪を下ろして、黒いジャンパーを着ていた。
当時10才だった雪は、小学校の近くの公園に足を運んでいた。
公園のベンチに座ると、公園全体を見渡した。
冷たい風が雪の頬をそっと撫でた。雪がその風に目を瞑る。雪の後ろから吹いた風はそのまま雪の長い髪をなびかせていた。雪は首の後ろにある髪を後ろに払った。
おろしている髪を括りたくてもヘアゴムがない。苦し紛れに髪を耳にかけた。かけたとと同時にゆっくり目を開くと、公園の中心で、しゃがんでいる男の子がいた。
「海?」
男の子は雪の声に気が付いたのか?後ろを振り返る。
「あれ?雪ちゃん?何してるの?」
「それはこっちのセリフだよ。何してんだ?」
雪はベンチから立ち上がると海に近づいていった。
雪は中腰になると、海の見ていたものをじっと見つめた。
一部分だけ砂が盛っている上に割りばしを切って作った即席の十字架だ。雪をそれを指さす。
「それは?」
「お墓だよ」
「墓?」
海の言葉に雪が間の抜けた声で返す。
「うん。ここで、ハトが死んでたから」
海は顔を雪の方に向けた。海の目は赤く腫れていた。
「……どのくらい、なんだ?」
「何が?」
「いや、やっぱいい」
海の目から、ずっと泣いていたのが分かった。
海はゆっくり口を開いた。
「僕ね、身の回りで、誰かが死ぬ、なんてことなかったんだよね。ペットも飼ってないし、おじいちゃんもおばあちゃんも、僕が生まれてからすぐ死んじゃってさ」
海は暗い顔のまま話を続けた。
「こんな風に、すぐに泣いちゃうんだ。耐性が無いんだと思う。僕は誰かのために命を張ったことなんてないから、さ。皆に、優しいし、何でもできるねって言われるけど、僕は全然優しくない」
海の目に涙が溜まっていた。
雪は海の横にしゃがみこむと、海の背中をさすった。
「大丈夫だ。お前は優しい。誰よりもな」
「いや、雪ちゃんの方が優しいよ」
「そんなわけない」
雪は海より暗い顔で海の作った墓を眺めていた。
「……そういえば、雪ちゃん、髪括らないの?」
「え、ああ。括り方分からないからそのままにしてるんだ」
「じゃあ、僕がやったげる!」
海は元気に手を上げた。
「いやいや、ヘアゴム無いし……」
「僕、持ってるよ、雪ちゃんにあげようと思って買ってきた」
「はあ⁉」
雪が静かな公園で声を上げる。海は雪の双肩を持ちくるりと向きを変えた。
その時、視界に白い粉が舞い始めた。
「あ、雪だな」
「珍しいね」
海は雪の髪を吸っと持ち上げると、手櫛で髪を解かした。
「雪やこんこ、あられやこんこ。降っては降ってはずんずん積もる。山も野原もわたぼうし被り、枯れ木残らず花が咲く」
海は雪の髪を括りながら歌っていた。
「雪やこんこ、あられやこんこ。降っても降ってもまだ降りやまぬ。犬は喜び庭駆け回り、猫はこたつで丸くなる」
雪もそれにつられて気づけば二人で歌っていた。
歌い終わって、二人は笑っていた。
「ありがと。括るのうまいんだな」
雪はそう言いながら立ち上った。
海は彼女の方を目を細めて見ていた。そして彼が口を開いた。
「雪ちゃん、今日暗いね」
「ああ。戦争に出ることになってさ。生きて帰って来れるか、分からないから」
雪の顔に暗い影が落ちている。海は立ち上がると、小指を立てて差し出した。
「じゃ、先に死なないって約束しよ!」
「え⁉」
雪はしばらくの間動揺していたが、右手の小指を差し出すと、海の小指と絡めた。
「約束だからね」
海は目を細めて笑った。
雪は突然廊下で立ち止まると、天を仰いだ。
「……約束って、お前が言い出したのに。何先に死んでるんだよ」
雪は口を手の甲で押さえた。
ズボンから突然、通知音が聞こえた。我に返り、スマホを手に取ると、通話ボタンを右にスライドさせた。
「もしもし?爆弾見つけたよ!」
「歩美か?どこにあった?」
「本棟の二階。解除したいけど、道具がなくて」
雪は電話越しで歩美の声を聞くと、冷静に答えた。
「大丈夫だ。道具なら近くに技術室があるはず。だから……」
雪がそう言いかけたとき、電話を持っている手の手首を取られた。
「あっ、おい!」
「雪ちゃん?どうし……」
眼鏡をかけた男は、電話の通話終了ボタンを押した。
「……お前は……」
背の高い、地味なその男は、唇を片方だけ持ち上げて笑っていた。