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第六話 声を知らないまま
次の日の夜。
いつものようにサイトを開くと、
すでに相手はログインしていた。
『遅い』
開いた瞬間、メッセージが届く。
『まだ約束の時間じゃないでしょ』
『そうだけど』
『気が早い(笑)』
『今日は話したかったから』
その一言に、彼女は少しだけ手を止めた。
最近、こういう言葉が増えた気がする。
以前なら、何とも思わなかったかもしれない。
でも今は、画面越しでも相手の言葉が妙に心に残る。
『今日どうだった?』
『普通』
『また普通?』
『そっちは?』
『俺も普通』
『じゃあ話すことないじゃん』
『あるよ』
『何?』
少し間が空く。
『昨日の続き』
『名前の話?』
『うん』
彼女は画面を見つめた。
昨日、「いつか本当の名前を教える」と約束した。
でも、その「いつか」はまだ遠いと思っていた。
『そんな気になる?』
『ちょっと』
『じゃあヒントあげようか』
『いいの?』
『でも、当てたらダメ』
『難しいな(笑)』
彼女は少し考えてから、適当に文字を打った。
『三文字?』
『違う』
『二文字?』
『それも違う』
『じゃあ四文字?』
『近い』
『え、ほんと?』
『嘘』
『最悪(笑)』
画面の向こうで笑っているような気がした。
そんなやり取りをしていると、
ふと相手から別のメッセージが届いた。
『声って、どんな感じ?』
彼女は首を傾げた。
『私の?』
『うん』
『普通だよ』
『普通って分かんない(笑)』
『そっちは?』
『俺も普通』
『じゃあ分かんないね』
『たしかに』
二人とも、しばらく何も送らなかった。
今まで考えたこともなかった。
顔を知らないことには慣れていた。
でも、声すら知らない。
笑ったとき、どんな声なのか。
怒ったときはどうなるのか。
眠そうな声はどんなものなのか。
何も知らない。
『なんか変な感じ』
彼女が送る。
『何が?』
『毎日こんなに話してるのに、声も知らないんだなって』
『確かに』
『電話とかしたら、変な感じしそう』
『それは絶対変』
『なんで(笑)』
『今まで文字だったから』
『まあね』
少しして、
『でも、いつかしてみたいかも』
と届いた。
彼女はその文章を何度か読み返した。
「いつか」。
その言葉が、最近少しずつ増えている。
本当の名前を知るのも。
声を聞くのも。
いつか。
今はまだ、画面の中だけ。
それで十分だと思っていた。
なのに、いつの間にか、
その先を想像するようになっている。
『じゃあ、いつかね』
そう返す。
『うん』
『約束?』
『約束』
それから二人は、またいつものような話に戻った。
今日食べたもの。
学校で眠かったこと。
最近気になっていること。
くだらない話をして、笑って。
夜が深くなる。
『そろそろ寝る』
『珍しい』
『明日早いから』
『ちゃんと起きてよ』
『そっちも』
『私は起きる』
『信用できない(笑)』
『ひどい』
最後にそんなやり取りをして、
彼女はサイトを閉じた。
スマートフォンを置く。
部屋は静かだった。
さっきまで文字が並んでいた画面には、何もない。
それなのに。
頭の中には、まだ相手の言葉が残っていた。
声を聞いてみたい。
顔を見てみたい。
本当の名前も知りたい。
そんな気持ちが、少しずつ大きくなっている。
けれど――
今はまだ、知らないままでいい。
知らないからこそ、話せることもある。
彼女はそう思いながら、目を閉じた。
#転生
桜咲かな
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コメント
4件
そうなんですよね! 嬉しいです!まじでありがとうございます!
おお、第6話読んだわ。いいなあこれ…「声を知らないまま」ってタイトルがもうズルい。画面越しのやり取りだけで距離が縮まっていく感じ、すごく丁寧に描かれててじわじわ来る。「いつか声を聞いてみたい」って自然に出てくる流れ、めっちゃリアルだった。文字だけの関係って、知らないからこそ話せることもあるんだよね。最後の“知らないままでいい”って着地、切ないけど温かい。続き気になるなあ〜!