テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#溺愛
桜咲かな
974
桜咲かな
645
#百合
第七話 知らないままで
その日は、いつもより少し早くサイトを開いた。
まだ相手はいない。
いつもなら気にしない。
けれど、最近は自然とログイン時間を
確認するようになっていた。
「今日はまだか……」
自分でも、少しおかしいと思う。
待っているわけじゃない。
そう思いながら、別のページを眺めていると――
通知が届いた。
『早いね』
『そっちこそ』
『今日はたまたま』
『私も』
そんなやり取りから、
いつものように会話が始まった。
『今日、学校どうだった?』
『普通』
『また?』
『今日は本当に普通』
『じゃあ俺の話聞いて』
『どうぞ』
そこから、相手の学校であった出来事を聞いた。
先生の話。
クラスで起きた小さな出来事。
友達とのくだらないやり取り。
彼女は画面を見ながら笑った。
「それは面白い(笑)」
『でしょ?』
『自分で言うんだ』
『だって面白かったし』
『はいはい』
いつも通りだった。
でも、途中でふと相手からメッセージが止まった。
『どうしたの?』
しばらくして、
『ごめん』
『大丈夫?』
『うん』
それだけ。
彼女は画面を見つめた。
最近、こういうことが増えている。
突然返事が遅くなる。
何かを聞いても「大丈夫」としか言わない。
でも、前とは違った。
今までは、その先を聞くことをためらっていた。
けれど今日は、少しだけ踏み込んでみた。
『無理してない?』
既読がつく。
返事は来ない。
数分。
五分。
十分。
彼女はスマートフォンを置こうとした。
そのとき、
『ちょっとだけ』
と届いた。
『そっか』
それ以上は聞かなかった。
代わりに、
『じゃあ今日は私が話す』
と送った。
『何を?』
『今日あったどうでもいい話』
『聞きたい』
それから彼女は、
学校であった小さな出来事を話した。
先生の言い間違い。
友達の変な発言。
帰り道に見つけたもの。
本当にどうでもいい話。
それでも相手は一つ一つに返事をしてくれた。
『それ面白い』
『でしょ』
『見てみたかった』
『絶対くだらないよ(笑)』
『それでも』
その言葉に、彼女は少しだけ笑った。
しばらくして、
『ありがとう』
と届いた。
『また?』
『うん』
『何もしてないよ』
『話してくれた』
それだけだった。
でも、その一言が妙に嬉しかった。
彼女は少し考えてから、
『じゃあ、また話す』
と返した。
『うん』
それから、しばらく沈黙が続いた。
普段なら、どちらかが次の話題を出す。
でも今日は、二人とも何も言わなかった。
気まずいわけではない。
ただ、画面の向こうにいる相手を
少し近くに感じていた。
『ねえ』
突然、相手から届く。
『なに?』
『俺たちって、変な関係だよね』
『なんで?』
『顔も知らないのに、毎日話してる』
『確かに』
『普通なら、もっと警戒すると思う』
彼女は少し考えた。
確かにそうだった。
普通なら、もっと距離を置いていたかもしれない。
でも、この人とは違った。
『なんでだろうね』
『分かんない』
『でも、嫌じゃない』
送ってから、少し恥ずかしくなった。
すると、
『俺も』
と返ってきた。
短い言葉だった。
でも、その日はそれだけで十分だった。
その夜、二人はいつもより少し早くサイトを閉じた。
彼女はベッドに入ってから、
今日の会話を思い返した。
知らない人。
それは、今も変わらない。
本当の名前も知らない。
声も知らない。
顔だって知らない。
それでも、何かあったときに話したいと思える。
何も言わなくても、少しだけ相手の変化が分かる。
そんな関係が、不思議だった。
そして、少しだけ怖かった。
こんなふうに
誰かを大切に思うようになるなんて、
考えていなかったから。
彼女はスマートフォンを伏せた。
画面には、最後に届いたメッセージが残っている。
『また明日』
その言葉を見て、彼女は小さく笑った。
「うん。また明日」
誰も聞いていない部屋で、そう呟いた。
コメント
4件
そうなんですよ! 何気ない約束でも2人にとってはすごく大切なものなんですよね! ありがとうございます!嬉しいです!
第7話、読んだよ!「知らない人」のまま、それでも少しずつ踏み込んでいく距離感がすごく繊細で良かった……。特に「今日は私が話す」って送るシーン、相手の負担を察して自然にフォローできるの、人間関係の深さが出ててじんわりきた。最後の「また明日」が二人の小さな約束みたいで、すごく温かい気持ちになったわ。