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◇◇◇◇
バリスハリス王国に来てから、早くも一ヶ月。
その間、レオニスはほぼ毎日セレナと過ごしていた。
城下の貸切レストラン。
王と白の魔女のために用意された豪奢な個室。磨き上げられた銀食器、宝石のように盛り付けられた料理。
セレナが一口、料理を口に運ぶ。
ぱっと表情がほころぶ。
「……美味しい」
その仕草に、レオニスは完全に見惚れていた。
竜すら屠った男が、ただ一人の女の笑顔に沈黙している。
「陛下、私に毎日構ってて……お仕事は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ」
レオニスは言い切った。その横から、冷水のような声が差し込む。
「大丈夫なわけありません」
クリスだった。
「書類は積み上がり、決裁待ちは増え続けております。事実として、仕事は溜まる一方です」
「お前は俺の味方だろ」
「はい。ですが、事実は事実です」
「ふん」
レオニスはワインを口に含む。
セレナが困った顔をする。
「ちゃんとお仕事してくださいよ」
「している。毎日、その日の分は終わらせている」
「じゃあクリスさんは何を怒っているんですか」
「最近ゴタゴタしていて、仕事の量が毎夜増えているだけだ」
「それはダメでは?」
思わず身を乗り出すセレナ。
レオニスは涼しい顔だ。
「問題ない。これも重要なことだ」
「だったら早く仕事を終えて、ちゃんと寝ないと疲れが取れませんよ」
「セレナと話していないと、最近どうにもやる気が起きんのも事実だ」
「なんでですか!?」
「知らん」
本気で分からない顔をする王。
クリスが静かに額を押さえた。
「ですが、本日の遊びはここまでです」
「まだ数分だ」
「一時間経っております」
「……早いな」
「同盟国エリシュニカ聖教国との会食があります。王が不在では示しがつきません」
「めんどくさい」
その瞬間。
「めんどくさいとは、何事だ」
低く、重い声。
いつの間にか席に着いていた男。
聖教国の教皇バルタザール。
司祭服の下に隠しきれない体躯。袖から覗く手は岩のように分厚い。
まるで聖職者の皮を被った戦士だ。
「その風体で影が薄いとはどういうことだ」
レオニスが軽く顎を動かす。
「クリス」
クリスはすでに帯刀した剣の柄に手をかけていたが、レオニスに制され、手を離す。
「これで何度目だ。あまりクリスをからかうな。お前の胴が二つになっても知らんぞ」
「そう言うな。ここの王が我らを待たせるからこうなる。毎度な。レオニス、お前もそう思わんか?」
「ふん」
鼻で笑う。
バルタザールの視線が、ふとセレナに向く。
「……で、この美しい淑女はどなたかな」
「お前も知っている有名人だ」
「我が知る淑女に、これほど美しい方はいないが」
真顔で言う。
嘘も誇張もない声音。
セレナは一瞬固まり、みるみる顔を赤くした。
「そ、そんな……」
視線を下げる。
レオニスの眉がぴくりと動く。
「白の魔女だ」
静かに告げる。
一瞬、空気が変わる。
「……何だと」
バルタザールの目が見開かれる。
戦場を幾度も潜った男の顔が、初めて明確な驚きを浮かべた。
「噂の……白の魔女か」
レオニスはワインを揺らす。
「俺の城にいる」
わずかな独占の響き。
バルタザールはゆっくりと頷いた。
「なるほど……ヴァルディウスが動く理由も理解できる」
その言葉に、空気が再び重くなる。
レオニスの目が細くなる。
「手は出させん」
「ほう?」
「誰にもだ」
穏やかな食卓の裏に、確かな戦火の気配が漂っていた。
だが当のセレナは、まだ料理を見つめている。
「これ、冷めちゃいますよ?」
場違いな一言。
沈黙。
そして、バルタザールが豪快に笑った。
「ははははは! なるほど、確かに白の魔女だ」
レオニスはため息をつきながら、どこか満足そうだった。