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月城 蓮桜音
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saza
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水羽
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「あの日、自由と平和を夢見た少女だった私。 戦争という名で、能力を駆使しながら瞳に映るのは、決まって誰かの血と肉片。
贖罪を探して祈りを続けるも、人殺しの日々に明け暮れ、そして負けた。
どうして、私は最後まで、何も知らなかったのだろう。
後悔したって、もう三年も前の話だ」後に残されたのは、女性囚人の後悔。そして、その頬を伝う一雫だけ。
誰も近づかぬ荒れ地にその建造物は聳えていた。ここはカーア・ラーン監獄。百年の歴史を刻む、地上最悪の牢獄である。入獄時に見た鬼の紋章が刻まれた特徴的な鉄門。人々はそれを地獄門とも呼んだ。
誰もが言う。ここに足を踏み入れた者で、生きて帰った者はいない、と。
夜になっても、それは変わらなかった。壁の内側から低い唸り声が聞こえた。知らない誰かの罪を悔いる声、怒りに満ちた叫び、そして絶望に溶ける嘆息。
看守たちはそれを囚人の子守唄と嘲笑った。だが、誰も笑ってはいなかった。この監獄では、囚人も看守も、皆が何かに囚われているのだ。その空気は、独房棟の一角にも伝染した。
「また、聞こえる」
目に光を失った白髪の女が、薄闇の中で背を壁に預け、髪は肩口で絡まり、唇は乾き、肌は月光のように蒼白い。
彼女はその日も、ぽつりと呟いた。
「退屈だわ」毎日、同じ言葉。
誰に聞かせるわけでもない、独り言。だがその声の底には、静かな狂気だけを孕んでいた。
いつもの昼間。監獄では年に一度のお遊戯会と呼ばれる催しが行われていた。看守のみ参加、強制的な娯楽行事である。
廃れた壁に張り付けられた粗末なダーツボード。そこには一から二十までの数字が雑に貼られていた。
「では次、三号房のマーク!」
無精髭を生やした小太りのベテラン看守が、青年看守のマークを呼んだ。マークが、ため息をつきながら前に出る。
青年といっても、周囲の看守たちは皆、日に焼けた肌をしていたが、マークの肌はそれに比べて幾分白かった。そして、刑務所勤めも三年目。マークは笑えない冗談と、息の詰まる規律にうんざりしていた。
「こんな茶番、やってられ……」
マークが言いかけた途端、背後から腕をねじ上げられる。年が離れた同僚の仕業だ。場の空気が一瞬で凍りつくようだった。同僚の年長看守が、耳元でボソボソと囁く。
「おい、上の命令は絶対だ。二度と軽口を叩くな」
カーアラーンでは、三年前の言論戦争以来、たった一つのルールが絶対となっていた。
「命令には、理由を問うな」と脳裏に焼きついた言葉に、マークは怒りを抑え、再びボードを見据える。
右手に握ったダーツを、思い切り投げた。鋭い音を立てて、矢は一番の数字に突き刺さた。
「……一番房の囚人は、誰だ?」
周囲の看守たちの空気がざわめく中、古参の看守が、口の端を歪めて笑った。
「知らない方が身のためだ。だが……」わざと間を置いて、彼は囁いた。
「一番房の女だ。恐ろしく、美しい女だ」
それ以上、誰も口を開かなかった。なぜかマークの胸に、得体の知れぬ澱みだけが残った。
看守たちが、騒ぐ声も聞こえない一番房。分厚い鉄扉の向こうに、白髪囚人の彼女はいた。手錠と足枷をされたまま、暗闇の中でじっと座っている。
目隠しをされ、何も見えない。ただ、耳だけが異様に研ぎ澄まされていた。足音、鉄格子の軋み、遠くの咳払い。それらすべてを聴き分け、彼女は時間を測る。唯一の楽しみは、食事に添えられるスープの香りを味わうこと。その味が日々少しずつ変化していくことを、彼女は知っていた。
「まずい」スープの香りが変わる、調理人が替わったのだ。
「今日かしらね」足音も違う、今夜は看守の配置まで変わっている。そして今夜は、月が満ちる。彼女は口元に微かな笑みを浮かべる。長い沈黙の果てに、声が漏れた。
「……もうすぐね」まるで、自分に言い聞かせるように。
その声は、冷たい牢の壁に吸い込まれ、小さく反響する。
この場所に来て、三年。無数の夜を越えて、彼女は待ち続けていた。唯一の機会、月が満ちる夜を。
地上の誰も知らない。その夜、カーア・ラーン監獄に最初の裂け目が刻まれる。この地獄に風穴を開ける、彼女の反撃の狼煙が上がることを。
沈黙の果てに、世界がひび割れ始め、月光は、鉄と血を淡く照らしていた。
「……やっとだ。力が溜まるのを感じる」
若い女の声を掻き消すように、ドブネズミが闇夜に這い回り、チューチュウと鳴く。床はタイル張りでひんやりと冷たい。至る所に隙間風が吹き込み、冬なら寒すぎて寝ることさえままならない。ここはA級犯罪者が収監される無期懲役刑の監獄だった。
看守の青年マークは月明かりに照らされ、かすかに揺れる人影が見える。
(美人の女性囚人か……ツイてるな。おっと、看守の仕事モードを意識せねば)
その人影は古びた扉を開け、木の椅子に腰を下ろす。そして鉄格子を一度叩くと、手に持ったトレイを牢の中へ差し入れた。そこには、かぴかぴに乾いたパンと、汚れたコップに注がれた水が載っている。
「ほら、食え」
牢の中にいるのは、白髪の若い女性。彼女は目隠しをされたまま、マークに尋ねる。
「今日で投獄されて何年になるの?」
「囚人との会話は禁止されている。さっさと食べろ」
「正解は……ここに来て三年でした。どうせ暇なんだし、もっと喋ろうよ。ねぇ、食事を取りたいからこの目隠しを外してくれない?」
「お前はA級犯罪者だ」
「ケチ」
牢の中には、木製のおまると粗末なゴザが敷かれているだけ。衛生環境は劣悪で、牢内には悪臭が立ち込めている。重労働こそないものの、視界を奪われたままの退屈な日々は、拷問にも等しかった。衣服はボロボロで、歯もろくに磨けず、すでに何本か抜け落ちている。
「その目は危険だ。決して目隠しを外すなよ」
マークの後ろから、チョビ髭の太った男が現れた。この監獄の所長を務める人物。
「見た目はいいのにな。余計な力なんて持たず、大人しくしていれば、愛人くらいにはしてやったものを」
この監獄は腐敗しきっていた。暴力、賄賂、売春。もはや何でもありの無法地帯。特にこの所長は、自らの利益のためなら手段を選ばない。労働環境は最悪だったが、ここで働く者たちも他に職を選べるような境遇ではなかった。
「お前は、この女が不審な行動をしないか監視すればいいのだ。いいな?」
「はっ、承知しております」
チョビ髭の所長は乱暴に扉を閉め、去っていった。牢には再びマークと白髪の女性だけが残される。
「ねぇ、あなたはこんな世の中、おかしいとは思わないの?」
「……さっさと食え」
「なんで、あんな男に従っているの?」
「……」
「あなたは不思議に思ったことはないかしら。なぜ、三年前に言論の自由が禁止されたのか」
「……」
「まったく、あなたはただの豚ね」
「なんだと……?」
マークは怒りに任せ、牢の鉄柵を拳で叩いた。衝撃で皮膚が裂け、血が滲む。
「黙れ……お前に話すことはない」
「そう」
「俺だって好きでこんな仕事をしてるわけじゃない……」
「あら、大変だったのね」
「あぁ、大変さ。あの所長にこき使われて、低賃金で……やってられねぇよ」
「そう……それで?」
「あの野郎……いや、喋りすぎた」
「ふふ、ありがとう。私はセーレ。看守さん、あなたの名前を教えてくれないかしら?」
「セーレか……まぁ、名前くらいは……マークだ。話は終わりだ、さっさと食え」
セーレは、かすかに笑った。その笑みは、ただの囚人にしては不釣り合いなほど魅力的に見えた。マークは、一瞬だけ頬を染める。しかし、すぐに表情を引き締め、トレイを回収した。
「……やっと準備が整ったわ」
セーレがぽつりと呟く。
「ねぇ、この生活にも飽きたの。そろそろ出るわよ。今こそ自由を。Follow me, pig!」
彼女は妖艶に唇を舌で舐め、しなやかな手つきを見せる。目隠しの下から、不吉な力があふれ出した。
「……何を、した……?」
マークの体が勝手に動き出す。手にしていた牢の鍵が、意志に反して錠前に差し込まれた。
「さぁ、私の目隠しを取りなさい」
マークが声を上げようとするが、喉が凍りついたように動かない。手が勝手に動かされ、ゆっくりとセーレの目隠しを外す。
現れたのは――真紅の瞳を持つ、美しい顔立ちの女性。
「さて、看守さん。あなたはこの牢屋に火を放ちなさい……あぁ、あなたの記憶を読んだわ。他にも、お友達がいるようね?」
セーレの白髪が、銀髪へと変化していく。と、同時に牢の扉が開き、男たちが四人、部屋へ入ってきた。
「男五人か。十分ね。さぁ、あなたたちの仕事よ! 牢獄に火を放ち、すべての囚人を解放しなさい」
看守たちは、次々と牢を開け、火を放った。炎が監獄を包む中、セーレは裸足のまま笑いながら歩く。
「聞け、豚共! 今こそ反撃の狼煙を上げる時よ! あなたたちは自由なの。何かに囚われていていいはずがない。私が導く! 私の言葉だけを聞きなさい!」
従う者の数は、瞬く間に増えていった。所長は錯乱し、立ち尽くす。
「な、何が起きている? 私の監獄が……」
「見つけた」
悪意に満ちた表情、狩人の目でセーレは獲物を睨んだ。
「……銀髪、赤目……見えざる断罪者、なのか?」
「久々に聞いたわ、その二つ名」
燃え盛る炎を背に、セーレは微笑んだ。
「さて、私は花火が見たいの。あなた、その薪を持って火の中に飛び込んでくれる?」
冷たき真紅の瞳で、「飛び込め!」と洗脳の力を強く念じた。
「だ、誰がそんなことを……ぐっ……」
「いいから、行け」
セーレは冷たく言い放つ。
「あなたの罪は死に値するわ」
「そんな、私はこの収監所長だぞ。誰か助けんか」
燃え盛る収監所に向かい、所長は走り出した。
「さぁ、皆様。勇敢な彼に敬礼!」
所長を取り囲むように、操られた看守は皆敬礼をする。炎に包まれる所長の悲鳴が断末魔となり、響き渡った。
「さて、名前なんだっけ? 私、人の名前を覚えるの、苦手なのよね」
燃え盛る火を背に立つ彼女の名は、セーレ。かつて――言論の自由のために戦った者である。
コメント
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あ、読み終わりました…。すごく、重くて美しい第1話でしたね。 まず、冒頭のセーレのモノローグが一瞬で引き込まれました。戦争で人を♡♡♡、負けて、後悔だけが残る――この贖罪の感覚が、彼女の反逆の原動力なんだろうな、と。 しかも、目隠しされた囚人でありながら、月の満ち欠けで力を溜めて脱走する計画性。全然ただの囚人じゃない。あのラストでマークや周りの看守たちを操りながら「Follow me, pig!」と言い放つ強かさ、鮮やかでした。 看守マークも、命令には従わされるけど心の奥で嫌っている屈折した善人っぽくて、この先どうなるか楽しみ。脱獄の描写が視覚的に映えて、とても引き込まれました!