お弁当を問題なく完食し、スイーツに手を伸ばす。
「あー。幸せ!」
甘い物好きだけど、孝介はあまり食べないし、こんな生クリームいっぱいのなんて<甘ったるくて気持ち悪い>とか言いそう。
一人で買って食べることなんてできないし。食べ物一つでこんなに幸せな気分になれるなんて、昔の私だったら考えられないんだろうな。
「そんなんで幸せになれるなら《《俺が》》毎日幸せにしてやろうか?」
ニヤリ彼が微笑む。
やっぱり今日の加賀宮さんはおかしい。
「どうしたの?今日、変。私のこと、そんなに煽てたって良いことないよ」
さっきから告白に近いとも言える発言だ。
「俺は本気だけど?」
彼のそんな言葉、信じちゃいけないことくらいわかってる。
「あー。はいはい」
私は軽く返事をし、受け流した。
「でも美味しい!ありがと」
お弁当とスイーツにはちゃんと感謝している。
お礼を伝えると、なぜだろう。
彼は「はぁ」と溜め息をついた。
帰りは、加賀宮さんに自宅まで送ってもらった。
「今日は、ありがとう。お弁当とスイーツ《《だけ》》感謝してる」
車から降りようとした時、私なりの感謝を伝えたつもりだった。
しかし彼に
「は?弁当食べる前も《《スッキリ》》しただろ?」
感謝しろよと付け加えられた。
「あんなことに感謝するわけないでしょ!?」
引っ叩きたくなる感情を抑え、声を大きく反論した。
「これ、契約書。渡しておく。一応、目を通しておいて」
「うん」
彼から監修時の契約書をもらった。
車の中で軽く説明を受けたが、メニュー開発のため、週三日のペースで彼のカフェへ通うことになった。
「孝介《あいつ》の父親には説明しといたけどな。喜んでるように見えたし、文句は言われないと思うけど」
お義父さんと今日会うって言ってたもんね。
「わかった」
孝介も最終的には反対じゃないみたいだし。
お義父さんが何も言わないなら、孝介から言われるのは<俺の評価を下げるな>の小言くらいだろう。
「カフェメニューの監修は、当たり前だけど、仕事だからちゃんと頑張ります。よろしくお願いします」
「あぁ。よろしく。俺の呼び出しも……」
「あなたの呼び出しは頑張らないわよ!」
テンポよくツッコミを入れてしまった私に一瞬戸惑った。
《《昔》》の私みたいに、言いたいことちゃんと言えてる。
少し前から加賀宮さんには素の自分を見せてしまうようになったけど、こんなにも強気に戻れたのはやっぱり彼のおかげ?
彼はハハっと笑った。
「美月、BARで会った時、離婚が無理なら働きたいって言ってただろ?メニューについては、マジ期待してるから。負担にならない程度に頑張れよ。ま、俺の相手の方も期待したいけど……」
えっ?あの時……。
私が加賀宮さんとBARで会った時の言葉、覚えてくれてたの?
まさか、私の願いを覚えてくれてて、その願いの場《働きたい》を必然的に準備してくれてたの?
「良かったな。働けて。ま、俺のおかげだけど」
私の憶測が彼の発言によってイエスに変わった。
「加賀宮さん、覚えてくれてたの?私が働きたいって言ってたこと……」
彼は言葉を濁そうとしたが「まぁな」そう答えてくれた。
どうして?私のこと、そんなに……。
「ありがとうございます」
ペコっと頭を下げる。
「また連絡するから」
彼はそう言って帰って行った。
…・…・―――…・・…・――――
「もしもし」
美月から迅《下の名前》で呼ばれ、感情のコントロールが上手くいかなくなった俺は、亜蘭へ電話をかけていた。
<はい。どうしましたか?>
「実は……」
今日の出来事を亜蘭へ伝える。
<あの、加賀宮さん。美月さんに嫌われたいんですか?何がしたいか、よくわからないんですけど……。好意を寄せる女性に無理やり身体を……って。さっぱり俺には理解できません。そんなに恋愛下手でしたっけ?>
容赦ない言葉。さすがの俺でも自信を無くしそうになる。
「こんなに恋愛って難しいんだな。美月《あいつ》のことになると、制御できなくて」
弱音なんて、普段は吐かないのに。
<まぁ、加賀宮さんの場合、幼少期の家庭環境に問題ありますし。そんな風にしか女性を愛せないのもわかりますけど。美月さんからしてみれば、良い迷惑ですよ。呼び出されて身体だけ求められたかと思えば、優しくされて……。俺だったらそんな男、いつまで経っても信用できません。食べ物で釣られてもね?>
美月《あいつ》、美味そうに食べてたけど。
「……。そうだよな……」
<でも、《《名前》》で呼んでくれたんでしょ?記憶、戻ったってことですか?>
「いや、そんな雰囲気ではなかった。あいつ演技下手そうだし、俺のこと思い出したらなんかすぐわかりそうだけど。一瞬、何かの拍子に呼んでくれたのかもしれない」
いきなりの<迅くん>呼びには、動揺してしまった。
<そうですか。あ、そうそう。九条孝介については、《《絶賛》》浮気中です。今日も雇っている家政婦の家に向かいました。よくもまぁ、こんなに堂々とできますよ。実家に泊まるとか出張とか理由付けしてますけど、美月さんが疑ってるとか思わないんですかね>
「例え自分が浮気をしていても、美月には何もできないことがわかってるから、こんなに堂々としているんだろ。家に帰ってきてもDV、モラハラ酷いみたいだし。家に居ない方が美月のためになるから、結果良いと思ってる」
ケガをしている彼女を、孝介《旦那》から一刻も早く離したい。
だけど、今はその準備がまだ整っていない。
<そんなに美月さんのことが好きなら……。本人の前でも素直になればいいのに……>
「素直に……なったよ。可愛いって伝えて、俺が毎日幸せにしてやろうか?って言った」
ハハっと亜蘭が電話越しに笑ったのが聞こえた。
<で、美月さんから何て返事が?>
「どうしたの?今日、変。その後、あー。はいはいって流された」
ハハハハハとさっきよりも長い笑い声が聞こえる。
そんなに面白いか?
<アハハッ……。あー、すみません。そんな風に加賀宮さんに言えるのは美月さんだけだし、加賀宮さんが玉砕されてるのってあんまりないから、面白くて>
「俺は全然面白くないけどな」
<とりあえず、こっちはこっちで引き続き、九条孝介の《《調査》》について進めます。加賀宮さんは、ちゃーんと美月さんが信頼できる人になってください>
亜蘭にこんなこと言われたの、初めてかも。
「わかった」
電話を終え、ふぅと息を吐いた。
本当に欲しいモノを手に入れるって、こんなにも難しいのか。
…・…・―――…・・…・――――
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