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夏目莉央
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くま🐻☁️
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※
「瞳子さん。おはようございます」
いつもの信号待ちで、いつも通り、朝倉くんが声をかけてきた。
眩しいほど美しい顔の朝倉くんが、にこりと笑っている。
(この笑顔は、癒しなのよね……)
彼は李人とどこか似た笑みを浮かべる。
私はマフラーに包まれながら、彼の顔をじっと見てしまった。
「おはよう、朝倉くん」
彼はなぜか、私の顔を覗き込むように見つめてくる。
「な、何か?」
私は気恥ずかしくなって、ふいっと目を逸らした。
「瞳子さん、疲れていますね。顔色があまり良くありません」
(すごっ。その通り!)
昨晩は李人の留学費について、悶々と考え続けていたのだ。
思わず目を丸くして、彼を見返した。
「朝倉くん……あなたって、すごい観察眼ね」
「はい! 毎日顔を合わせておりますから、些細な変化も見逃しません!」
「……ありがとう」
これなら、雨森との密会にも気づくはずだ。
(嬉しい……)
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
けれど、今の私には、それ以上に大きな現実問題が立ちはだかっていた。
「でも、今日は一人にしてね」
無意識に、そんな言葉が口からこぼれた。
「……瞳子さん?」
彼に説明する気力もなく、私は視線を前へ戻した。
「半年の留学で三百万円は必要です。保証を兼ねて、利用口座に入金があることを確認いたします、だって……」
ここは職場の総務部資料室。
人の出入りが少ない部屋に、私は閉じこもっていた。
がたつく椅子に座り、李人に打ち明けられた留学費用について調べている。
私が了解したところで、資金がどうしたって足りないのは明らかだった。
「はあ……教育費は青天井って、本当ね……」
考えすぎて糖分を使い果たしたようだ。
私は、がたつく机に突っ伏した。
(ああ……誰かに相談できたら、少しは気が軽くなるのにな)
そう思った瞬間、脳裏に浮かんだのは龍彦ではなかった。
柔らかな笑みを浮かべる、朝倉くんだった。
「……え?」
思わず上半身を跳ね起こす。
(なぜ、彼氏より朝倉くんが浮かんじゃうの⁈)
一気に頬へ熱が集まった。
「これでエネルギーをチャージしてください」
「はい?」
誰もいないはずの空間から、声がした。
いや……これは聞き覚えのある声。
ゆっくり振り返ると、真後ろにオレンジジュースを片手に持った朝倉くんが立っていた。
私はガタンッと大きな音を立てて椅子を倒し、慌てて立ち上がった。
(……だからっ、どうして今、この人が来るのよっ!)
なぜか胸の鼓動が速くなる。
彼から目が離せない。
「い、いつの間に後ろに?」
「今回はノックをしました。スマホに夢中で聞こえていなかったんですね」
そう言って、彼はチラリと入り口へ目を向けた。
「確かに……考え事をしていたから……」
(……あなたのことだけど)
私は急に目が泳ぎ出す。
「ど、どうしてここが⁈」
自分から訊いておいて、藪蛇だったと気づく。
彼は、いつも私を観察しているのだから。
「瞳子さん、朝から思い詰めていたので、心配になって糖分チャージをしに来ました」
そう言って、片手に持っていたジュースを差し出した。
「え?」
戸惑う私に、朝倉くんは淡々と続ける。
「──というのは表向きで、本当は仕事の相談です」
高級生搾りシリーズのオレンジジュースを、私の手に渡してくる。
二人きりの空間で、彼の好意を無下にはできない。
私はありがたく受け取ることにした。
「……ありがとう」
部下からの気遣いが、少し気恥ずかしい。
小さく呟くように礼を伝えた。
(切り替えよう。仕事だ!)
「それで、相談って何かしら?」
私は乱れた髪を手櫛で整えながら訊ねた。
「大口の契約が取れそうです」
「本当? すごいじゃない!」
「はい。しかし、一年目の私では信頼が薄いので、実績のある上司との同伴を条件に、契約を検討すると言われまして……」
朝倉くんが残念そうに、そっと目を伏せた。
(いくら凄腕の金融マンでも、実績は一年目だものね。ここは私がひと肌脱がないと!)
「大口契約ね。任せて。朝倉くんが取れるように、私がアシストするから!」
李人の留学費のこともあり、私も俄然やる気がみなぎった。
(大丈夫。二人の力で契約を取れる!)
期待に胸を膨らませ、私は目を輝かせた。
しかし、ふと前を見ると──椅子を挟んで、目の前に朝倉くんが迫っていた。
(ん? ちょっと近いかな)
私は意識して一歩下がった。
すると、彼が一歩近づく。
(わかってやってるわね。この距離の詰め方……よくない、よくない!)
私の心臓が徐々に速く打ち出す。
椅子を挟んで、私は一歩、また一歩と後退していく。
彼もそれに合わせるように、歩を進めてくる。
そしてついに私は、シェルフとシェルフの間で壁に背をつけた。
(もう、後がないっ)
それなのに、朝倉くんは無表情のまま、一歩、また一歩と近づいてくる。
私は慌ててパイプ椅子の背もたれを掴み、彼との間に緩衝地帯を確保した。
「朝倉くん、居室に戻って話を聞くわ。そこをどいてもらえる?」
ざわつく心をおくびにも出さず、私は冷静に伝えた。
しかし、彼には伝わっていなかった。
シェルフに両腕を伸ばし、私を囲ってしまう。
椅子一脚分の距離が、唯一の安全地帯。
(なんとも頼りない!)
「こ、これ以上はダメよっ」
慎みのない彼の追い詰め方に、私の心が乱れる。
それに気づいたのか、朝倉くんが、ふっと目を細め小さく笑う。
「ふっ、この椅子が唯一の武器なんですね?」
「なっ!」
心を見透かされ、私は一気に顔が熱くなる。
調子づく朝倉くんは、手を緩めない。
「僕が屈めば、瞳子さんに口づけできます」