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夏目莉央
1,537
131
くま🐻☁️
12
(──っ!)
キャラそのままの、甘いセリフ!
恥ずかしさで、身体中が硬直する。
どうすることもできない。
韓ドラでしか見たことのないシチュエーションに、無理やり自分が主人公にされたような気分になる。
こんなとき、いったい何を言えばいいの?
気の利いた切り返しなんて、私には思いつかない。
ただ、熱のこもった頬が恥ずかしくて、肩をすぼめるしかできなかった。
彼の顔が近づいてくる。
綺麗な顔。
長い睫毛。
陶器のような肌。
こんな綺麗な男性に好意を持たれて、嫌な女性なんているのだろうか。
……しかし。
(やめてよ! 私の心を乱そうとするの!)
私は目を強くつぶった。
私は上司なのよ!
いくらかっこいいからって、甘いセリフで攻めようとしても、私は動じない!
ここで流されたら、上司としての威厳がなくなってしまう。
ナメてもらっては困るのよ!
「や、やめなさいっ!」
パイプ椅子の背もたれを握る私の手に、瞬発的に力が宿った。
その瞬間──。
ドガッッ!
力いっぱい押し出したパイプ椅子が、朝倉くんの右脛を直撃した。
「痛っ!」
鈍い音が、狭い資料室に響き渡る。
「えっ……」
思いのほか、強く打ち付けてしまった。
朝倉くんの顔が苦痛に歪み、そのまま後ずさる。
そして、右足を押さえながらしゃがみ込んでしまった。
(や、やりすぎた⁈)
「ご、ごめんなさいっ!」
私は慌ててパイプ椅子を放り出し、朝倉くんのもとへ駆け寄った。
「大丈夫? ちょっと見せて」
「……」
「朝倉くん?」
返事がない。
やっぱり、かなり痛かったのだろうか。
私は心配になって、彼の脛の状態を確認しようと手を伸ばした。
その瞬間。
ぎゅっ。
伸ばした手を、逆に掴まれてしまった。
「えっ?」
思わず顔を上げる。
「朝倉くん……?」
「大したことはないですよ」
先ほどまで痛そうに俯いていたはずの朝倉くんが、ゆっくり顔を上げる。
その顔には──まさかの余裕の笑み。
「え……?」
さっきまで、あんなに痛そうにしていたのに。
「でも……」
朝倉くんの指が、私の手を逃がさないように絡む。
「傷が痛む時は、瞳子さんがちゃんと手当てしてくださいね」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。
先ほどの痛がり方からは想像もできないほど、朝倉くんは嬉しそうに笑っている。
その緩急についていけず、私は呆気にとられてしまった。
「ちょっと……」
抗議する間もなく、朝倉くんは私の手を自分の手で包み込む。
そして、そのまま私の手を自分の頬へぴたりと当てた。
(なっ!)
陶器のように滑らかな肌が、手のひらに直接触れる。
私の一気に顔が熱くなった。
「ちょ、ちょっと朝倉くん!」
「瞳子さんに触れることができました」
「……だから何なのよっ」
「少しずつ、距離が近づいてますね」
朝倉くんの陶器肌に、ほんのり赤みが差している。
本気で喜んでいるのが伝わってくる。
その顔を見ていると、呆れるより先に、なんとも言えない気持ちになった。
ここまでされると、彼の異常な執着心に関心さえしてしまいそうになる。
(だけど……)
私は、ふっと息を吐いた。
そして急に、すん、と落ち着きを取り戻す。
(この執着も、若さゆえの一時的なものよ)
そうだ。
今は私のことしか見えていないのかもしれない。
でも、彼はまだ若い。
社会人として経験を積んで、いろいろな女性と出会えば、きっといつか目が覚める。
そう思うと、さっきまで全身を支配していた緊張が、嘘のように抜けていった。
私は小さく笑う。
「朝倉くん」
「はい」
「足は痛くない?」
「はい! 今は」
「もう、痛む予定があるような言い方して」
「手当てしてもらえるなら、少しくらい痛くても……」
「そういうことを言っているんじゃないの」
私は呆れてため息をついた。
「歩けるなら職場に戻ろう。さっきの話の詳細も聞きたいしね」
仕事の話をしている間くらいは、普通の部下と上司に戻ってもらわないと困る。
すると朝倉くんは、すっと表情を変えた。
「あの案件、瞳子さんと取りたいです!」
仕事モードに切り替わった朝倉くんを見て、私は胸を撫で下ろした。
「ええ。任せて。しっかりアシストするから」
「はい!」
その返事だけは、いつもの朝倉くんだった。
……いや。
(気にならないといえば……嘘になる)
私は朝倉くんを横目でちらりと見る。
彼は、少し変わっている。
距離感もおかしいし、時々とんでもないことを平然と言ってくる。
正直、どう接すればいいのかわからなくなることもある。
けれど。心は純真で、悪い人間ではない。
むしろ、私が困っていると誰より早く気づいてくれる。
今日だって、朝から思い詰めていた私を心配して、わざわざジュースまで持ってきてくれた。
迫られてドキドキしない女性なんて、いないだろう。
それだけ、彼は魅力に溢れた男性なのだ。
でも、今の私は、彼と真正面から向き合うことなんてできない。
思わず俯いてしまう。
(李人のこと……留学費のこと……それに、龍彦のことも……)
私には、考えなければならないことがたくさんある。
今までだって、そうやって生きてきた。
李人を守って、仕事を頑張って。
自分のことは後回しにして、それでも毎日を過ごしてきた。
それで楽しかったじゃない。
これ以上を望んだら、きっと罰が当たる。
私は顔を上げた。
そして、しっかりと前を向く。
「これからも仕事、頑張ろうね」
朝倉くんに言うというより、自分自身に言い聞かせるように、私はぽつりと呟いた。
「……ええ」
朝倉くんも静かに答えた。
その声に、私はもう一度だけ彼を見た。
だけど──。
このときの彼の目の輝きが、どこか異様だったことに私は、まだ気がついていなかった。
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