どいつもこいつも、シケたツラしやがる。 俺の道の前は自然と開かれる。いつものことだ。
「わっ! やめてください!!」
「あ……?」
声のする方へ目を向けると、眼鏡を掛けた貧弱そうな奴が、数名の男たちに絡まれていた。
正義感もクソもねぇ。
だが……
「俺の目の前で、腐ったことすんじゃねぇ!!」
気に食わねぇもんは、全部ぶっ壊す。
ヤンチャしてそうな相貌だが、弱い奴を揶揄う程度のことしかしてこなかった連中だ。
想像通り、喧嘩慣れはしていない様子で、数発殴ったら捨て台詞も無しに睨みながら去って行った。
「はっ、雑魚が」
「あ、あの……」
眼鏡は、ブルブルと震えながら立ち上がる。
別に善意で助けたわけじゃない。
俺が無視して去ろうとすると、震えながらに、俺の袖を掴んで止めた。
「これ、落としましたよ……」
眼鏡の震えた手には、俺が喧嘩中に落としたであろうバッジが握られていた。
「お、おう……すまねぇな……」
そっと受け取り、再び去ろうとするが。
「そのバッジ……。君も、“幽玄高校” なんだね! 僕もこの春から新一年生なんだ!」
その言葉に、俺は振り返る。
俺の落としたバッジは、この春から新しく入学する幽玄高校の証のバッジだった。
そして、その色から、同い年だと判断したらしい。
でも、
「てめぇ、俺は善意でお前を助けたわけじゃねぇ。同じ学校だからって、話し掛けてくんじゃねぇぞ」
その後も、何かゴチャゴチャ言っているようだったが、俺は知らぬ顔をしてその場を後にした。
「やあ、待ってたよ。君が、“鬼塚侑” くん、だね?」
門の前で水やりをしていた爽やかな好青年の姿に、俺は少しドキリと身構える。
「さあ、入ってよ! ご馳走も用意してあるんだ!」
何故ならここは……。
「ようこそ! “芦屋組” へ!」
指定暴力団、芦屋組の本家お屋敷だからだ。
俺は、青年に案内されながら、屋敷内へと上がる。
そして、いきなりご馳走の並ぶ部屋に通された。
「あの……頭にご挨拶とかは……?」
「あぁ……。ウチはそういう堅苦しいのはないんだよ。もう少ししたら、人も集まるはずだ。あ、自己紹介がまだだったね! 俺は若頭補佐の北上結弦だ!」
この見るからに好青年で、暴力団なんかとまるで縁もないような男が……若頭補佐なのか……?
戸惑いながらも、俺は小さく「うす……」と返した。
その内、段々と柄の悪い連中がやんや賑わいながら入って来ては、皆明るく俺と握手してから席に着いた。
食事中も、口喧嘩が始まったり、腕相撲大会や、酒の飲み比べで、騒がしい歓迎会を催された。
しかし、その場には、頭の姿も若頭の姿もなかった。
「はぁ……。疲れるな……」
慣れない人の賑わいに、トイレと脱げ出し外に出る。
「ここは……星が綺麗だな……」
「そうだろ?」
「え……?」
空を覗いていると、遠くから声が聞こえる。
白髪に、小柄な少年だった。
学生鞄を持って、恐らくは塾か何かの下校中に思われるその少年は、俺を見るなりニコッと微笑んだ。
「こんばんは」
「あ、こ、こんばんは……」
ふと見ただけじゃ分からなかったが、声を交わしてみて俺は感じ取れてしまった。
その瞬間、屋敷の中からバタバタと物音が鳴り響き、宴真っ只中だった連中がこぞって外に出てきた。
「お帰りなさい!! ”若頭” !!」
そして、軍隊のように声を合わせ、揃って頭を下げる。
「そういうの、いいって……。近所迷惑だし……」
見た目とのギャップにも驚かされたが……コイツ……。
「それに、今日の主役は彼……侑くん、でしょ?」
そうしてまた、ニコリと俺を見て微笑んだ。
コイツ……俺と同じ、“紅い眼” をしている……!
それが俺、鬼塚侑と、指定暴力団 芦屋組の出会いだった。