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朝。空は晴れていた。けれど、気配だけが昨日と違っていた。
霧の帰り道のことを、まだ引きずっていたのかもしれない。
あの静けさ、白くかすんだ光景。
誰もいないはずなのに、すぐそばに“誰か”がいたような錯覚。
そんな気持ちを胸の奥に残したまま、教室の扉を開けたときだった。
「おはよう」
それは、すぐそこの席から聞こえた声。
初めて会話したわけではない。
同じクラスの誰か。
名前は知っている。でも、これまで特に関わりはなかった。
ただ――その瞬間。
風のない教室で、菫が揺れたような気がした。
声のトーン。
まぶしすぎない微笑み。
視線が、一瞬だけ合って、すぐ逸れる――
でも、やわらかくて、尖っていない。
胸の奥が、わずかにきゅっとなった。
(……似てる)
夢の中にいた、あの子に。
顔じゃない。名前でもない。
でも、同じ感覚を、確かにこの胸が覚えていた。
声をかけようかと思った。
でも、言葉がうまく出てこなかった。
その人はすぐに友達に呼ばれ、席を立って行った。
残されたのは、なぜか深く残る香りのような気配。
(……あの子、だったのか?)
それとも、ただの偶然?
夢に引きずられて、勝手に重ねただけ?
わからなかった。
でも、もう一度話してみたいと思った。
あのとき夢の中で言えなかったことを、
今度は現実で、言える気がしたから。