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部屋には美琴の気配がもうない。
残された太宰は、俯いたまま動かなかった。
彼の手はまだ、燈の頬に触れた感触を覚えている。
けれど心に刻まれていたのは、あのときの美琴の泣きそうな瞳だった。
足音ひとつしない静寂の中で、太宰は独り言のように呟いた。
「……美琴のためなら、私は……」
言葉に詰まり、拳を強く握る。
「たとえ地獄に落ちようと、魂を売ろうと……構わなかった」
それが、自分の選んだ“答え”だった。
間違っていたのかもしれない。
だが、あの時、美琴を目覚めさせるために必要だと信じた。
「美琴が目を覚まさないまま、燈に囚われて……二度と戻れなくなるくらいなら」
声が震える。
もう誰にも届かないとわかっていても、言葉が止まらなかった。
「……接吻の一つで、お前を取り戻せるなら、何度だってしてやる……!」
唇を噛み締めながら、彼は床を拳で叩く。
感情がどうしようもなく溢れてきて、涙のような声になってこぼれた。
「でも……っ、守るって、そういうことじゃなかったんだよな……美琴」
わかっていた。
彼女が求めていたのは、そんな“犠牲の上に成り立つ救い”なんかじゃない。
信じること。
寄り添うこと。
それが、ただ欲しかっただけだったのだ。
だが――
「……守りたかったのだよ。私には、それしかなかったんだ……!」
思い出す。
眠り続けていた美琴の、穏やかな寝顔。
冷たく
「……もう一度だけでいい。ちゃんと……もう一度だけ、お前の目を見て、話をさせてくれ」
夜は深く、長い。
だが太宰の中には、まだ消えていない小さな希望があった。
彼女の心に刻まれた傷は深い。
だが、それでも――
「私は、美琴のために……もう一度、生き直すよ」
窓の外に浮かぶ月が、どこか哀しげに輝いていた。