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橘靖竜
その年の秋。 コルティア国王の即位10周年を祝う式典の日がやって来た。
国中がこの日を待ちわび、盛大なパレードをひと目見ようと、朝から大勢の国民が大通りに集まっている。
スナイデル王国からも、お祝いの品がたくさん届けられていた。
フィル達王太子一家も、パレードに参列する為に朝から支度を整えていた。
フィルはロイヤルブルーの軍服。
クリスティーナは国花のバラをイメージした深紅のドレス。
アレックスとマックスは、スーツにネクタイ。
フローリアは、真っ白なセーラーワンピースに赤いリボン。
それぞれ着替えを終えて髪型も整えると、大階段を下りて王宮のエントランスに向かう。
「まあ!なんて素敵なのかしら」
エントランスに見送りに来ていたリリアンが、頬に手をやってうっとりと五人に見惚れる。
「おおー、ほんとだ。輝かしいロイヤルファミリーだな。これは国民も総立ちで喜びそうだ」
アンドレアも目を細めて頷く。
「リリアン、俺達も早く子どもが欲しいね」
「あら、アンドレア様。しばらくは二人で新婚生活を楽しみたいっておっしゃってたのに?」
「ああ。リリーと俺の可愛い子どもに早く会いたくなったよ。ね?いいだろ?早く作ろう」
「アンドレア様ったら…」
クリスティーナは、んんっ!と咳払いをしてから、リリアンに声をかける。
「それじゃあ、リリアン。行ってくるわね」
「ええ。お気をつけてね」
「ありがとう」
フローリアも
「リリーおねえさま、いってきます」
と手を振る。
「行ってらっしゃい、可愛いプリンセス」
フローリアは、ふふっとリリアンに笑ってからフワリとスカートを翻して、クリスティーナと手を繋いだ。
*****
「国王陛下、おめでとうございます!」
大通りを埋め尽くす国民に、国王と王妃がオープン型の馬車から笑顔で手を振る。
豪華な馬車を近衛隊が取り囲み、ゆっくりと歓声の中を進んでいく。
そのあとにフィルとクリスティーナの乗った馬車が見えると、国民はより一層の歓声を上げた。
「フィリックス様、クリスティーナ様!」
「きゃー!なんてお美しい」
「あ、今私と目が合ったわ!」
「違うわよ。私を見て笑ってくださったのよ」
押すな押すなと沿道の人達は、少しでも二人の姿を見たいと身を乗り出す。
フィルもクリスティーナも、笑顔で一人一人に手を振っていた。
ため息と共に二人の馬車を見送った人達は、次に見えてきた馬車に更に黄色い歓声を上げる。
「ひゃー!お子様達よ。なんて可愛らしいのかしら」
「アレックス様はもう6才なのよね。すっかり凛々しくなられて」
「フローリア様はお手振りも品があってお上手ね」
「マックス様、とってもキュート!」
皆はワイワイと盛り上がり、目からハートマークが出そうなほど子ども達にメロメロになっていた。
一行の馬車は大通りの端まで来ると、大きく右に曲がる。
そこから凱旋広場を横切り、また右に曲がって王宮へと戻れば、パレードは終了だ。
そのあとはロイヤルファミリーがずらりと王宮のバルコニーに並んで、ファンファーレや祝砲、花火などで祝う式典がある。
空は雲一つない秋晴れ。
爽やかなそよ風が吹き、人々の笑顔を見ながら、クリスティーナも幸せな気持ちを噛みしめていた。
その時だった。
「うわっ!」
すぐ後ろの子ども達を乗せた馬車から、ヒヒーン!という馬のいななきと、御者の驚く声が聞こえてきた。
何事かと振り返ったフィルとクリスティーナは、次の瞬間一気に青ざめる。
馬車の前に飛び出して来たらしい子犬に驚いて、馬が前足を高く上げていた。
御者がなんとか手綱をさばいて落ち着かせ、馬が前足を下ろした時、今度は子犬を追いかけて小さな男の子が飛び出して来た。
「危ない!」
誰もがそう叫び、御者が大きく手綱を引く。
フィルは馬車から飛び降り、男の子に駆け寄ると、素早く抱きかかえて馬から遠ざけた。
「申し訳ありません!ありがとうございます、王太子様」
母親が慌てて駆け寄り、男の子と子犬を抱きしめてフィルに頭を下げる。
フィルが頬を緩めて男の子の頭をなでた時だった。
「キャー!!」
一斉に悲鳴が上がり、子ども達の馬車を振り返ったフィルは、再び血の気が引いた。
驚いて興奮状態になった馬が暴れ、御者を地面に振り落とすと、そのままの勢いで林の中に向かって走り出したのだ。
「アレックス!フローリア!マックス!」
「おとうさま!」
暴走する馬車に向かって叫ぶと、フローリアの悲痛な声が聞こえてきた。
すぐにあとを追いかけようとする近衛隊の馬を止め、フィルが代わりに跨がって一気にスピードを上げた。
「みんな!しっかり掴まってるんだ!」
追いかけながら、フィルは子ども達に大声で叫ぶ。
「おとうさま!おとうさま!」
「フローリア、大丈夫だ。すぐに助ける!アレックス、フローリアとマックスを頼む!」
「はい!」
フローリアは泣きながら必死に馬車に掴まり、アレックスは唇を引き結んで、ワンワン泣きじゃくるマックスを抱きしめている。
フィルは馬車を追い越し、暴走している馬に近づくと、手綱に片手を伸ばした。
「くそ、あと少し…」
半分馬から身を投げ出すようにしながら、なんとか暴走する馬の手綱を握った時、目の前に広がっているはずの木々が突然開けた。
(崖だ!)
そう思うが先に、フィルは渾身の力で暴走する馬の手綱を引いた。
「ヒヒーン!」
馬がいななき、前足を上げてからようやく動きを止める。
だが、突然止まった馬に対して、馬車は遠心力に振られて大きく前方に弧を描いた。
その先に広がるのは、林ではなく……
「キャーー!!」
フローリアが叫び、フィルはあまりの光景に息を呑む。
子ども達が乗っている馬車は、崖の縁ギリギリで止まったのだが、片方の後輪がガタン!と縁から落ちたのだ。
しかも馬との連結部分が外れ、更にはギシッと音を立てながら、少しずつ傾いていく。
「掴まって!」
フィルは自分の馬を近づけると、身体をこれ以上ないほど横に倒して子ども達に手を差し伸べた。
アレックスはマックスを抱き上げると、フィルの方に腕を伸ばす。
フィルは片手でマックスを抱き、馬に跨らせた。
続いてアレックスは、恐怖に涙をこぼすフローリアの手を取り、フィルに引き渡す。
「いいぞ」
フィルはアレックスに頷き、フローリアを抱き上げた。
「フィル!みんな!」
ちょうどその時、クリスティーナが馬を駆って追いついてきた。
「クリス、二人を!」
「ええ!」
クリスティーナはフィルから、マックスとフローリアを預かる。
「アレックス、おいで」
最後にフィルがアレックスに手を伸ばした。
頷いたアレックスが一歩前に足を踏み出した時、ギーッと馬車が音を立てて傾いたかと思うと、残っていたもう片方の後輪もガタン!と崖の縁に落ちる。
フィルとクリスティーナは、ハッと息を呑んで身体を固くした。
馬車は少しずつ少しずつ、後ろに引っ張られるようにして傾いていく。
「アレックス、早く手を!」
フィルが声をかけるが、アレックスは恐怖で身体がすくみ、全く動けずにいる。
「アレックス、今行く!」
そう言ってフィルが左足だけあぶみに載せたまま、右足を馬から下ろして馬車の中に踏み入れた。
だが、更にガクンと馬車が後ろに下がり、フィルは慌てて足を戻す。
(くそっ、どうすれば…)
考えている暇はない。
一か八かもう一度足を踏み入れ、一気にアレックスの腕を掴むしかない。
(アレックスは必ず助ける。俺の命に代えても)
そう覚悟を決めた時、慌ただしい馬の足音がして、ハリスとオーウェンが駆けつけた。
「お父様、二人を!」
クリスティーナはすぐさまマックスとフローリアをハリスに預けると、手綱をさばいてフィルのすぐ横に自分の馬を寄せた。
「フィル、私が手綱を」
「ああ」
クリスティーナが自分の馬とフィルの馬、両方の手綱をしっかりと握り、フィルは馬の鞍を左手で握ったまま、右手をアレックスに伸ばす。
「アレックス、合図したら大きく前に踏み出して手を伸ばすんだ。いいか?」
フィルの言葉にアレックスは身体を固くしたまま、無理だと言わんばかりに首を横に振る。
恐怖で声も出ないほど怯えていた。
「大丈夫だ、アレックス。父さんを信じろ。必ず助けるから」
じっとアレックスを見つめて大きく頷くと、アレックスもフィルに小さく頷いた。
「よし、行くぞ。いちにの、さん!」
フィルが再び右足を馬車に載せるのと同時に、アレックスは大きく前に一歩踏み出した。
フィルも目一杯手を伸ばしてアレックスの手を掴む。
すると、ギーッときしむ音を立てながら、馬車が一気に崖へと落ち始めた。
「アレックス!」
フィルは片手でしっかりとアレックスを抱きかかえると、右足を馬車から浮かせる。
その下をかすめるようにしながら、馬車は崖に吸い込まれるように落ちていった。
クリスティーナがグッと手綱を引いて馬を崖から遠ざけ、フィルとアレックスが無事に地面に足を下ろした時、馬車が崖下に叩きつけられる凄まじい音が響いた。
「アレックス、よくやった。さすがは父さんと母さんの息子だ」
フィルはしっかりとアレックスを抱きしめて、何度も頭をなでる。
アレックスはフィルの胸に顔をうずめて、必死に涙をこらえていた。
「アレックス!えらかったわね」
クリスティーナも馬から降りると、アレックスをギュッと抱きしめた。
「おとうさま!おかあさま!」
「とーたん、あーたん」
フローリアとマックスも懸命に駆け寄ってきて、フィルとクリスティーナに抱きつく。
フィルは大きな腕で皆を抱きしめると、輝くような笑顔で声をかけた。
「良かった、みんな無事で。本当に良かった」
「ええ、本当に」
クリスティーナも涙をこらえて、子ども達に笑ってみせた。
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