テラーノベル
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🌩️誕生日の記念に書いたつもりなのですが、到底お祝いとは程遠い雰囲気になってしまいました。
本人達はピンピンしていますが、真面目に死の話をしているので注意。
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「──あれ、今日の主役がこんなところに来ていいの?」
現在、絶賛お誕生日会を開いている最中のアジト──のキッチンの換気扇の下で煙草を吸っていると、当の本人であるリトくんが顔を出した。
『本日の主役』と書かれたいかにもなタスキと、バースデーハットと言うんだろうか? 三角コーンのようなキラキラの帽子を被った、そのあまりにも浮かれ切った姿に思わず笑ってしまう。リトくんは帽子の顎紐を外しながら「お前らが付けさせたんだろ」とこちらを睨むが、「きみだって結構ノリノリだったじゃん」と反論した。
どうやら水を飲みに来ただけのようで、リトくん冷蔵庫から出したミネラルウォーターに口を付けつつ、灰皿にまるで剣山のように刺さった吸い殻を見て苦笑いをする。
「……それ何本目だよ? お前いつか身体ぶっ壊すからな」
「はは、……良いじゃない、これで寿命が縮まってくれるわけでもないし」
指先で弾いて灰を落としつつ独り言のように呟くと、リトくんはばつが悪そうに目を背けた。
……しまったな、言葉選びをミスってしまったらしい。そりゃそうか、今日記念すべき誕生日を迎えた人に歳を取れない人間の自虐は少々不適切だな。
「あー……ごめん」
「いや、こっちの方こそ、なんか……変なこと言っちゃってごめんね。せっかくのおめでたい日なのに……」
「……いや、……」
そう言ったきり、リトくんは何かを口籠ったまま黙り込んでしまった。何か言いづらいことでもあるんだろうか?
経験上、こういうときは変に催促したりせず素直に待った方がいい。そうでもしないと、僕に負けず劣らず気遣いしいなリトくんは「やっぱ何でもない」なんて言って口を閉ざしてしまうから。
僕は何も言わずに煙草を咥え、すぅっと軽く息を吸う。先端がぼうと赤く光り、薄暗いキッチンの隅に小さな明かりを灯す。
「…………──あ、のさ。……テツには……テツにだけ、言っとこうと思ったんだけど」
「……え、何? 他のみんなにも言えないやつ?」
「あー、うん。……まだ、な」
何やら深刻そうな雰囲気に火を消そうとすると、片手で制されてしまった。「そんな真面目に聞かれても困るから」なんてはぐらかすけど、そうは言ったってきみ、そんな思い詰めた表情をしている人の前でパカパカ吸ったりできないよ、僕。
一応火だけ消さずに灰皿へと置いておき、改めてリトくんの方へと向き直る。
「……それで? 僕にだけ話しとかなきゃいけないようなことって何?」
「うん、実は、なんだけどさ。……誕生日迎えといてなんだけど、ちょっと複雑っていうか──俺も、テツとほぼおんなじ感じになっちゃったっていうか」
「…………どういうこと」
「や、だから……この身体、もうあんま歳取ったり、できないっぽいんだよね」
あくまで明るく振る舞おうとへらりと言ってみせるリトくんに、僕はぐにゃりと世界が歪んでいくような錯覚をする。
──何だって? リトくんがもう、歳を取れない? 目眩すら覚えるような絶望に、思わず己の呪われた身体を抱きしめる。
僕が21歳から歳を取れなくなったのは、ヒーローになる前に敵組織から与えられたギフト、及び半不老不死の呪いのせいだ。
呪いという不安定なものに頼っているせいでいつまでも見習いから昇格できないが、正直この体質のおかげで適性デバイスが見つかってヒーローになれたと言っても過言じゃない。それでもやはり周りの人間に置いていかれたままたった1人で悠久の時を過ごなければならないというのは寂しいし、悲しいし、辛いものだ。
──そんな気持ちを、きみに味わわせることになるなんて。
「な、なんで? リトくんも呪いを受けたの? 僕に呪いをかけたあの組織は、まだどこかにいるってこと?」
「あ、いや──呪い……呪い、か。……それで合ってるのかもしんないけど、多分お前が思ってるようなやつじゃないよ」
「……詳しく説明して」
取り乱す僕を落ち着かせようとしてか、リトくんは優しく嗜めるような声色で言う。
これが落ち着いていられるかよ。きみ、本当に分かってるのか? 自分ひとりだけが置いてけぼりにされるってのがどういうことか。みんなが順調に人生を進めていく中、後にも先にも行けず、時間の牢獄から抜け出せない苦しみがどんなものか。
今にも掴みかかりそうな僕にぽりぽり頭を掻きながら、リトくんは続ける。
「……デバイスの影響なんだってさ。デバイスっつっても、俺の場合──キリンちゃんじゃん。ああいう超自然的な存在に頼りすぎたせいで、そのー……融合しかけちゃって、人の時間から外れちゃってる、みたいな」
「……何だよ、それ。本部の人に言われたの? そんなこと。……おかしいじゃん。ヒーローになったせいで、本部にそう指示されたせいでリトくんはキリンちゃんに頼らざるを得なかったのに。事前にも何にも知らされてないのに? なんで今更──……」
「──だから、落ち着けって」
ぽん、と肩に手を置かれて僕ははっと我に返る。こんなこと本人に言ったってどうにもならないし、何より彼は今日誕生日なのだ。こんなふうに詰められるためにそれを告白したわけじゃないだろう。──じゃあ、何のために?
リトくんの顔を見上げると、彼はちょっと困ったようにすこぶる穏やかな瞳をしていて、より一層胸がざわつく。
そんな──神さまみたいな顔するなよ。きみは神なんかじゃなくてヒーローで、その前にただの人間じゃないか。
「……ごめんって。そんなに怒ると思ってなかったんだよ。俺はただ……安心してほしくてさ」
「は……?」
「だから、ほら……ひとりじゃなくなるだろ。俺がいれば、テツも」
一瞬、どういう意味か分からなくて思考が停止する。続いて嬉しさと怒りがない混ぜになったような複雑な感情がぐっとこみ上げて、何も言えなくなって唇を噛んだ。
リトくんは水をひと口飲んで、ペットボトルを僕に手渡す。「吸うと喉乾くんだろ」とか、きみは吸ったことなんて無いくせに。
「──正確にはさ、肉体の老化が止まるってことらしいんだよ。そのうち代謝の質が悪くなったりはするかもだけど、それは老化じゃなくて劣化だって。……はは、なんか、機械みたいだよな」
「……笑えないからな」
「怒んなよ。……そんでさ、こっからが本題なんだけど。……ああ、だめだ。どう言ってもお前に怒られそー……」
声のトーンを少し低くして、リトくんはまた言い淀んでしまう。まず兎にも角にも情報を聞き出したい僕は、渡されたペットボトルに口をつけながら「怒らないよ」とてんで守る気もない約束をした。
残機を使いすぎる僕に説教をする時のリトくんも、いつもこんな気持ちなんだろうか。
「じゃあね? 言うけど、マジで怒んないでよ?」
「……うん」
「……そんで、つまり俺はキリンちゃんの力で不老にはなったわけだけど、不死ってわけじゃねえんだって。本来歳を取らないで劣化してくだけのところを、ウチの国の技術で何とか持ち堪えさせてる状態で…………だから、いつ『限界』が来るのか分かんないらしくってさ」
「…………」
「それは何十年後かもしれないし、もしかしたら何百年後……とかになるかもしれないんだと。それまで俺は、生命維持のためにもヒーローやめらんねえらしい。……生涯現役ってやつだよな、ある意味」
そう言う声は震えていて、僕は彼の顔を見られないから、それがどんな感情によるものなのか分からなかった。
──『限界』。つまり、リトくんはいつ寿命が来るかも分からない状態だということだ。
あまりに突然のことすぎて感情が追いつかず、ただ底冷えする体温を感じながら手元を見つめることしかできない。重たい沈黙に包まれたキッチンの隅で、換気扇の回る音だけが耳障りなほど響いている。
僕は何か言おうとして口を開いて、何も思いつかずにまた閉じた。この期に及んで自分の感情を一切語ろうとしないきみに何かを伝えなくちゃならないのに、その何かが全然思いつかない。そうして何度か意味もなく口をはくはく動かして、まだ何も出てきていないけれど、とにかく沈黙に耐えられなくて声を発した。
「……──きみは、」
「……うん」
「…………きみは、……なんでそれを、僕にだけ言ったの」
「それは……」
リトくんは三度言葉に詰まって、案外それは早くに破られた。
「テツの呪いはさ、まだ解呪方法とか分かってないんだろ?」
「ああ、まぁ……そうだね」
「……だから、テツには悪いけど──俺を看取ってくれんなら、テツがいいなって」
あのリトくんとは思えないほど小さな声で彼は呟く。指先で帽子の顎紐を弄りながら、大きな背中を丸めて縮こまりながら。
「……僕の呪いが先に解けちゃったら? その時はどうすんの」
「その時はもちろん、俺がお前を看取るよ。どっちにしろ俺らは、どうせお互いの最期の瞬間を見ることになるんだろうしさ」
「…………、」
僕の呪いはとても複雑で、東の国と西の国の合同研究チームが立ち上がるほど解呪が困難なものらしい。ただ1つ分かっているのは、この呪いは魂に絡みついてしまっており、解けた後の健康状態や寿命に関しては保証できないというものだった。
超自然的な力で前借りしている寿命を科学の力で延命しているリトくんと、妖術や科学を持ってしても解けない呪いによって半永久的に歳を取れない僕。共通しているのは、どちらも『限界』が来れば抗う間もなく命を失ってしまうということ。
……ああ、僕らはずっと、出会う前から似た者同士だったわけだ。全然嬉しくないけれど。
僕はやり切れない気持ちを少しでも振り払いたくて、ペットボトルに残った水を飲み干す。当然それだけでどうにかなるはずもなく、勢い余ってペットボトルをぐしゃりと潰してしまった。
リトくんは何も言わず、ただ僕の返事を待っている。
「──そんなこと言ったって、きみが僕よりずっと早くに死んじゃったらどうするんだよ。僕は呪いも解けないで、きみのことを何年も何年も引きずったまま、永遠に生きろって言うのか……!?」
「ッ…………」
約束を破って怒りを露わにしながら睨みつけたって、リトくんはやっぱり何も言わずに苦しそうな顔をするだけだった。
ああ、僕はどうするつもりなんだろう。こんなこと言っちゃったら、僕がきみに特別な感情を向けているってバレちゃうかもしれないのに。
リトくんは目を逸らしたまま口を開いて、ゆっくり、ため息を吐くように言葉を紡いだ。
「……怖いんだよ。死ぬのもそうだけど、その後誰かに忘れられるのが──だから、お前には、引きずって欲しい。俺のこと思い出して、もういないことを悲しんで、ぐちゃぐちゃになって欲しい。……俺も多分、お前が死んだらそうなるし」
そう言っていきなり体をこちらに向けるので僕は思わず後退りする。けれど背中の後ろには壁があって、その巨躯を押し退けることもできず、呆気なく追い詰められてしまった。
水色とオレンジの瞳が、悲しげにゆらりと揺れる。
「……ごめんな、これも多分、俺からの呪いになるんだと思うけど。……俺を看取って、ずっと忘れないでいてくれよ。俺も、お前が死んだらそうするから」
「…………、」
……ずるいな、きみは。僕が断れるわけないって、分かって言ってるんだ。
何だってわざわざこんな日にそんなこと言うんだよ、きみの誕生日なんだぞ、今日は。こんな日に約束されたら、……一生、忘れられるわけないじゃないか。
唇を噛んで何も言わない僕に、リトくんはもう一度「ごめん」と呟く。答えなんて聞かなくても分かっているんだろう。きみって本当に最低だ。
「お前の気持ちが落ち着くまで、俺もここにいるからさ。あんま長いこと席外すとあいつらも心配するし」
「……それで気遣ったつもり?」
「んーん。自己満足」
そこまで分かってて、言わないって選択肢はないんだな。胸の内に燻る想いを煙でうやむやにしようと、僕は火を着けっぱなしにしていた煙草を手を取る。吸い始めたてだったそれは放置しすぎたせいでほとんど灰になってしまっており、あともう二吸い分くらいしか残っていない。
「……ねえ。吸うけど、あっち行ってた方が良いんじゃないの? 煙なんてただでさえ身体に悪いんだからさ」
「いや……煙草くらいじゃもうどうにもなんねえと思う。健康診断の結果とか、一昨年くらいから何にも変わってねえし」
そんなに早く分かってたのに今まで黙ってたのかよ。減らず口を閉じるため煙草を咥え、先ほどより随分風味の劣ったそれを吸い込む。
リトくんはもはや見慣れたであろう煙を興味深そうに見つめ、意外なことを口にした。
「……なあ、それ。ひと口もらっていい?」
「は? ……いや、きみ嫌煙家でしょ。やめといた方がいいって」
「テツが嫌ならやめるけど……なんかさ、ほら、誕生日だし? 新しいことにチャレンジしてみてえじゃん」
「それが煙草なの……?」
何だか流されているような気がしないでもないけれど、誕生日の人にお願いされてしまっては仕方ないので短くなった煙草を彼の指に挟んでやる。
「……肺には入れないでおきなよ」
「え、肺に入れないってできんの? つかどうやって吸うの? どっちから吸えば良いんだっけ??」
「えーっとねぇ……こう、茶色い方を唇に挟んで歯で固定して〜……喉締めて吸って、口にだけ煙を入れる、みたいな……」
「ん……」
リトくんはフィルターを覗いて向きを確認すると、慣れない動きで口に咥える。チリ、と微かな音がして、先端が仄かに赤く光った。
……悔しいけど絵面がめちゃくちゃ様になるな。
ふわりと淡い煙を吐いて、リトくんは口から離した煙草をしげしげと見つめる。危なっかしいので火の消し方もレクチャーしてやり、灰皿へ押し付けるまでを見守ってやった。
「……うわ、吐いた後めっちゃ煙の匂いする。煙ってか、灰? これテツいなかったら思いっきり肺まで吸い込んでめっちゃ咽せてたわ……」
「だろうねぇ。俺も最初そうだったし」
初々しい反応を見せるリトくんに、なんだかんだ気分も落ち着いてきてしまった。くそ、全てはきみの思い通りってわけか。
換気扇を切って「さっさと戻るよ」と声をかける。リトくんは少し戸惑ったような素振りを見せながらも、大人しくついてくるようだった。
「……あのさ、テツが煙草吸うのってやっぱ、……そういう理由なの?」
「まさか。ただの趣味だよ。俺はできるだけ自分らしく長生きするつもりだからね、悪いけど」
「お? 望むところじゃねえか。……じゃあさ、競走しようぜ」
「競走?」
歩みを止めてリトくんの方を振り返る。
「そう、競走。俺とテツどっちが長く走れるか──もしくは、どっちが先にゴールするか」
「……それってどっちが勝ちなの?」
「んー……まぁ、勝ったと思った方が勝ちじゃね?」
「曖昧だなぁ」
随分ふわっとした対決をふっかけられて思わず苦笑する。リトくんは「勝負ってそういうもんだから」とわざとらしく言って笑い、僕も彼もいつもの調子を取り戻してきたようだった。
「じゃ、そういうことだから。今から大部屋まで競走な」
「え待ってどういうこと? それ聞いてな、ちょっ、待ってって!!」
そう言って突然ダッシュし出したリトくんの背中がどんどん遠くなる。つられて僕も走り出すけど、その差は一向に縮まらず開いていくばかりだった。
この廊下ってこんな長かったっけ? というかきみと違って順調に蝕まれてる喫煙者の肺をいじめないで欲しいんだけど。
ゼェゼェ言いながら後を着いていくので精一杯の僕を振り返って、リトくんが笑う。その笑顔があんまり無邪気なものだから僕は呆れてしまって、「さっきまで超絶シリアス顔してたのはどこの誰だよ」と呼吸に忙しい口の代わりに心の中で悪態をついた。
あーあ、待ってなんて言ったってどうせきみは待ってくれないんだ。だったら力づくで追いつくしかないけれど、それも今の僕じゃ無理がある。ハァ、と吐いた息が煙草臭くて、何だか妙に目に沁みた。
──一体僕は命の灯火をあと何本吹き消せば、きみのところへ追いつけるんだろうか。
コメント
5件
マジで内容とか言葉づかいとか良すぎます!ヒーローが亡くなった後のttとrtとrbが見てみたくなりました。
もう…さぁあああああああああ… なんでこんなん思いつくんすかぁ……??! 天才?いや、神??!? もうなんか内にある…なんかさぁ?! もう2人の気持ちがぐわわわっと!ねぇえ?!(押し切り) 今回もいい作品ありがとうございましたぁ…もう…なんか…いいっすねこれ…(語彙力喪失)