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アリアがギデオンに『異能の天球儀』を渡すと、彼は顔を崩して笑った。
「おう、おう! さすが嬢ちゃんだ!
それで、パスワードは?」
「はい、こちらに」
アリアはパスワードを書いた小さな紙を渡した。
ギデオンはそこに書いてある文字を見て、神妙な顔をする。
「……本当に、ギデオンさんを尊敬していたみたいですよ。
ただ、どこかでねじ曲がっちゃったんでしょうね」
「ちっ。……盗賊を辞めて、田舎に戻っちまったんだろォ?
仕方のねぇヤツだな……」
ギデオンは横を向いて、どこか寂しそうな顔を見せた。
「それで、これをどうするんですか?」
「ふふふっ。ここに持ってきちまったからには、使わねぇとなァ。
何しろ、油断すると看守が持っていっちまうかもしれねェし」
この魔導具が、もう少し小さければ……。この牢が、安全の確保されている場所であれば……。
そう考えはするものの、さすがにそれは今さらの話だ。
「この魔導具、使ったら用済みになります?」
「あん? もちろん俺は、ゲットした異能でこんな牢獄はおさらばするぞ?
そしたらまた、これを使って盗賊団を盛り上げてやらァ」
……つまりギデオンの盗賊団は、異能を持つ者が無制限に増えていってしまう……ということになる。
「おい、アリア。……大丈夫なのか?」
ザインが心配そうに、耳打ちをしてくる。
アリアとしても、それは堪ったものではない。
「うーん。あたしの目的も、その魔導具なんですよねぇ」
「こいつはやらねェぞ!?
ただ、嬢ちゃんには手伝ってもらったからな。金銀財宝なら、何でもくれてやらァ」
「おお、良かったな! ……あれ、良くはないか……」
ザインの言葉に、アリアは微妙な顔をする。
そして、そういえば……と、ザインに聞き返す。
「ちなみに情報屋は、そもそも何が目的だったっけ?」
「俺は借金返済が目的だから、金になれば何でも良いぞ!
……ちなみに親分、俺に分け前は?」
「おう! お前は盗賊団の幹部に取り立ててやるよ!」
「……え゛」
「良かったじゃん!」
「よくねぇよ!!」
「よくねェのか?」
ギデオンがひと睨みすると、ザインは笑顔で反応する。
「嬉しさ極まって変なことを言っちまいましたぁ!
もちろん、嬉しいですとも!!」
「だろォ!?」
明快な返事に、ギデオンは満足そうに笑った。
ザインも満足そう……に見えたが、アリアの方を向いて、不満そうな顔を見せつけていた。
「――逆に嬢ちゃんは、『異能の天球儀』が目的なのか?
それとも、何か異能が欲しいのか?」
「あたしは現物が欲しいんですけど……まぁ、難しそうですね。
ところで、ギデオンさんはどういう異能が欲しいのか、決まっているんですか?」
「おう! 俺はな……俺のルールを貫ける、そんな異能が欲しいんだよォ!」
「……ふむ。少し、概念的な話になりますね」
「まぁ、ふわっとしてるよな。だが、ふわっとしている方が応用が利くだろォ?」
「そういう面もあるし、逆に制約になる場合もあるかも……。まぁ、異能次第ですね」
「それにしても、異能って本当に付けられるものなんですね?
どうですか、今やってみませんか?」
「おう、そうだな。看守が来る前にさっさとやっちまうか。少なくとも、俺は異能が欲しいからなァ!」
それは現状では、とても良い選択だ。
魔導具を没収されて誰も異能を付けられなくなるより、最低でも、トップであるギデオンが異能を持っていれば、活動の幅は広がるのだから。
「それじゃ早速……。パスワードは覗くなよ?
まずは俺のパスワードを入れて……。えぇっと……こうして。……このあと、コンラッドのパスワードを……」
パスワードを入れ終わると、『異能の天球儀』は金色に輝いた。
ギデオンはそのまま手に取り、魔力を注いでみるが――しばらくすると、火がふっと消えるように、その輝きは失われてしまった。
「……あれ? もう、異能が手に入ったんですか?」
「いや……。このあと、強く光ると聞いていたんだが……」
「複雑そうな作りですし、壊れちゃったんですかねぇ」
しかし、『異能の天球儀』が上手く作動しないようにしたのは、アリア本人だった。
彼女は魔導具の知識を持ち合わせていた。しかし、それも完璧ではない。
異能の付与はできないようにしたが、他の機能と思われる部分は何もできなかった。
そのため、アリアとしてはさっさと回収したい気持ちがあった。
……本来であれば、入手後に牢獄に戻らなければ良かったのだが……情報屋が残されていたため、さすがにそれは止めたのだ。
「――くそっ! ガラクタじゃねぇか!!」
「それじゃ、あたしにくれませんか?」
「いやいや、それは無い。いわくつきの魔導具ではあるんだ。
それに、大聖堂と交渉するという手も――」
「……では、大聖堂と交渉しましょう。
はい! あたしが大聖堂の代表、アリアちゃんですよ」
「はぁ!?」
アリアはささっと『異能の天球儀』を奪い、1回転してからそれを掲げた。
軽やかな動きで、見る者をついつい引き込んでしまう。
「――……じゃん♪」
「じゃん、じゃねぇよ!?」
「この、良いから返せ――……って、またこれか!
何で嬢ちゃんには手を出せないんだよォ!?」
「そうだよ、何でなんだ!?」
何故かザインも、一緒になって聞いてくる。アリアはそんな彼を、微妙な顔で見つめた。
「これ、あたしの異能です。だからもう、取り返すことはできませんよ~」
「こ、これも異能なのか……。
……お前、いろいろと凄いのに、異能まで持ってるんだなぁ……」
ザインが感心したような、呆れたような、そんな表情を見せる。
ギデオンは怒りに身体を振るわせていたが、しばらくすると消沈して、地面に座った。
「……はぁ。これじゃ、強奪されたようなもんだぜェ……」
「まぁまぁ。『異能の天球儀』はお渡しできませんが、あたしが異能を与えることはできますよ」
「……え?」
「なに、お前。まだ凄い要素があるの?」
「まだまだ、たくさんあるよ?」
「そうか……。まだまだたくさんあるのか……」
さすがに慣れたもので、ザインはアリアの言葉をするっと流す。
実際に底知れないやつ……というのが、ザインのアリアに対する評価だった。
「――もう、今さら驚かねェよ。
それじゃ、俺に異能をくれねェか? もし本当だったら、『異能の天球儀』はくれてやるからよォ」
「いいんですか?」
「もう壊れてるし……。嬢ちゃんの話が嘘だったとしても、異能を付けるなんてのは、他じゃ聞いたことがねェからな」
「――ならば祝福を与えよう。
汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」
アリアはギデオンの額に指でそっと触れた。
ギデオンは目を閉じず、その指をじっと凝視している。
「――神の祝福はここに在り。
望みと共に、その魂から発芽せよ――」
ギデオンの鼓動が、身体に強く打ち付けられる。
流れる血は多くなり、全身を巡り、生まれた熱は周囲の空気に伝播する。
「あなたが手に入れたギフト――異能は、『因果調律』。
……へぇ、これは――」
「しゃらくせぇ名前だな!」
「確かに親分、『調律』ってガラじゃないですもんね!」
「何だとォ!?」
「異能の名前の方に、男らしさが足りないっすよ!!」
「おお、確かにな! それだよそれ、同感だァ!!」
「詩文は嗜んでるのに、その認識でいいの……?」
ギデオンとザインのやり取りに、アリアは少し呆れてしまう。
「――えぇっと。異能の効果は、本人なら分かるはずですが……どうですか?」
「ふむ……。これは、何だ。
いわゆる結果に干渉する異能……なのかァ?」
「結果に、干渉? つまりどういうことですか!?」
「くくくっ、なら試してやろう。ちょっと俺のことを殴ってみなァ?」
「え、いいんですか?」
「おう! 全力で、顔面のど真ん中に来いッ!! 手は抜かないでいいぞ!」
「よく分かりませんが、分かりました! では――うおりゃぁ!! ギャァアアアー!!」
ザインがギデオンの顔面を殴ると、そのままザインの顔面が凹んで吹き飛ばされた。
少し離れた場所にザインは飛ばされたが、ギデオンは無傷で立っている。
「へへへっ。
普通なら、『俺が殴られる』という行動に対して、『俺がダメージを受ける』……という結果があるだろォ?
その結果を『俺を殴ったヤツがダメージを受ける』という風に変えたのさァ!!」
「え、えぇ……? それって、強すぎじゃないですか……?」
「うーん、これは強すぎだねぇ」
とはいえ、このような概念系の異能は完璧ではない。
例えば『自分が殴られたら、世界が滅びる』などの極端なことはできないし、本来の結果を大きく変えることはできない。
今回でいえば、ダメージを受ける対象が変わった……という、ただそれだけなのだ。
「こうなれば、もう嬢ちゃんには負けないぜェ?
俺は勝てもしねェが、負けもしねェ!」
「確かにそうですねぇ。ただ、あたしはもうここには用事が無いので。
約束通り、『異能の天球儀』はもらっていきますからね♪」
「……くそっ。しかし今なら――」
「親分、引くべきときは引くべきですよ! コイツ、俺でも制御できないですもん」
ギデオンは諦めの悪いところを見せかけたが、ザインの言葉を仕方なさそうに聞き入れた。
「――ちっ、仕方ねぇ。こうなったら、盗賊稼業で挽回するしかねェか。
そこが落としどころだよなァ? 俺はもう嬢ちゃんに干渉しないし、嬢ちゃんもそうだろォ?」
「はい。距離があれば、ギデオンさんの異能は、あたしには影響しないでしょうし」
「え? ……それでいいの?
親分の盗賊団、大活躍しちゃうよ……?」
「いいんじゃない? 情報屋もそこのメンバーになるんだから」
「おう! 一緒に最高の盗賊団を目指そうぜェ!!?」
「え、ええぇえぇー……」
かくしてここに、大団円が訪れた――
……が、それは一瞬で崩れ去った。
「アンターっ!!」
「げっ、ヴィクトリア!?」
突然、ヴィクトリアが現れた。
牢の鍵を開けて、颯爽と入って――そして、ギデオンに抱き着いた。
毛布に包まっていた他の囚人たちも、何事かと思って起き上がり出す。
「な、何でここに!?」
「あら、アリアさんも久し振り!
お堅い看守はダメだったから、新人の看守を落として……。それで、出してもらったのよ~♪」
アリアは先日祝福したクリストフを思い浮かべた。
きっと彼とは別の看守が、ヴィクトリアの毒牙に掛かってしまったのだろう。
「――それもこれも、アンタに会いたかったからさ!」
「ちょ、ちょっと待て……! 俺とお前は、もう終わった仲だろォ!?」
「何を言ってるんだい? そんなわけ、ないじゃないか? いつの間に、そんな話に――
……そうだ、アンタの好きな耳元での囁き……。アタシ、凄くなったのよ♪」
ギデオンは、ヴィクトリアを何とか振り払った。
そして思い掛けず、ヴィクトリアの身体がアリアに当たる。
「にゃんっ!?」
アリアの異能の『対象化拒否』は、当てる意図を持ったものは拒否できるが、偶然に当たるものは、しっかりと当たってしまう。
そして今、その衝撃で……アリアの手から、『異能の天球儀』が宙に零れた。
ギデオンは、とっさにそれを受け止めた。
そしてそこに、ヴィクトリアがギデオンに抱き着いていく――
「――くそ、離れろ! 俺の異能『因果調律』で距離を――」
「――離さないで!? アタシの異能『魂の囁き』でアンタを――」
――2つの異能が発動した。
1つは距離を遠ざけるため。1つは距離を近付けるため。
ある意味で相反する異能の能力が、間近な距離で交錯する。
そしてその中央にあるのは、未だに謎の多い魔導具、『異能の天球儀』――
――キイイイイイイィイイインッ!!!!
「――きゃぁっ!?」
「うおぉ、耳が――」
「うぉっ、俺の身体がァ――」
「あ、アタシの身体が――」
つんざくような異音の中、アリアは咄嗟に、地面に落ちた『異能の天球儀』を拾った。
しかし目の前で、ギデオンとヴィクトリアの身体を中心にして、周囲の石畳や壁、檻の格子が巻き込まれていく。
……そして彼らの姿は、すぐに見えなくなってしまった。
「な、なんだ!? おい、アリア!これは一体――」
「異能が暴走した……?
本来ならあり得ない。でも、これの引き金になったのは――」
アリアは両手に抱える『異能の天球儀』を見た。
この魔導具の能力は、まだ全てを解析できていない。
異能という難しいものを扱い、それにしては作りが荒く、劣悪な品質……というのが、アリアの所感だった。
ただ、それにしても、まさかこんなことが起こるだなんて――
……アリアは目の前で巨大になりつつある化け物を見上げた。
果たしてこれは、魔物なのか。人間の成れの果てなのか。
囚人たちの目の前で、無機質なその外見は何も語ることはなかった。
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