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商人のカーティスは、惨状を目の当たりにして溜息をついた。
そもそもこの街は、大きな牢獄があるため、周辺の街からは敬遠されていた。
そして今や、見たこともない魔物が急に現れたということで、様々な噂や憶測が飛び交っているのだ。
「……ふむ」
カーティスはメガネをくいっと上げた。
彼は教会の中の階段を上り、小さな窓から身を乗り出して外を見ている。
本来ここは時計の管理をするための場所だが、特別に入るのを許してもらっていた。
何より、今の状況をこの目で見ておきたい――そう思ったのだ。
……彼の目には、ヒトデというか、タコというか、そんな巨大な魔物が映っていた。
中心がこんもりと盛り上がっており、そこからいくつものツタ……いや、触手が長く長く伸びている。
驚愕に値するその大きさは、元々あった牢獄という施設を、丸々と飲み込むほどだった。
生物という印象はまるで受けず、言ってみれば、全体が牢獄の建材で作られたゴーレム……というのが適切だろうか。
「これでは、武器は通らないだろうな。
火を放っても……大したことにはならないか」
街を歩く人影はほとんど見えない。
牢獄のあった場所に近付かなければまだ安全だとはいえ、正体不明の魔物は存在するだけでも恐ろしい。
また、牢獄にいた囚人たちも街に散ってしまったということで、治安の急激な悪化も懸念されていた。
「はぁ……。ぼやいていても、仕方がないか」
カーティスは窓を閉めて、階段を下りていった。
「――シスター、無理を言ってすいませんでした」
「いえ、ご苦労様です。……街中に魔物が現れるだなんて、本当に恐ろしいことです……」
「私も見たことがない魔物でした。幸いなことに、動きはあまり無いようですが……」
「それでも、少しずつ大きくなっているそうなんです。このままでは、いずれはこの街も……」
シスターは手で顔を覆い、泣き出してしまった。
カーティスは彼女の肩にそっと触れて、優しく声を掛ける。
「私もこの街の出身なんです。できることは、全てやりますので……」
シスターを励ましている中、カーティスは見慣れぬ姿を見かけた。
「あの神職者の方は、見覚えがありませんね。早速、応援にきて下さったのですか?」
「いえ、偶然この街にいらしていたそうで。驚いたことに、大聖堂の方だそうですよ」
「ほう、大聖堂の……」
その神職者は、アリアだった。
アリアは奥の部屋に入っていき、しばらくすると、しおしおと姿を現して教会を出ていった。
「あそこの部屋には、何が?」
「連絡用の水晶がある部屋ですね。大聖堂と、積極的に連絡を取って頂いているようで」
「さすがは大聖堂、動きが速い……。
ずいぶん元気がないようでしたが、きっとお疲れなんでしょうね」
カーティスはアリアの表情を思い出して、そう漏らした。
そうだ、あとで陣中見舞いを持っていっても良いかもしれない……とも思った。
「それにしても、この街の騎士団はだらしない。最低限の救助しか、してないじゃないですか」
「まぁ、そう仰らずに。誰も、あんな魔物の対応方法なんて分からないものでしょう?」
確かに、あの魔物に関して言えば、どこを叩けば良いのかすら分からない。
しかし、それでも対応するスペシャリストであるべきだ。
カーティスの様子を見かねたシスターは、優しく諭すように言った。
「それでも、信じないと。団長は、あなたの親友なんでしょう?」
「……昔の話です。あんなやつ、親友ではないですよ」
カーティスはシスターに別れを告げて、教会を出ていった。
彼は自分の商店を構えている。しかし、3人ほどいた従業員は、魔物を恐れて全員逃げてしまった。
彼らはこの街の出身ではない。だから、自分と違ってこの街に残る理由はない。……それについては、理解をしていた。
「――さて、私は何ができる?」
物を買って、物を売る。さすがにそれは商人だ。できないわけがない。
ただ、今は緊急時だ。とはいっても、無償で物品を配るほどの財力は無い……。
カーティスは、剣や盾を持っている騎士団に嫌気が差した。
彼らは攻撃する力、守る力を持っている。しかし今は、それをまともに使っていない。
反面、自分は攻撃する力も、守る力も持っていない。……自分だからこそ、できる力が欲しかった。
「……ふぅ」
意識を思考から逸らした瞬間、葉の揺れる音が聞こえた。
「――力が欲しいの?」
不意に、少女の声がした。
いつの間にか目を地面に伏せてしまっていたらしい。
さて、声の主の少女は――……何故か、木の上……木の枝に座っていた。
「あなたは……先ほど、教会にいた?」
「はじめまして。あたしは異端諮問局のアリアっていいます」
そう言うと、アリアは軽やかに枝から下りた。
「異端諮問局……? もしかして、あの魔物は――」
「あれは、正体不明の魔物ですね。管轄ではないのですが、あたしも何かしないと……って」
カーティスはその言葉に、胸を撫でおろした。
異端諮問局があの魔物を追っていたのであれば、あれは人間が生み出したもののはずだから――
……とりあえず、その筋からの妄想は止めることにしよう。
「この街に助力を頂きまして、ありがとうございます。私も、何かをしたいのですが……」
「なかなか、この状況では上手くいきませんよね。騎士団の方も、上手く動けていないみたいですし」
「……この街の騎士団は、期待は……できませんから。街の人間でどうにかしないと。
しかし、私に一体……何ができるのか――」
「――ならば祝福を与えよう。
汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」
アリアはカーティスに近付き、額をそっと指で触れた。
カーティスは以前に受けた祝福を思い出しながら、自然と目を閉じてしまう。
「――神の祝福はここに在り。
望みと共に、その魂から発芽せよ――」
カーティスの鼓動が、静かに落ち着いていく。
精神は安定して、どこか重心が下がったような、そんな安定感を覚えた。
「今回は特別に、あたしの祝福を差し上げます。
……この街は、才能が多いですね。あなたはギフト――『強欲の商才』を手に入れました」
「今のは……神の祝福? それに才能を与えられるだなんて、あなたは神の奇跡を起こせるのですか!?」
「まぁ、奇跡なんていうのは人間の手で起こすものですからね。
だから、才能というものがこの世界にあるんですよ」
「……奇跡を、世界に。……そんな才能が、私に……?」
「今はこんな状況です。どこにいるのかも分からない存在に、頼ってばかりではいられませんから」
アリアの言葉に、カーティスは我に返ったように返事をする。
「……ははっ。ありがとうございます、肩の力が抜けました。
神職者の方も、冗談を言うんですね」
「ふふっ♪ それではあなたに、神のご加護があらんことを」
アリアはそう言うと、小走りでその場を離れていった。
「――『強欲の商才』、か。それが私の才能……」
強欲……という響きに、カーティスは若干の不安を抱いてしまった。
しかし今は、本当に立ち止まっていられない。
カーティスは新たに決心をして、街が生きる道を模索し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――カーティスはこの街の家々をまわり、多くの家屋敷の権利を手に入れた。
この街はもう、先が見えないこと。騎士団が何もせず、このまま滅びる可能性があること。
過剰に街の悪いところを並べ、その中に多少の良いところを混ぜて信憑性を増す。
その上で、現状としては魅力的な買値を地権者に示した。ただし、金銭の受け渡しは後日とした。
――カーティスは別の街の資産家をまわり、この街の土地の資産価値を吹聴した。
この街は今後、牢獄が無くなる。だから人々が流入する。そのため、資産価値が上がる。
だから今は、投資の基本――『安く買って、高く売る』を簡単に実践できる好機である、と。
その上で、カーティスは土地を担保として、現金の融資を即日で求めた。
……完全に詐欺の手口だが、そんな疑念を才能は凌駕していく。
カーティスの手には、大量の現金が入った。
――カーティスは手に入れた現金で、大量の物資や食糧を確保した。
騎士団や食堂に後払いで提供して、今この瞬間を、滞りなくまわるようにした。
そして、冒険者に向けて独自に懸賞金を懸けた。この街に、現金を流入させる入口を作ったのだ。
現金が入れば、経済がまわる。それは資本経済において、血となり肉となるものだった。
――……ここまで、たったの5日間の出来事である。
5日という短い時間でのこの成果は、カーティスに強い葛藤を生んだ。
時間を優先したが故の、詐欺まがいの行為。それに伴う、良心の呵責。その先に覗かせる、強欲という名の闇。
例え才能があったとしても、さすがにこれはやり過ぎだ。少しでも長く続ければ、必ず自滅してしまう。
……それは分かる。しかし、今こそ、だ。今こそやらなければ、いけないことがあるのだ。
「――ご活躍のようですねぇ」
ふと、アリアがカーティスを覗き込んできた。
いつの間に……と立ち止まろうとするも、今は立ち止まっている時間が惜しい。
止まらないで進もうとすると、彼の前で後ろ歩きをしていたアリアも、彼の横に並ぶように歩き始める。
「ふふふ、アリアさんのおかげですよ」
「いえいえ、あたしはきっかけだっただけで。
それよりも、あちこちで大金を動かしているようですが……大丈夫ですか? 無理をしていませんか?」
「無理……ですか。
……私は、ちゃんとやってると思いますか?」
「ええ、もちろん。みんな、助かってると思いますよ」
「ふふふ。でも、アリアさんには言っちゃいますね」
「はい?」
カーティスは立ち止まってから、一息ついた。
「実は、全て――私が儲けるために、やっているんですよ」
「リスクを取って、動いているんですから。罪を犯さなければ、何も問題ない――
……商売って、そういうものでしょう?」
「ダメですよ、アリアさん。それではダメです」
カーティスは笑った。アリアも、それを見て笑った。
「商売は、信用第一なんですから」
「ふふふ。そう言ってくれるなら、この街は安泰ですねぇ♪」
――カーティスは、改めて教会の上から街を眺めた。
数日前とは、何も変わらない景色が広がっている。
しかし自分で蒔いた種は、確実にこの街で芽吹き始めたのだ。
……自分は何も出来ない。しかし、何かは出来る。
カーティスは、何も無い宙に自分の右手を差し出した。
願わくば、この手を――……誰かがこの手を、拾ってくれますように。
#一次創作
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