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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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由樹は資料と、自分が勉強したノートを持つと、紫雨に続いて天賀谷展示場管理棟の共同スペースに入った。

中には、県内のセゾンエスペースのマネージャーが集結しており、異様な緊張感を放っていた。


中央に布がかけられた大きな塊がある。


秋山が人数を数えた。


「はい、全員揃いましたね。それでは、開発部の皆さん、よろしくお願いします」


2人の男が前に進み出る。

スーツの上に作業用のジャンバーを着ているところは、ダイクウの開発部と変わらない。


由樹はなんだか懐かしくなった。


「開発部の柴田です。こちらは阿久津。よろしくお願いします」


2人並んで頭を下げた。


「それでは説明を始めさせていただきます」


布がかけられたそれの回りにみんなが集まった。


「セゾンオリジナルの太陽光発電ですが、太陽光発電パネル製造企業としては名高い、サンクロスさんとの共同開発になります。

サンクロスさんも、もちろん太陽光発電の独自展開と販売もしてますが、今回、セゾンの屋根に直接取り付ける一体型パネルということで、新たに技術開発に取り組んでくださっています」


柴田が言うと、後ろで手を組んで立っていたスーツの男が一歩前に進み出た。


「株式会社サンクロスの辻と言います。よろしくお願いします」


マネージャーたちが頭を下げる。


「それではまずは見ていただきましょうか」


柴田が正面にあった物体のカバーを取り外した。


「おお」


マネージャーたちから声が漏れる。

青く輝き、白い色の線が入るパネルは、自分たちが扱っていたパネルよりもなんだか高級に見えた。


「モジュールには多結晶シリコンを採用しています」


辻が資料を手にしながら一歩前に進み出た。


「こちらを屋根パネルに組み込み、接合部がないので、劣化も相当抑えられます。

降雨や積雪による接合部の故障や不具合も解消されます。

屋根面積すべてが太陽光パネルになるわけですから、これからは家の日中の電気を賄うだけではなく、蓄電池に溜めて夜使う、そして余った電力は、事業者として、電気会社に売ることができます。

つまり電気を賄うだけではなく、利益まで追求できるモデルとなっております」


由樹は辻の説明に大きく頷いた。


「夏の暑い日、紫外線の多い日、きっとこの家に住むお母さんは笑顔でいることでしょう。屋根の上に一人、何もしなくても稼いでくれるバイトが乗っているようなもんですからね?」


軽い冗談にマネージャーたちが笑う。


辻が資料を全員に配る。


「これは、皆さんに一部抜粋してすでに配らせていただきましたが、太陽光発電のAIによる計算結果です。それぞれ10kW、15kW、18kWのシミュレーションを載せています」


皆が頷く。


「すごいな、これは。本当に一つの収入源として期待できる、と」


一人のマネージャーが唸り、皆も頷く。


「しかしここまで乗せてのコストはどうなるんだ?」


質問を受けて辻が大きく頷く。


「そうです。一番大事なところですよね。大容量を上げればそれだけ発電し、余り、売ることができるのは当たり前のこと。

それを皆さんがしないのは、なんてことはない。高いから、ですよね。家や土地を払うだけでいっぱいいっぱいのお客様にもちろんそれは求められませんですので」


辻は全員の顔を見つめた後、言った。


「立て替えます」


「立て替える?」


これには由樹も目を見開いた。


辻はにやりと笑った。


「ええ。全額。当社で全額立て替えて、施工します」


「ローンを組むってこと?」


紫雨が言うと、辻は頷いた。


「そうです。ローンです。10kWなら500万円、15kWなら700万円のローンを組んでもらいます」


瞬時にマネージャーたちの眉間に皺が寄る。ため息が漏れ、ざわつく。


「でも安心してください。ローンを払うのは、お客様じゃありません。太陽光パネルです」


辻は笑った。


「もちろん、立て替えている間、太陽光発電が使えないわけじゃありません。施工し、電力会社と契約したその日から使えます。そこで発電した一部をローン返済に回します。ですので、太陽光パネルの金額は、パネル自身が勝手に払ってくれるんです」


「何年で払い終わるの?」


紫雨が首を回しながら聞く。


「乗せれば乗せるほど多く発電しますので、大容量で乗せた方が早く完済が終わります。18kWで、8年です」


「8年」


「はい、9年目からは丸々収入として入ってきます」


辻は鼻息荒く、自信満々に紫雨の顔を見つめた。


由樹は他のマネージャーと同じく頷く。

良くできたシステムだ。


「……支払いの件はわかったけど屋根自体が太陽光パネルになることに寄ってのデメリットはないのか。たとえば保証関係とか」


マネージャーの誰かが聞く。


「保証。うーん。そうですね。まあ、屋根としての商品登録にはなりますので、引き渡しからの10年間の瑕疵保証の対象になります。

ですから、例えばですけど、台風で瓦が飛んできた。カラスが重たいものを上空から落とした、そういったことで破損すれば、保証の対象になります。

また、それとは別に太陽光発電システムとして保証を付けているので、例えばですけど、モジュールに不具合が出て発電しなくなったり、だとか、パワーコンディショナーの不具合だとか、そう言った保証は他メーカーと同じ5年間になります。そう考えれば、屋根としての修理が可能な分、保証期間は長くなると考えてもらえるかな、と思いますがいかがでしょうか」


質問したマネージャーを含め、皆が頷く。


「他に質問のある方はいらっしゃいますでしょうか」


辻が見回す。


「ちょっとよろしいですか?」


由樹は辻に向かって手を上げた。


見たところマネージャーでもない若い社員に、辻は少し驚きながらそれでも微笑んだ。


「どうぞ」


「ありがとうございます。八尾首展示場の新谷です。今日は出席できない篠崎マネージャーの代わりに来ました」


言うと、由樹は小さくお辞儀をしてから、自分が持ってきたノートと資料を手に話し出した。


「今回モジュールに採用したのは、多結晶シリコンですよね」


「あ、はいそうです。シリコン系は太陽光発電のパイオニアでして、研究も進んでおり、毎年いいものが出来上がっています。

耐用年数も長く、故障などのトラブルが少ないことも証明されています。そのため、メンテナンスの負担も考えてシリコン系を選びました」


「そうですね。パネルとしてだけではなく、屋根としてもこれから長年家を守っていく必要柄、シリコン系が最適だと思います。

ですが、多結晶シリコンだと、単結晶シリコンに比べて発電効率は落ちますよね。どうしてこちらを?」


辻はますます目を丸くしてから、口を開いた。


「確かに多結晶シリコンは単結晶に比べて発電効率は少し劣ります。しかしコストの面で考えた時には、原料コストが圧倒的に安い。しかも製造コストの安いキャスト法を用いることができますので、手ごろな価格になるんですよね。

大容量で乗せようとするときに、やはりこのくらいのコストでないと、ローンとは言え、とても発電し売電したお金だけでは払えない金額になってしまいますので」


「なるほど、お客様への負担を考えての選択ですね。理解しました」


由樹がノートを捲る。


「ちなみに当方は一晩の積雪が1mを超える日もある豪雪地帯なのですが、太陽光パネルの積雪量はどのくらいまで耐えられますか?」


他のマネージャーだちも、臆することなく質問を続ける由樹を振り返る。


「セゾンさんの従来の屋根と同じです。積雪2mまで耐えられます」


「わかりました。落雪するときの雪の勢いの計算はなさってますか?」


「勢いの計算?」


辻が首を傾げる。


「今現状、当方の地域で設計する場合は、屋根勾配、高さから計算し、隣地の境界線から、軒先で2m以上離すように設計しています。

しかし屋根全体がパネルのガラスで覆われるとなると、積もった雪はもっと勢いを増して落ちてきますよね。その場合、新たな計算式が必要だと思います」


「なるほど」


口を開いたのは開発部の柴田だった。


「もっと言えば、いくら積雪2mに耐えられると私たちが言っても、従来の感覚から屋根に上って雪下ろしをするお客様は一定数いらっしゃいます」


「ムキマラとかね?」


由樹は囁いた紫雨を睨みつつ続ける。


「その場合、表面がガラスだと滑ります。必ず。

ではどうしたらいいのか。ガラス自体を滑りにくいものにするか、平らではなく段をつけるのか、滑り止めをつけるのか、周りに柵をつけるのか、それとも屋根に上がることが不可能なくらいの傾斜をつけるのか、あるいは屋根に上がらないという誓約書を準備するか。

何かしらの対策をしないと、5年後、10年後、事故は必ず起こると思います」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


そこまで一気に言った由樹を全員が振り返った。


「あ、えっと。その、一方的に、素人感覚で……すみません」


由樹が恐縮して頭を下げると、辻は口元に笑みを浮かべた。


「大変参考になるご意見、ありがとうございます。社に持ち帰って直ちに検討します」


「あ、ありがとうございます!よろしくお願いします!」


由樹も慌てて頭を下げる。



パチパチパチ………


どこかで拍手が聞こえてきた。

振り返ると、ずっと後ろで見守っていた秋山が手を叩いてた。


マネージャーたちも唖然としながらもそれに合わせて手を叩く。


正面に立つ開発部の柴田と阿久津も、メーカーの辻もそれに合わせた。


「え!えっと、や、すみません」


由樹は顔を真っ赤にして、もう一度頭を下げた。


◇◇◇◇◇


説明会と意見交換会が終わり、由樹は、柴田・阿久津と共に、太陽子パネルと車に運ぶ手伝いをした。


「君って営業?だよね?」


柴田が話しかけてくる。


「あ、そうです」


由樹が頷いた。


「どこの展示場だっけ?」


「八尾首展示場です」


言いながら息を合わせてバンにそれを乗せる。


「ふうん。何年目?」


「3年目です。もうすぐ4年目突入です」


由樹が微笑むと、


「突入か」


柴田も微笑んだ。


「大学では何を学んだの?」


「ええと、機械工学と電気電子を」


「へえ。んで、セゾンでは営業?」


「いえ、まずはダイクウに入社したんですけど、ちょっと問題があって辞めて、それで2年目からセゾンに……」


「そうなんだ。ダイクウでも営業を?」


「あ、ではなくて、開発部にいました」


その言葉に柴田は阿久津を振り返った。

目配せをしている。


「……ええと、何か?」


由樹が2人を覗き込むと、柴田は笑った。


「ふーん、なるほどね。今日はありがとう。君のおかげで有意義な説明会になったよ」


そう言うと柴田は由樹の肩を軽く叩いた。


「こちらこそ、ありがとうございました」


言うと2人は微笑んで、それぞれ運転席と助手席に乗り込んだ。


「…………」


その2人の視線にほんの少しの違和感を覚えつつ、由樹は去っていく開発部のバンを見えなくなるまで見送っていた。



続 一度でいいので…

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