篠崎は主人がいない椅子に足を乗せ、先ほどまで打ち合わせをしていた、明日から2日間にわたって行われるハウジングプラザのチラシ案を眺めていた。
①エコキュート展覧会
②「もしエコキュートアプリがあれば…(寸劇)」
③エコキュートが当たる?大抽選会!
④記念品贈呈
1枚捲ると、細かい係表が出てくる。
●会場準備 セゾンエスペース、ファミリーシェルター共同で
●エコキュート準備 ファミリーシェルター メーカーと協力して。
●寸劇準備。配役各々。セゾンエスペース⇒音楽 ファミリーシェルター衣装
●大抽選会 ファミリーシェルター
●記念品贈呈 セゾンエスペース
それを見て、篠崎は大きく息を吐いた。
「音楽ってなんだよ。BGMってことか?」
言うと正面に座っている渡辺が笑った。
「そうですね。BGMと効果音じゃないですか?」
「効果音?」
「『ガーン!』とか『キラキラキラキラ―!』とか」
「なんだそれ」
篠崎がため息をつく。
「前回のイベントの時、同じく寸劇をミシェルがやってたんですけど、その時いろんな効果音使ってたから、聞いてみるといいんじゃないですか?」
「ミシェルに?」
篠崎が顔を顰める。
「ええ。あんとき確か寸劇の演出してたの、牧村君だと思いますけど」
「…………」
渡辺は牧村が原因で自分たちが別れたことを知らない。
篠崎は気づかれないようにため息をついた。
「篠崎さんが忙しければ、俺、行って聞いてみますよ」
渡辺は窓を開けて駐車場を確認した。
「牧村君の車ある。行ってきますか?」
「————」
篠崎はイベントチラシを持って立ち上がった。
「いいや。俺が行く」
◆◆◆◆◆
牧村は午前中の打ち合わせを終えて、使った和室を片付けていた。客がまだ首の座らない赤ん坊を連れてたため、畳に座布団を合わせて寝かせながらの打ち合わせだったのだ。
座布団を押し入れに入れたところで、後ろから足音が聞こえた。
「なあ、牧村」
呼ばれて振り返ると、そこには玉森と服部がこちらをニヤニヤしながら見下ろしていた。
「お前、ゲイって本当?」
「……」
牧村は静かに立ち上がると、2人を交互に見つめた。
「何言ってんですか?ふざけたこと言ってると、いい加減、黙っちゃないっすよ」
少しすごんで見せると、2人は顔を見合わせて、
「おーこわ……」
と笑った。
「俺のお客さんがお前が、セゾンちゃんの手を引きながらすごい勢いでホテル街に消えていくとこ見たんだってよ」
玉森が笑う。
「お前さあ、同じハウジングプラザ内で手を出すのはダメないんじゃないのー?客だってメーカー周りしてんだからさー。バレるってー」
服部も笑う。
「店長に変なこと言ったのはあんたらですか」
牧村は顎を上げた。
「店長にも言いましたけど、新谷と俺とはそういう関係じゃないんで、変な噂立んのやめてもらっていいですか?」
「まあさー」
玉森がこちらの話を半分も聞かずに服部を振り返る。
「相手がセゾンちゃんだったら、わかんなくもねえよなー」
服部もくくくと肩を震わせる。
「言えてるー。かわいいし?」
「色白いし」
「腰ほっそいしさ」
「すぐ赤くなるし」
「そこらの女よりもヌけるよな」
「言えてる」
牧村の胃の奥の方が沸々と煮えたぎってくるのがわかる。
「きっと力じゃ俺たちに敵わないからさー。簡単にヤレそう」
「男ってどうなの?気持ちいいのかな」
「さすがにケツに突っ込むのはなー。しゃぶってもらうくらいならいいけど」
「いや、でもあのスーツの下は気になる」
「確かに……グッ」
気が付くと牧村は玉森の胸倉をつかみ上げていた。
「お、お前、こんなことしていいと思――」
「何とでも言えよ。お察しの通り俺はゲイだし?何て言われたっていいけどな……」
「……は?」
玉森のつま先が畳から離れる。
「新谷のことを愚弄するんじゃねえよ!お前らみたいな後輩苛めるしか能のないつまんない輩には、指一本触れさせねえよ?」
右手を離しても玉森は宙に浮いたままだった。抵抗されてもびくともしない。
その右の拳を引き絞る。
そうか。俺……
店長から身を守るためじゃなくて……
今日、こいつを殴るために、
鍛えてきたんだ――。
牧村は引き絞った拳を玉森の顎骨めがけて突き出した。
「何をやってんだお前は!」
目を開けると、玉森が目の前でえずいていて、自分の開いた両足が見えた。
振り返ると、自分を引き倒すように男が後ろから抱き着いていた。
「設計長!」
半べそをかいた服部が板倉を見つめる。
「こいつが、こいつが……」
「いいから!」
板倉は牧村を抑え込んだまま玉森と服部を見上げた。
「落ち着いてから話は聞くから。お前たちはとりあえず事務所に戻ってろ!」
「待てこら!!」
牧村が叫ぶ。
「話は終わってないだろうが!逃げんなカスが!」
「牧村!――落ち着けって!」
板倉の手が牧村の首に腕を巻き付ける。
玉森を引きずるように服部が連れて行き、事務所のドアが閉まった。
「板倉さん。離せ……!」
牧村は抑えられながら、無理矢理、板倉を振り返った。
「落ち着けよ。お前、そのまま殴ったら、もう終わりだぞ……?」
板倉の声が湧き上がった血液を少しずつ冷静にしていく。
「ここまで積み上げてきたもんがあるんだろうが。ここで感情に任せて、あいつらに負けてどうする。あいつらもそれを狙って挑発してんのに」
「………」
その言葉が収縮と膨張を繰り返す牧村の筋肉を、落ち着けていく。
「――――」
身体の力が抜けていく牧村にほっと一息つきながら、板倉はまだ牧村の首を抑え込んだまま頭を撫でた。
「よしよし。いい子だ。感情的になったら終わりだぞ」
だんだん頭の芯が冷えていく。
「――はい。すみません」
「まあ……俺も」
言いながら後ろから抑え組んでいる板倉の足が、牧村の腰に巻き付く。
「……え?」
「俺も、お前がゲイだったなんて、意外だったけどな」
足に力を入れられる。
「っ!!」
首に巻き付いた腕が先ほどまでと比べ物にならないほど、食い込んでくる。
呼吸が苦しい。いや、できない―――!
「んぐ……ッ!」
「なあ、牧村……」
「………っ」
「俺はセゾンちゃんより、お前の方が可愛いと思うぞ?」
「……っ……っ!!」
遠のいていく意識のなかで、腰に押し付けられた板倉の股間が硬く膨れているのがわかる。
「なあ、まきむ……」
ゴンッ。
身体が急に自由になる。
一気に気道が開き、求めた以上の空気が肺に飛び込んできて、牧村は大きくせき込みながら、うつぶせに倒れた。
「エッ!オエッ!!ゲホッゲホッ」
胃が肺がひっくり返るほどのせき込みをしながら、涙で滲む瞳で後ろを振り返ると―――。
先ほどまでの牧村と全く同じ姿勢で、板倉が抑え込まれていた。
「奇遇だなぁ。絞め技なら俺も得意なんだよ。ミシェルの設計長さん?」
彼の首を長い腕で抑えながら、彼の太い腰に長い脚を巻き付けて、篠崎は笑った。