「あ、戻ってきましたね」
高尾と話しながら、入り口を窺っていた壱花は、ガラス戸の向こうの人影に気づいて言った。
ずいぶん時間がかかったようだが、単に、あちらとこちらで時間の流れが違うからかもしれない。
だが、そのとき、あれっ? と思った。
人影がひとつではなかったからだ。
似合わぬダンボールを抱えた……
いや、この店でも品出しのときは抱えているのだが、
なんとなく似合わない倫太郎の後ろに、買い物袋を|携《たずさ》えた冨樫がいた。
「壱花。
今日、お前と出張したおかげで、冨樫も、どっと疲れたらしい。
此処にたどり着けたぞ」
そんな余計なことを言いながら、倫太郎が入ってくる。
その後ろで冨樫は胡散臭げに店内を見回していた。
倫太郎がカウンターにダンボールを置きながら言ってくる。
「それがスーパー、黒蜜が売り切れてたんだ。
コンビニにも寄ったがなかった。
あまりウロウロしてると焼く時間がなくなるなと思って、とりあえず、砂糖買って戻って来たんだが」
という倫太郎に、
「黒蜜ならあるじゃないですか」
と壱花は言った。
「きなこわらびもちに付いてるやつとか、せんべいに付いてるやつとか」
ああ、と倫太郎は店内の商品を振り向く。
「しかし、それを取ってしまうと、商品の方を食べるときに黒蜜がないぞ」
「なくても美味しいですよ。
今度、黒蜜見つけてから、かけて食べてもいいですし。
私、何個か買い取りますよ」
と立ち上がったが、倫太郎が、いい、俺が買うと言ってきた。
「文字焼き、新商品になるかもしれないからな。
とりあえず、やってみよう」
そのとき、壱花はあまり黙っていることのない高尾が黙って冨樫の顔を見ていることに気がついた。
「……匂いがするな」
「え?」
高尾は冨樫から目をそらさずに笑って呟く。
「こいつ、なにやら怪しい匂いがするぞ。
何処かで嗅いだ匂いだ、この男」
「……怪しい匂いって。
冨樫さん、まさか狐だとか?」
なんだか顔似てるし、と思いながら、壱花が高尾に言ったとき、冨樫が言ってきた。
「誰と話してるんだ、風花」
一瞬、高尾の名前や素性を訊いているのかと思った。
だが、違った。
「なんで誰もいないとこ向いてしゃべってるんだ。
携帯でハンズフリーか?」
冨樫には、何故か高尾が見えていないようだった。
「冨樫さん、高尾さんが見えないんですか?」
と風花は、ぽんぽん、と自分の横にいる高尾の腕を叩いてみせる。
すると、冨樫は眉をひそめ、
「なにを莫迦なことを……」
と言いかけ、いや、という顔をした。
「そういえば、あのガラス戸を開けるまでは、確かに、そこに誰かいたな。
……そうだ。
この間も見た男だ。
何処かで見たような顔の」
「何処かで見たような顔って。
それきっと、冨樫さんご自身ですよ」
そう壱花は言った。
間近で見ると、そっくりというほどではないとわかるが。
やはり、この二人、かなり似ている。
冨樫は店の外から覗いたときは高尾の姿が見えたらしいのに。
実際、対面すると見えなくなったようだった。
「ほほう。
面白いな。
どういう現象だろうねえ」
と言って高尾は笑っていた。
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