コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……マジで着るのか、これ……?」
手にした黒と白のレースがやたらと軽く感じるのは、羞恥心のせいだった。
ひまなつは顔を真っ赤にしながら、鏡の前でメイド服の襟を引っ張る。
ことの発端は、先日のゲーム対決。
「負けたほうが言うこと聞く」――何気なく交わした約束だったのに、
よりによっているまが言い放ったのは、
「じゃあ、お前、俺のためにメイドになれ」
というドSな無茶ぶりだった。
「くっ……覚えてろよ、マジで……」
「はいはい、それよりスカートの裾、もうちょい上げろって」
「っ、るっせえ!! 見んな!!」
ひまなつがバッとスカートを押さえると、いるまはソファに腰を下ろし、
腕を組んでまるで王様のような目でにやにやと笑っていた。
「似合ってんじゃん。可愛い、想像以上」
「……っ、バカ……っ!」
顔を赤くしてそっぽを向くひまなつ。
でも、いるまの視線がずっと自分を見ているのが分かる。
恥ずかしい。だけど、嫌じゃない。
むしろ、自分のことを「かわいい」なんて思ってくれるのは、この男だけでいい。
「……なあ、もう満足しただろ。脱ぐぞ」
「いや? まだご奉仕されてねぇけど?」
「……お前ほんっと……!」
バタバタと文句を言いながらも、
スカートの裾をそっと押さえたまま、ひまなつはいるまのそばに近づいていく。
ツンツンしながらも、どこか嬉しそうなその横顔に、いるまは満足げに笑った。
━━━━━━━━━━━━━━━
「……お、お待たせしました、ごしゅ……ご主人様……」
ひまなつはぎこちなく言いながら、トレイを持ってリビングへ現れた。
白いフリルに包まれたメイド服。レースのカチューシャが、より一層その可愛さを際立たせている。
いるまはソファにふんぞり返り、腕を組んでニヤリと笑う。
「おお、ちゃんと“ご主人様”って言えたじゃねーか」
「うるさいな……もう二度と言わねぇ……」
「もう一回言って?」
「言わねぇって言ってんだろ!」
赤くなった顔をそらして、お盆を差し出すひまなつ。
その手元には、頑張って淹れた紅茶と、小さなクッキーが載っていた。
「……これ、ほんとに自分で?」
「味は保証しねぇけどな。文句あんなら飲むなよ」
いるまは紅茶を一口すすると、ちょっとだけ目を見開いた。
「……意外と、うまい」
「……えっ」
「ちゃんと俺の好みに合ってる。ほんとにやったな、お前」
褒められ慣れていないひまなつは、一瞬ぽかんとしたあと、耳まで真っ赤にしてうつむいた。
「……そんなの、調べたら出てくんだよ……別に、お前のためとかじゃ……」
「そっか、俺のためじゃないのか」
「うぐっ……そ、それは……」
「お礼に頭撫でてやろっか? ご主人様からのご褒美♡」
「撫でんな、バカ……!!」
そう言いながらも、ひまなつは逃げきれず、結局されるがままに頭を撫でられていた。
指が髪をそっと梳いて、優しくポンポンとされると、
不覚にも、嬉しくなってしまう自分がいる。
「……もっかいくらいなら、“ご主人様”って呼んでやってもいいけど……」
「なんだよそれ、可愛すぎんだろ」
「バカ……っ、言わすな……!」
そう言ったひまなつの頬は真っ赤。
冗談半分のつもりだったのに、いるまは急に真顔になった。
「……それともほんとに俺のこと、そう呼びたくなったわけ?」
「ち、違ぇよ……!」
すぐさま否定しかけたひまなつの声が、ふと詰まる。
からかわれてると思ってた。でも今のいるまの目は、からかいなんかじゃない。
真っすぐに、自分を見つめていた。
「お前がさ、こうして俺のそばにいてくれるの、すげぇ嬉しいんだよ」
「……は? な、なんだよ急に……」
「こういうの、お前は茶化して終わると思ってたけど。俺、本気でお前のこと好きだから」
まっすぐな言葉。
ひまなつは驚いて、照れて、そして少しだけ、心の奥が熱くなった。
「……ばーか。俺だって、ずっと……いるまだけだよ」
そう言った途端、ぐっと腕を引かれ、気がついたら、ソファに倒れ込んでいた。
「今の、もう一回言って」
「言わねぇ!」
「言うまで離さない」
「バカ、重い!……でも、もう、逃げないから……」
いるまの腕のなかで、ひまなつはそっと目を閉じた。
軽く唇が触れ合い、最初は控えめだったキスが、ゆっくりと熱を帯びていく。
互いの心音を感じながら、二人はぴったりと寄り添い、
からかいも照れ隠しも抜きにして、ただ「好き」という気持ちを交わしていった。
まるで、ご主人様とメイドなんて茶番だったかのように。