【勝己Side】
俺にとって出久は——–たった一人の、愛しい存在。
いつから好きかなんてわからない。
気づいたときにはもう惹かれていて、完全に心を奪われていた。
基本的に人と関わるのが嫌いで、女子なんか特に無理。
そんな俺が焦がれてやまない唯一の相手が、出久だった。
幼馴染という立ち位置にあぐらをかいて、出久にはいつの間にか恋人ができていたけど…そんなの関係ない。
俺はいつだって、奪ってやるつもりだった。
引っ越してから会えなくなって、それでも『いつか戻って来る』という出久の言葉を信じて待っていたけれど、まさか…同じ学校で、しかも同じクラスになれるなんて。
俺は会ったこともない神という存在に感謝してしまいたいほど、浮かれていた。
目の前に、出久が居る…。
無理やり奪った隣の席で、出久をじっと見つめる。
ウィッグとメガネをつけていて顔は全然見えないけれど、それでも出久という存在がここにいるという事実だけで、顔が緩んで仕方がなかった。
変装は正解だよな…。
別人すぎて、俺も最初は気づかなかったけど…。
出久は、一言で言うなら絶世の美少年だ。
しかも、可愛い方の。
この可愛い容姿のせいで、どれだけの人に女だと勘違いされたか…。
昔から買い物に出かけるだけでスカウトやら取材やらに捕まっていたし、意図せずとも人目を集めてしまう。
もし、そのままの姿でこんな獣だらけの学校に来ていたら…他の奴らが放っておかないだろう。
しかも、出久のことを知っている奴らが、この学校には多すぎる。
〝デク〟という名前は、ここらじゃ知らないやつはいないだろう。
実はデクのファンクラブもあるらしく、いまだにデクを探している奴はわんさかいる。
当の本人は気づいていないみたいだし…出久が言うつもりがないのなら、俺は誰にもバレないように隠す手助けをするつもりだ。
出久のことを知っているのは、俺だけでいい。
クラスの奴らは完全にガリ勉認定しているらしいけど、出久の正体がデクだなんてバレたら…大騒ぎだ。
彼氏にもまだ言ってないって言ってたし…今デクがこの学校にいると知っているのは、俺だけか。
そう思うと、優越感が湧いてきた。
1限目の数学の教科書を見て、「うーん」とうなっている出久の横顔を見る。
「やっぱり進学校だから、授業も進んでるなあ…」
「そうか…?」
「もう2年生の範囲してるんだね…。置いていかれないように、しっかり予習復習しなきゃ」
出久にとっては、余裕の問題ばっかだと思うけど。
出久の母親は、有名大学の元教授。今は国内でも学習塾の学長をしていて、出久には人一倍厳しく勉強を教えていた。
初等部の頃にはもう中学の勉強をしていたし、きっと今では大学の勉強でもしてるんじゃないかと思ってる。
「ふん、裏口編入がバレないように気をつけろよ」
教科書を見つめている出久を見て、後ろにいる轟が笑った。
さっきから、死ぬほどウザいやつだな。
授業なんてまともに受けてこなかったから、クラスのやつらのことも良く知らないけど…多分コイツラは、大した事ない学力だろう。
出久のことを見くびっているんだろうけど、さすがに聞き捨てならない。
「…お前ら、殴られたいのか?」
出久をバカにする奴は、俺が消す。
じっと睨みつけると、ひよったのか気まずそうに目を逸らした轟。
しょうもねー奴らだな…ちっ。
「か、かっちゃん、殴るとか言っちゃダメ!」
出久が教科書から視線を上げ、俺に向かって言った。
ダメって…言い方、かわいい。
朝から、出久のせいで表情筋が緩みっぱなしだ。
「ん、ごめん」
「でも、かばってくれてありがとう」
出久は、嬉しそうに言った。
その笑顔に、心臓がギュッと締め付けられる。
メガネのせいで顔は見えないのに…なんでだろう。綺麗なんだよな。
出久の可愛さは、メガネ一つじゃ隠しきれないみたいだ。
数学担当の男教師が入ってきて、授業が始まった。
俺は適当にノートを広げて、横目で出久を観察する。
出久が隣にいるのに、授業どころじゃないな。
あー…幸せ。
「それじゃあ、指名されたら答えるように」
教師のそんな声が聞こえた途端、教室の空気が変わった。
ピリついたというか、緊張が走ったのが分かった。
ああそうか…こいつ、たしか…。
あんまり授業に出席しない俺でも知ってる。
普通に考えて解けないような難題を生徒に突きつけて、答えられなければ罰として雑用をてつだわせる…という、姑息なことをしてくるやつだ。
しかも、気の弱そうな生徒ばかり狙っているらしい。だから、俺は一度も当てられたことはない。
さらにたちが悪いことに、気に入っている女子生徒も当てないらしい。
こいつに狙われるのは、害がなさそうな奴。
黒板に、教科書に書いていないだろう数式を書き出した教師。
書き終わり、キョロキョロと教室を見渡すふりをしているけれど、こいつの考えなんて見えすいていた。
たぶん、当たるやつはもう決まっている。
「それじゃあ編入生、この問題といてみろ」
出久を見ながら、にやりと笑ったそいつ。
途端、教室内は安堵と笑いに包まれた。
「先生、編入生イジメちゃかわいそうじゃん~」
とくに女子生徒たちが、クスクスと笑っている耳障りな声が聞こえた。
出久…さっそく女子どもに嫌われたのかも。
出久の後ろに座る轟とかいう男。こいつはたしか有名なやつだ。
丸顔も顔は悪くないから、ちょっとは人気なんだろう。
急に入ってきた編入生が、そんな奴らと仲良くしてたら…性根の腐った女子たちは面白くないだろうな。
「ふっ、かわいそ。こんな問題まだやってないじゃん」
「さすがに性格悪いなあいつ」
後ろから、轟の声が聞こえた。
こいつら、マジで後で絞めるか。
丸顔は、心配そうに出久の方を見ている。
出久が立ち上がり、教室はますます騒がしくなった。
「やば、わかんなくて困ってるよ」
「かわいそ〜」
「あんなんとけるわけないのにね」
ウゼえ…全員物理的に黙らせてやりたい…。
でも、俺がそんなことをする必要はないだろう。
だまらせなくても…たぶんコイツラ、数秒後には全員黙ってる。
「d=2b−aです」
すぱっと、そう即答した出久。
その場にいる誰もが、口を閉ざした。
出久は——–お前らが思ってる何倍も賢い人間だからな。
頭が切れるだけでなく、〝ケンカも〟だけど。
デクが有名なのは、その美しさも勿論だけど…いくつもの伝説を残しているから。
出久の強さは圧倒的だ。
幼い頃に同じ空手教室に通っていたけど、出久には一度も勝てたことがない。
空手以外にも武術をいくつも習っていた出久が強いのは当たり前のことで、この学校に出久に勝てるやつなんて存在しないだろう。
シーンと、出久の解答に面白いくらい静まる教室。
当たり前だ。こんな問題に即答できるなんて、どうかしてると思う。
俺でも数分くらいはかかる。ここにいる奴らなんて、解くことすらできないだろう。
「…へ?」
長い沈黙のあと、教師の間抜けな声が響いた。
おかしすぎて、笑いそうになる。
出久は、驚いている教師に、きょとんと不思議そうな表情を向けていた。
「あれ?途中の式もいりますか?黒板に描いたほうがいいですか…?」
ふっ、たぶん出久だけが、この状況をわかっていない。
まあこれで…だれも出久をバカになんて、できなくなっただろ。
「せ、正解だ…座り、なさい」
悔しそうに言った教師。
「…マジかよ」
轟が、驚き余ってか声を漏らす。
「つ、次の問題!轟焦凍、答えろ!」
うわ…。
八つ当たりのように、轟を指名した教師。
突然のことに顔が真っ赤になっていて、俺は思わず「ははっ」と笑った。
当てられた轟も、まさか当てられると思っていなかったのかオドオドしている。
「は…?わかるわけねえだろ…」
自業自得だ。つーか、恥ずかしいやつ。
俺は笑うのをこらえて、必死に正解を導こうとしているそいつを見た。
「x=12だよ…」
お人好しな出久が、ぼそっと答えを教えてあげた。
そのまま答えた轟に、教師はまた顔をしかめる。
「ちっ…」
案の定正解だったようで、それ以上何も言ってこなかった。
いい大人が…救いようがないほどダサいな…。
出久が、安心したように轟に笑顔を向けている。
本当に、どこまでもお人好し。まあ…そんな優しいところが、昔から好きなんだけど。
「…別に教えてもらわなくてもできた」
教師に聞こえないくらいの声で逆ギレしている轟は、教えてもらったことが気に食わなかったのか、再び顔を赤くしていた。
「そ、そうだよね、邪魔してごめんね」
…あーもう、さすがに我慢ならねぇ。
俺は軽く轟の席を蹴り、言葉を吐いた。
「おい素直に礼も言えないのか?テメーがバカなのが悪いんだろうが。出久に八つ当たりしてんじゃねえよ」
くっそ恥ずかしい男だな…。
しかも出久が怒らないのをいいことに、好き勝手言いやがって…。
出久は、俺が守る。
「…」
轟は、黙ったままこっちを睨んでくる。
多少の殺気は入ってるつもりだけど…意外とヤンのか…?こいつ。
「か、かっちゃん落ち着いてっ…!」
出久は俺を止めたあと、「て、手伝いくらいならするよ」と轟に笑顔を向けた。
お人好しも、ここまでくると考えもんだ。
こんな馬鹿、放っておけばいいのに…。
…けど、昔から出久は、困ってるやつは放っておけないやつだったな。
昔から、なんにも変わってない。
俺が好きな出久のままだ。
出久のおかげで、苛立ちも消えた…というのに。
「ふん…」
何が不満なのか、ため息をついた轟。
俺の中の何かがぶちっと切れ、勢いよく立ち上がった。
「舌打ちばっかうるせえやつだな…今すぐ表出ろ!」
「か、かっちゃんっ…!」
怒鳴る俺と、睨む轟と、なだめる出久。
あわや授業をぶち壊す勢いだったが、出久があんまりにも必死に止めるので、俺はなんとか正気を保った。
今回は出久に免じて許してやるが、覚えとけ。
出久が許しても、出久をバカにする奴は俺が許さねーかんな。
コメント
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続きが楽しみ...好きすぎるんだが...そのまま独占してくれ...( *¯ ꒳¯*)
すきすぎる!!!早く続きが見たい!!!!そして出久君は弔くんに会ってくれ、、やばい楽しみすぎる見るのが、、!!!いくらでも妄想は可能だからな((((ぐへへへ😋 (ごめんなさい!)